進む道
アースがグランエルに来てからは特に変わった出来事は起らないまま五年生の年が終わろうとしていた。
年末が迫ってきたあくる日の事、僕は担任の先生から学校に呼び出された。
どうも進路の事で話したい事があるらしく、こうやって呼び出されてたのは僕だけではないらしい。
学校に着き職員室へ行くと担任のメリアンダ=グライト先生が自分の席へ手招きで呼ばれた。
すぐにそばまで行くと手に持っていた羽ペンで書類と思わしき紙に何かを書き込んでいた。それが終わった後書類を持ってさらに奥にあるテーブルを挟んで向かい合ったソファーの片方へ座るよう促された。
ソファーに座ると先生も反対側に座り書類がテーブルの上に置かれた。目の前に置かれるとついつい目が書類の方に向いてしまう。どうやら僕の情報が載っているみたいだ。文字が逆さになって読みにくいけど分からない訳じゃない。この約六年間伊達にこっちの世界の文字に慣れ親しんできた訳じゃないのだ。英語が苦手な僕だってこれだけ同じ文字に囲まれればね。
「ナギさん。今日は貴方の卒業後の進路についてなんだけれど……」
「はい」
進路希望みたいなアンケートというのはまだ出した覚えはない。そもそもそんな物があるのかどうかも不明だけれど。
「実はね、他の先生方からいくつか推薦したいという声が上がっているの」
「推薦って、高等学校にですか」
「ええ、そうよ。まずは学問全般を学べる国立アーク高等学校。国内でも最高の教育機関で、入るには試験が必要なんだけれど、その試験を受けてみないかという誘いね」
「限られた人数しか入学できないんですよね。確か百人だとか」
「その通りよ。生徒が少ない分質のいい教育を受ける事が出来るの」
僕としては行く気は全くない。合格できれば政治にかかわる事が出来る職に就きやすくなるらしいけれど、僕には興味のない話だ。というか僕なんかにそんな難しそうな仕事ができるとは思えない。
今学校の成績がいいのだって僕が高校生としての記憶と学力があるからだ。これ以上は多分ぼろが出る。
「次が数学を主に学ぶ事のできるヨアヒム高等学校ね。これはグライオンの方の学校で、数学を学ぶのなら今はここが進んでいるらしいわ」
さっきと同じ理由で却下だ。
「次がイグニティの魔法高等学校ね。これはイグニティで学べればどこの高等学校でもナギさんの為になると思うの」
魔法学校は正直惹かれる物がある。ここできちんと学べば上級魔法はおろか自分で魔法陣を作り出す事ができるようになる。魔の平野を越えるつもりなら出立の時期が遅くなってでも行く価値はあるだろう。
「次が兵士養成所ね。ナギさんの実力なら申し分ないと思うの。強力な魔獣もいるし、兵士養成所では多分騎獣士として訓練を受けるようになると思うけれど」
「騎獣士、ですか? 騎士ではなく?」
「ええ、騎獣士は動物に乗って駆るだけじゃなくて、騎獣を育てたりお世話をする人達の事なの。大体動物使いに適性がある人がなる仕事ね」
「そういう職業もあるんですね」
でも兵士養成所に行くという事は軍に入るって事だ。軍に入ると自由がなくなって約束を果たせないだろうな。フソウにはもしかしたら何かの任務で行けるかもしれないけれど……。
「最後に……これが多分他の先生方も望んでいると思うんだけれど、ナギさん。教師を目指してみない?」
「え?」
「ナギさんは小さい子達から慕われているし、勉強もできるから向いていると思うの」
「それは……」
僕が教師になる……そんな映像が一瞬目の前に映ったような錯覚を感じた。
確かに僕は子供が好きだし、去年レノア先生に子供達のお世話の仕事を頼まれて今も続いてる。楽しいと思うし、やりがいも……感じてると思う。
そういう未来もあるのかもしれない。でも……。
「先生は、時読みの占いを信じますか?」
「時読みの? ええ、信じない人はいないんじゃないかしら。あれは神様がその人の未来に起こるであろう事柄を『時読み』という固有能力を持った人に教えるという奇跡の力だから」
「はい。それで、僕は去年時読みの占い師にこう予言されたんです。『五匹の獣を連れてあなたは巨大な魔物と戦う事になるでしょう』と」
「巨大な魔物……?」
「はい。時と場所は指定されていませんでした。だからもしかしたら、来年かもしれないし、僕が老人になった頃かもしれません。どちらにせよ、僕は高い確率で巨大な魔物と戦う事になるでしょう」
「……」
「だから僕はその日の為に力を蓄えておきたいんです。幸い僕は魔獣を仲間に出来る力があります。最低でも五匹集める為に僕はわりかし自由に動ける冒険者になろうと思っています。色々推薦してくださった先生達には申し訳ないですけど……」
「ナギさん、占いにそういう結果が出たからってその通りに生きなければならない何てことないのよ?
極端な話、たとえその巨大な魔物にあったとしても軍や他の冒険者に対応を任せるという手もあるのだし。たとえそれで犠牲が出たとしても……貴方に責任はないの」
「僕は、責任感とか、そういう物で将来を決めようとしているわけじゃないんです。ただ、守りたい子……人達がいるんです。家族とか友達とか……失いたくないんです。だから、僕が出来る事を精一杯やりたいんです」
守りたいと言ったけれど、ただ僕は怖いんだ。好きな人がいなくなるのが怖い。
だから僕は戦うと決めた。奪われない。奪われたくない。その為に戦わないといけないんだ
「それに僕は東の国々に行ってみたいんです。行く理由は好奇心ですけど……」
「魔の平野は好奇心だけで渡れる場所ではないわよ?」
「はい。なんとなく聞いてはいます。だから向かう前に自分の身を守れるだけの強さを身に着けて、腕の立つ護衛を雇うつもりです。幸いお金の当てはありますから」
「……はぁ。ナギさんは本当、十一歳とは思えないほどしっかりしているわね」
「あはは……」
本当の事なんて言えるはずもなく僕はただ曖昧に笑って流す事にした。
たとえ護衛を雇ったって危険な事には変わりない。どれほどの腕の人間を雇えばいいのか、渡れるだけの実力はあっても信用できる人間なのか、魔の平野の状況はどうなっているのか、調べる事は沢山ある。
僕はフェアチャイルドさんと一緒に魔の平野を越えるつもりなんだから、彼女の身の安全の為にもしっかりとした準備をしなくちゃ。
もしも彼女の身に何かが起こったら……僕はどうなってしまうだろう。想像できない。したくもない。それなのに彼女と一緒に危険な場所に行こうとしている……この矛盾は何なんだろう。本当に彼女との約束を守る為とはいえ危ない目に遭わせるのが正しいのだろうか?
「でも、全てが終わってから先生を目指すっていうのは出来るでしょうか?」
「それは大丈夫。教師になるには兵士のように教員養成所に行って教員としての訓練を受けてから試験を受けて、それに合格すればなれるの。
その養成所に入るのは何歳からでも大丈夫。私も成人してから入ったし、同期に今の私よりももっと年上の人だっていたの」
「そうなんですか。じゃあ安心ですね」
「ふふ、もしかしたら同じ職場になるかもしれないわね」
「働きたい所は自分で決められるんですか?」
「教員が一杯とかでもない限りある程度は希望は通せるわ」
「途中で他の都市に異動するとかは」
「人が多い所から少ない所にっていうのはあるわね。ただ、ここみたいな地方都市は少ない方に属するから異動はあんまりないわ」
「なるほど。参考になりました。ありがとうございます」
完全な男になる方法が見つからなかったらそういう道もいいかもしれない。
ただその場合ナス達をどうするのかっていう問題が出てくるのだけど。まぁどうなるか分からない未来の事は未来の自分に任せよう。今の僕の目標は魔の平野を越える事なのだから。
部屋に戻るとフェアチャイルドさんがお帰りなさいと挨拶をくれる。
ただいまと返し僕は自分の机の前の椅子に座る。後一年。後一年でこの部屋ともお別れか。
「ナギさん。ナギさんも進路のお話だったんですか?」
「うん。もって事はフェアチャイルドさんにも?」
「私は明日呼ばれているんです。……それで、その、ナギさんが卒業したら……」
「冒険者になるつもりだよ」
「そうですよね。私もそのつもりです」
口元を綻ばせるフェアチャイルドさん。
「フェアチャイルドさんは本当にそれでいいの?」
何となく口に出した言葉。けれど彼女は僕の言葉に眉をひそめた。
「どうしてですか?」
「いや、冒険者以外にしたい事ないのかなって」
「ありません。ナギさんと一緒に雪を見に行ったり、フソウに行くのが私のしたい事です」
「そ、そっか。でもさ、それならすぐに冒険者にならなくても高等学校に行って知識とか人脈とか色々な物を得てからでもいいんじゃないかって思ったんだ。実際僕も魔法を専門としてる学校に行こうか迷ったし」
「それは……」
「フェアチャイルドさんもさ、こうしたいからすぐにこうするっていうんじゃなくて、目標を達成する為にどんな手段があるか考えてみたらどうかな」
「手段を、ですか……」
「うん。僕の場合は自分の能力を鑑みて冒険者になるって決めた。幸い冒険者になっても先輩の魔法使いや組合が主催する講習で第七階位以上の上級魔法を習う事が出来るらしいから」
魔法の難しさは魔法陣の複雑さと制御の難しさだ。
魔法陣に詳細を書き込めば書き込むほど複雑な魔法陣となる。そんな魔法陣を戦闘で扱うには知識を自分の物にするか、魔法陣を完璧に覚えるしかない。
制御も間違えてしまえば魔法は発動せずに無駄に魔力を使う事になってしまう。
だからきちんとした所で魔法を習わないといけないんだ。
「自分の進む道なんだ。すぐに結論を出さなくていい。ただなるべくあの時ああしていればって後悔しないようよく考えて欲しいんだ」
「はい……」
納得してくれただろうか。
どうか彼女に幸の多い人生を歩ませて欲しい。僕はシエル様ではない、この世界の神様達に祈らずにはいられなかった。




