護衛授業 後編
目標地点に着いたら今度は攻守を入れ替えだ。
僕達が襲撃チームになる。
前半ちょっとやり過ぎたかもしれない。相手のチームのやる気が目に見えて下がっている。
「ナギさんの連続魔法で終わっちゃうよね」
「やったらあっという間に終わるけどつまらないし、手加減する?」
「むしろ魔法使わない方がいいんじゃないか?」
「手加減なんてする必要あるんですか? 目的の達成の為には全力を尽くすという方が襲撃者らしいと思いますが」
「まぁそうだよな。先生も何も言ってこないし手加減はいらないか」
「とりあえずさっきの相手と同じように僕とフェアチャイルドさんとラット君が最初に魔法で牽制して、その間にカイル君が対象を狙うでいいかな?」
「ナギは狙わないのか?」
「僕は今回は魔法で援護に回るよ。余裕があったら狙うけど……一人でも大丈夫だよね?」
「援護があれば多分」
カイル君は学年……いや、学校で一番の剣の使い手だ。一人でも援護さえあればやられるという事はないはずだ。それよりも心配なのは運動神経が良くないラット君と接近戦に慣れていないフェアチャイルドさんだろう。もしもこの二人の所に二人いる前衛の内のどちらかが迫ったら不味い事になる。
そうならないように僕は下手に前に出ずに遊撃として味方の補助に回るべきだろう。
「カイル君。危なくなったらすぐに引いてね。数が多い方が有利なんだから、数は減らしたくない」
「わかった。……ナギが居れば少なくても何とかなりそうだけどな」
確かに魔法を連発すればなんとかなるだろうけど、出来れば皆と力を合わせたい。
作戦会議を終えると僕達はスタート地点を決めた。護衛チームは最初の地点を決められているけれど襲撃チームは護衛チームに近い場所でなければ特に指定はない。校庭の外縁部分からなら好きに決めていいとの事だ。
僕達のスタート地点は護衛チームの目標地点にした。先生を無理やり逃げ込ませられたら僕達の負けになってしまうからその進路を潰そうという考えだ。
相手のチームが動き出したら急いで距離を詰める。
ある程度距離を詰めた所で魔法を三人で一斉に放つ。
相手のチームは魔法を見るや否や一目散に後退した。
カイル君が動こうとする。
「カイル君まだ」
「どうして?」
「後ろに引かれたから今動いたらカイル君の動きが丸見えだよ。追いつくまでに体勢を整えられちゃうもう少し待って」
「……確かにそうだな」
カイル君が頷くのを確認してからさらに僕は残りの二人に指示を出した。
「フェアチャイルドさん、ラット君。僕を中心に少し広がろう。真ん中は僕の魔法で圧力をかけるから二人は左右から頻度を下げて攻撃してくれるかな」
「分かりました」
「いいよ」
二人はすぐに行動に移した。
相手はまだ逃げているけれど時々魔法を放ってくる。相手の魔法を避けつつ魔法を絶やさずに追いかける。
フェアチャイルドさんとラット君の魔力の量はすでに三分の一まで減っている。相手も大分減っているはずだけど、あまり反撃してこないから二人の方が先に魔力が切れるかもしれない。
「僕とレナスさんの魔力切れを狙ってるのかも」
ラット君も気づいたようだ。
「魔力切れですか?」
「うん。僕の魔力にあんまり余裕がない。魔力が使えなくなったら僕達二人は置物になっちゃうよ」
一応攻撃用の棒を二人は持っているけど、どれほど相手に通用するだろうか。
「出るか?」
僕達の魔法が足止めになっているから距離的には近づいてはいる。カイル君の足なら五秒もかからずに接敵できる距離だ。
「よし。そうしよう。数を数えるから〇になったら二人は一斉に魔法を使って、カイル君は一呼吸置いて走り出して」
「おう!」
「じゃあ行くよ。五、四、三、二、一、〇!」
〇の合図とともに一斉に魔法が相手のチームに襲い掛かりカイル君が後を追う。
フェアチャイルドさんとラット君に目で合図を送る。これからはカイル君の援護に徹する事になる。
カイル君に魔法が当たらないように僕も魔法の連発は控えて魔法を使う相手を狙い撃つ。
カイル君は前衛二人に襲い掛かっている。
ラット君は援護しやすいように場所を変えながら上手く前衛を牽制している。
フェアチャイルドさんは僕と一緒に魔法使いを狙っている。魔法を使いそうな子を的確に判断し邪魔している。
余裕がある内に僕は護衛対象である先生を確認する。先生は相手チームの後ろにいて今も後方に向かって軽く走っている。本気で走られたら誰も追いつけないから手加減しているんだろう。
あまり遠くに逃げないように水球の軌道を操り先生の進路を塞ぐ。
「……ナギさん」
「ん? 何?」
魔法を放つ合間にフェアチャイルドさんが話しかけてきた。
「もしかして直接狙えるんじゃ」
「いや、さすがにこの魔法石越しだと無理。あの子達の魔力と先生の魔力が邪魔して上手く操作できないんだ」
喩えるなら切れそうな糸を操っているような物だろうか? 一度に使える魔力が少ないから魔力の薄い所を狙い操作が途切れないように慎重に自分の魔力を通しているんだ。
力技で通そうとしたらその分操作が雑になるから大して変わらないだろう。
「……出来るのはせいぜい大回りさせることだけど……」
流石にそんな分かりやすく避けやすい軌道の魔法には先生は当たってくれない。
魔力操作がかなり上達したと思ったけれど、他人の魔力が満ちている状況で操った事は確かになかった。これもいい訓練だ。
「ナギ! そっちに一人向かった!」
カイル君が教えてくれる前にブレット君が動いている事は気づいている。
ブレット君はカイル君よりも早い。木剣を抜きブレット君を止めようと動こうとした時水球が迫ってきているのを感じる事が出来た。ついでに僕を庇おうとフェアチャイルドさんが動き出した事も。
大丈夫。十分に対処できる。僕は自分の水球をブレット君に向けて放ち、相手の水球の前に出てきたフェアチャイルドさんを木剣を持っていない方の手で引き寄せて木剣の腹の部分で水球を叩き落とす。
「あ……ナギさん」
「僕は感知できるから魔法は分かるんだ」
「……」
「だから大丈夫。フェアチャイルドさんはカイル君を援護してあげて」
「は、はい」
助けようと思った相手に助けられて恥ずかしいのか顔を赤くしている彼女を離しブレット君に向き直る。魔法はまだまだ使える。ここは魔法で押すべきだろう。
ブレット君に水球の雨あられを浴びせる。水だけに。
大人げないという事なかれ。僕とブレット君の強さはほぼ互角。身体能力では僕の方が上だけど技術面はブレット君の方が僅かに上なんだ。一応勝率は六割を保っているけど、こういう場面で賭けに出る気はない。
ブレット君は水球を横に逃げて避ける。ブレット君の視線は僕の方には向いていない。多分回り込んでラット君かフェアチャイルドさんを狙うつもりだ。
ブレット君にはすでに僕の魔力を繋いでいるから目で見なくても居場所はわかる。ブレット君だけではない。他の全員にもすでに繋げている。ただし、分かるのは居場所だけだ。それ以上の情報を得ようと思うと僕が処理できなくなる。
ブレット君が一人で戦うというのなら僕も自分の仕事をしよう。
僕はブレット君から目を離さずに水球をフェアチャイルドさんとラット君が相手をしている魔法使い二人に向けて放つ。
フェアチャイルドさんとラット君が魔法を放った時を見計らって放ったため僕の水球は見事に片方の子に当たったのを感じた。
「なっ!?」
ブレット君の顔が驚愕の表情に変わる。
僕は構わず踏み込み木剣をブレット君に向かって振るった。ブレット君は防ごうと木剣を構えたけれど体勢の不十分な防御では僕の一撃は防げなかった。
ブレット君の木剣は弾かれ遠くへ飛んだ。
「ま、参った」
「うん。じゃあ『ウォーターボール』」
「つめてっ!」
念の為に水球で濡らしておく。こうしておけば誰が見ても離脱した事が分かる。
恨みがましい目で見てくるけど今は軽く謝っておいて戦いに集中する。
カイル君でもさすがに槍相手ではやりにくいのかまだ戦っている。
フェアチャイルドさんとラット君は相手の残った方の魔法使いを釘付けに出来ている。二人は残りの魔力の量がもうほとんどないからカイル君を直接援護するのは無理だろうな。
先生は相変わらず少しずつ後退している。
カイル君の方には余裕がある。このまま先生を狙う? 今なら僕の魔法を防ぐ余裕はないはずだ。
連続魔法で先生を狙う事に決めた。
「僕は先生を狙う。残った子はお願い」
「はい!」
残りの二人は他の皆にかかりきりで僕を止める余裕はないはずだ。
真っ直ぐ先生に向かって走る。
僕に気づいたスピリア君が止めようと動こうとするけれどカイル君がそれを止めてくれる。
もう一人の、残ったケビン君が動きだそうとしたので魔法で牽制しようとしたら当たってしまった。
先生に追いつき水球をぶつける。ここまで来たら無駄な抵抗はする気がないらしく素直に受けてくれた。
「よし。これで訓練はお終いだ。皆集まれー」
濡れたままで皆を集める先生。
他にも濡れている子はいる。まだ一月だ風邪を引くかもしれない。僕は『ウォーター』を使い皆の水気を取ってあげた。
先生から感心された。どうやったのかを聞かれたので教えた。魔力操作さえ使えれば誰でも簡単に使えるからぜひ活用して欲しい。
「本当はこれで乾かすはずだったんだけどな」
先生がそう言うと暖かい風が吹いてきた。寒くて震えていた子達もこの暖かい風によって震えが止まり穏やかな表情になっている。
「さて、今日は初日だから簡単な状況で訓練をした。その上で何か気づいた事はあるか?」
「ナギつえー」
「反則だろあれ」
「カイルと一緒の班なのが納得いかない」
「せめて分けて欲しー」
「お前ら……じゃあカイルの班で気づいた事は?」
「障害物が何もないと襲撃する時やり難かったです」
「護衛側だと逆に怪しいのが分かりやすいから広い方がいいよな」
「ナギさん素敵です」
「戦いは数だと思いました」
「うん……うん? 一人おかしいのがいたな? ……まぁいい。相手の立場になると分かる事がある。それがフォールドやバーンズが気づいた事だな。相手が嫌だなと思う事が分かれば対処もしやすくなる。
だがもっとも単純で効果的なのはナギの言った数だ。人数さえ増やせば守るのも攻めるのも容易くなる。
これからの授業では障害物がある場所で行う事もあるし、護衛側、襲撃側、どちらかの人数を増やして行ったりもする。
もしも不利な側になった時各々どういう行動を取るか考えてもらいたい。以上」
先生の話が終わると解散となった。
後日、授業中に思いついた魔力量強化案だけれど、実行に移してみたら凄く面倒だという事が分かった。手を洗いたい時、光が欲しい時、授業で魔法を使う時、日常で魔法を使う機会は多い。その度にマナポーションを飲まないといけないんだ。喉乾いた時はマナポーションを飲めばいいだけなのが救いか。
さらにそのマナポーションも持ち歩かないといけないんだ。これはやる人は少なそうだ。僕は続けるけどさ……。




