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初めての妹

 秋季休暇初日、それは子供達が馬車に乗って一斉に故郷へ帰っていく日。

 各村へ帰る時は学校から馬車が出て、グランエルに戻る時は村から馬車が出る。

 馬車で移動するのは決まりだから当然僕も馬車で移動することになる。

 今回の帰郷で僕はアースはグランエルに置いていく事になった。

 アースがいると馬が恐れてしまって逃げようとしてしまうんだ。だから連れて行く事は難しいと判断した。置いていく事になるお詫びに帰ってきたら大量のマナポーションを作ると約束した。




 リュート村に着くと僕は急いで家へ向かった。ナスもついて来る。

 アイネもついてきたそうだったけれど、馬車が遅れたためお昼ご飯が遅れてしまったから先に自分の家に帰るように促した。

 横を走ってるナスをちらりと見る。今日のナスは朝に丹念に毛づくろいしたおかげか大して汚れていない。これなら入る前にもう一度毛づくろいを行えば問題なく家の中に入れるだろう。

 家の前に立つとナスに毛づくろいさせてから家の扉を開ける。

 家の中に入るとお母さんがルイスを椅子に座らせ何かを食べさせている所だった。


「ただいま」

「ぴー」

「お帰り、今ルイスのご飯の途中だからちょっとまっててね」

「何食べてるの?」

「お野菜を柔らかくして潰して作った離乳食よ」

「ふぅん?」


 早いのか遅いのか標準なのか赤ちゃんと接した事のない僕には判断がつかない。

 ルイスは食べるのに夢中なのか僕達に気づく様子はない。すごい集中力だ。それともまだ視野が狭いだけなのか。


「美味しそうに食べてるね」

「ルイスは好き嫌い無いみたいだから助かるわ」

「僕の時はあったの?」


 流石に赤ん坊の時の記憶なんてない。僕の時はどうだったんだろう。


「アリスの時はレクサが苦手みたいだったかな」


 レクサというのは苦みが強く食感がレタスみたいな野菜だ。レクサは実は今でも少し苦手だ。というか苦い物が苦手だ。前世ではそれほどでも無かったと思うんだけど、今世では何故か身体が受け付けてくれない。


「ルイスは食べられるの?」

「食べる速度は落ちるけど、残した事はないわ」

「すごいなールイス偉いねー」

「う?」


 僕が褒めるとようやく気付いたのか僕の方を見てくる。そして、先割れスプーンを僕の方に突きつけたままお母さんの方を見た。


「まーま。まーま」

「ふふ、アリスお姉ちゃんとナスちゃんよ。覚えてないかしら?」

「あーう?」

「流石に覚えてないよねー」

「ぶぅ」


 ナスと初めて会った時のように何となく言いたい事が分かる。でもナスの時よりも伝わってくる意思は原始的で希薄だ。

 逆に僕の言葉はどうだろう?


「ルイス、僕の事はいいからご飯食べちゃいなー」

「あい!」


 能力のお陰かは分からないけれど伝わったようだ。ルイスは食事を再開させる。


「そういえばアリスもお昼まだでしょ? 作ってあるから自分でよそって食べちゃいなさい」

「はーい」


 お母さんに言われたとおりに台所に行くとお鍋の中に野菜のスープが入っていた。量的にあと一人分だろう。

 残りの全部を食器に移し、お鍋の中に魔法で水を満たしておく。

 スープの入った食器とスプーンをテーブルに置き続いてはナスのお昼の準備をした。


「いただきまーす」

「ぴー」

「あぅー」


 何故かルイスまでいただきますをした。僕達の真似をしたんだろうか。

 野菜のスープは相変わらず味が薄い。でも約半年ぶりの懐かしい味だ。

 久しぶりのお母さんの食事を堪能した後食器を洗い片づけをする。

 片づけをしている間にアイネがやってきた。

 午後には剣術の特訓をするはずだけれど、どうやらルイスに会いに来たらしい。

 アイネは食事を終えてうとうとしているルイスに近寄る。


「あー、もうおねむかー……」


 残念そうにルイスから離れる。


「じゃあ特訓しに行こうか」

「そだね」


 頷いて腰に掛けている木剣に手をかけて見せてきた。準備は出来ているみたいだ。僕も急いで準備をしよう。

 荷物から木剣を取り出しお母さんに断りを入れてからアイネとナスを連れて家を出る。

 周りに家のない空き地まで行くと柔軟をし、その後に朝できなかった素振り百回に様々な太刀筋や避け方の基本的な型の反復練習を行う。普段は時間がかかる為あまり回数はこなせないけど、今日からはたっぷりと時間がある。ただ、完全に自主練になってしまうから間違った型にならないか注意しないといけない。

 ナスは僕達の隣で跳ねたり屈伸運動っぽい動きをしている。ナスなりの特訓なんだろう。かわいい。


 それらの訓練が終わるとようやく特訓という名のアイネとの模擬試合が始まる。

 アイネは着実に腕を上げている。補講の時しか確認できない僕でもわかるほどアイネは成長が早い。


 アイネは相変わらず自慢の足を使ってくる。細かく動いて相手のすきを狙う戦法。二年半ほどの訓練で無駄な動きが無くなりつつある。

 相変わらず単調ではあるけど、動きに追いつけないのならば単調でも問題はないのだろう。でも、僕だって四年半以上も訓練してたんだ。容易く負けるわけにはいかない。

 いくら早くても単調な攻撃なら予測で十分に防げる。

 防ぐ度にアイネの顔が楽しそうに歪んでいく。はっきり言って子供のする顔じゃない。怖い。

 アイネの攻撃を防ぎつつ反撃の隙を狙う。アイネが大きく振り払って来た所で木剣で防がずに避ける。大きな攻撃の後の隙を狙い動こうとしたけど、アイネがすぐに次の攻撃に繋げてきた。最初からそう言う攻撃だったんだろう。流れるような動作で木剣が軌道を変えて僕に襲い掛かってくる。

 今度はその攻撃を木剣で防いで流す。

 防いだ事によってアイネの表情が笑顔でますます歪む。笑顔で歪むってどういう事だ。怖いよアイネ。


「今のも防いじゃうんだ!? もっと行くよ!」


 アイネの攻撃にフェイントが混じり始める。

 僕は攻めるのを捨て防御に徹する。アイネの動きは速いけれど洗練されていない分分かりやすい。よく見れば対処できない程ではない。

 カイル君に比べれば速さ以外の身体能力がまだまだだ。攻撃は軽いし息が乱れてきているのもわかる。

 このまま防いでいれば疲れて動きが鈍くなるだろう。


「ねーちゃんたまには攻めたらどう!?」


 アイネがごちゃごちゃと僕を攻めに転じさせようと挑発してくるけれど、そんな挑発には乗らない。そもそも戦いの最中に喋っててよく舌を噛まないものだ。

 アイネのよく回る舌に感心しつつアイネの攻撃を防いでいるとアイネの動きが雑になり速くなってきた。

 疲れてきたんだろう。決定的な隙を見せた所で僕はアイネの首筋に木剣を突きつけた。


「アイネ、勝負ありだね」

「あーもー! 全然ねーちゃんの守り崩せない!」

「だから言ってるでしょ。守りに入った相手に力押ししたって疲れるだけだって」

「ねーちゃん以外ならそれで勝てるんだけどなー」

「カイル君にも勝ってるの?」

「守らせればねー。逆に攻められたら負ける」

「ふぅん」


 僕も同じだ。カイル君に勝てる時は守りに入った時だ。多分カイル君は守りがまだ未熟なんだろう。

 逆に、僕は自分が攻めが苦手というのは認識している。相手が子供だからなのかそれともそういう性質なのかはまだちょっと分からないけど……多分後者だろう。

 こんなんで魔物相手に戦えるのだろうか。

 模擬試合が終わると僕は念の為にお互いに打たれ痛めた所に魔法をかけて癒す。

 これで解散という所でアイネが僕の家に来たがった。お昼にルイスと遊べなかった分を取り戻したいんだろう。僕はもちろん了承した。お母さんの最終確認が必要だけれど、多分大丈夫だろう。


 大丈夫だった。家に帰るとルイスは歌を歌っているお母さんと元気に手を叩き合って遊んでいた。


「あいるー!」


 ルイスから楽しいという気持ちが伝わってきて僕もなんだか嬉しくなってしまう。


「ルイス~、アイネおねーちゃんだよ~。一緒にあそぼー」


 アイネがルイスの横に座って両手の平を前に出す。するとルイスはアイネの手も叩き出した。


「あいあー!」

「おっ、けっこー強いじゃーん。ルイス強くなるかもよー」

「ルイスにはお淑やかに育って欲しいんだけどね」


 お母さんが僕をちらちらと見ながら言ってくる。ごめんなさい。男らしい子に育っちゃって。




 夜になり食事の時間ルイスに僕が御飯を食べさせる事になった。本当は必要ないんだけれど、お母さんがまだやった事がないでしょと言ってやらせてくれる事になった。


「あーむ」


 ルイスが僕の持ったスプーンを口に含みもごもごと口を動かす。


「美味しい?」


  飲み込んだ所で聞いてみるとルイスの美味しいという返事が返ってきた。


「本当にルイスは好き嫌い無いんだね。偉いね」

「あいあ!」


 褒められたのが嬉しいのかルイスは満面の笑みを僕に見せてくれた。


「アリスの固有能力は本当に便利なもんだな。赤ん坊の言う事まで分かるんだから」


 お父さんが感心したように言うので少しくすぐったさを感じた。


「そんな能力がないのにルイスの言ってる事が分かるお母さんの方がすごいと思うよ」

「そりゃ毎日ルイスの相手してるもの」

「あいうー」


 御飯を食べ終わったルイスが立ち上がりナスの方へ行こうとする。ゆっくりと一歩ずつ。


「ぴー?」


 ナスがルイスを見ながら首を傾げる。

 ルイスも真似をして首を傾げようとするけれど上手くいかず身体ごと傾いた。ルイスはバランスを崩し倒れそうになる。

 僕が慌てて支えるとルイスはなおもナスの方へ行こうとする。

 僕含め皆倒れそうになってもすぐに助けられるように準備をしながらルイスの動向を見守る。

 ナスの元に着いたルイスはナスの腕を掴んだ。


「いー!」


 ナスの真似だろうか? ナスを見上げてルイスがいーいー言い出した。


「ぴー?」

「いー!」

「ぴー!」

「いー!」


 何か感じる物があったのかナスは鼻先をルイスのほっぺに当てた。ここから匂いを嗅ぎ鼻先で擦るのがナスの親愛の証だ。

 ルイスはくすぐったそうにきゃっきゃと笑う。

 アースも連れてきたかったな。アースを連れて来れないのはすれ違う馬が皆怯えてしまうからだ。アースを連れまわしたら迷惑になってしまう。

 かと言って僕だけアースと一緒に、という訳にもいかない。グランエルから各村へ生徒を送る時は教員が御者をやり馬車に乗せて移動させなければいけないという決まりがあるんだ。アースを馬が怯えない距離まで離すとというのも駄目だ。

 魔獣を外で一匹にしてはいけないという決まりがある。罰則のある決まりではないけど、もしも冒険者や兵士に見つかってはぐれ魔獣として退治されても文句は言えないんだ。まぁアースを退治できる人がそうそういるとは思えないけれど、騒ぎになる事は間違いない。


「まーま、まーま」

「ん? どうしたの? ルイス」


 ルイスはナスの腕を左手で掴みつつ右の人差し指をナスの背中に向けている。


「ナスの背中に乗りたいみたい。大丈夫かな?」

「んーまぁ大丈夫でしょう」

「ナスもルイスを背に乗せていい?」

「ぴー」


 お母さんとナスから許可が出たのでルイスを抱き上げてナスの背に乗せる。


「あいあー!」


 ナスの背に乗せられたルイスは全身を使いナスにしがみつく。後で念の為にこっそりとピュアルミナ使っておこう。

 ルイスはナスに動いて欲しいのか柔らかい片手で背を叩いている。


「ナス、動いてあげて。ゆっくりとね」

「ぴー」


 ナスが動き出すとルイスはまたいーいー声を上げる。多分いーとはナスの鳴き声の真似なんだろう。

 ナスはルイスの声に答えつつ家の中をのそのそと動き回る。普段のナスからしたら止まっているのと同じ速度だ。それでもルイスは楽しそうにお母さんに向けて手を振っている。


「まーまー!」

「ちゃんと見てるわよー」

「ぱーぱ!」

「見てるぞ」

「ねーちゃ!」

「気を付けてね」

「あい!」


 目を離すわけにはいかない。何せ身体を固定する物がないから。もしも前世の世界だったら絶対に僕はこんな事させない。回復魔法があるから許容しているに過ぎない。その回復魔法だって即死だったら効果が無いんだ。気をつけないと。

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