堅牢なる獣 その5
道を行く人達が皆アースを見上げている。馬車が通ろうものなら馬が怯え逃げ出そうとする始末。なので僕は仕方なく道を外れ目立たないように草原をアースの背中に乗ってナスと付き添いの先生と共に進む事になった。
先生がこれでは何のための都市外授業なのかと嘆いたけれど、僕も正直胃に違和感を感じ始めている。ヒールを定期的にかけているからまだ痛くないけれど、ヒールがなかったら僕の胃はどうなっているんだろう。
都市の中に入る時はさすがに連絡が入っていたのか奇異の目で見られはしたものの、大型の魔獣用の出入り口からすんなりと中に入る事が出来た。
問題は入ってからだ。アースは大型の幌馬車並みに大きい為暮時だけれど街灯の光によって通りに大きな影を落としている。
ナスの時よりも見物人が多いに違いない。
そんな視線を集めているアースだけれど、アース自身は注目を浴びているのがうれしいのか意気揚々と言った感じの足取りで機嫌よく通りを歩いている。
薄々感づいてはいたけれど、アースはお調子者だ。調子に乗りやすく常に自信に満ちている。強さからくる自信なのか元々の性格かまでは分からないけど。
まぁ悪い子ではないとは思う。……今の所は。
さて、僕達は今学校へ向かっている。もう遅いからチームとしての報告は後日になるけれど、ナスとアースを学校まで送らないといけない。
……アースの住む場所はまだ決まっていない。何せ大きいから、学校にある飼育小屋だとアースが暮らせる程の物はない。
都市の外に放牧するという事も出来ない。基本的に魔獣使いが傍にいない状態で都市の外に出してはいけないからだ。
今日の所は校庭で寝てもらい、明日改めて決める事になっている。あまりナスから離れた所にならないといいけれど。
学校につくとナスは飼育小屋にアースは校庭へ。アースと別れる際に注意だけはしておく。
「アース、あんまり五月蠅くしたら駄目だからね。後土を操るのも駄目。グランエルの下には大きな魔法陣があるから、下手にアースが地面をいじると魔法陣が壊れるかもしれないからね」
「ぼふ」
普通の人間なら街中の人間から集めた膨大な魔力が流れている街の魔法陣を破壊する事はできない。でも同じように膨大な魔力を有しているアースなら? ……出来るかもしれない。だから僕はアースに街中で魔法を使う事を禁じた。
まぁ元々魔獣は街中で魔法を使ってはいけないんだけどね。アースはそれだと魔素をろくに食べられないし土の中で暮らせないと文句を言ってきたけれど僕としては許すわけにはいかなかった。
代わりではないけれど僕の作ったマナポーションを一杯飲ませると約束した。
会ったその日の夜にマナポーションをあげてみたんだけれど、マナポーションを飲んだのは僕のが初めてだと言っていた。
実際に飲ませてみるととても気に入ってくれたようで、何杯もお代わりを用意する羽目になってしまった。最近ではナスも僕のマナポーションの味を認めてくれているから味には自信がある。僕はいまだに味は分からないけど喜んでくれるのはやはり嬉しい。
「アースの住む場所早めに見つけるからね」
探すと言っても多分学校の敷地内になるだろう。学校の敷地は都市の北東部の四分の一を占めているから結構広い。
ただその広さの殆どを倉庫や馬車を引く馬などの飼育に使っているから生徒達が使う敷地は意外と狭い。
探せばどこか見つかるといいなぁ。
翌日になり朝食を食べた後僕はさっそく学校へ行きアースの寝床を探す為に奔走した。フェアチャイルドさんも手伝いたいと申し出てくれたので一緒だ。
途中、チームの皆が学校にやってきたので都市外授業の報告を済ませる。
報告が終わった後皆がアースの寝床探しを手伝ってくれるというので皆にも手伝って貰う事にした。先生達も動いてくれているからすぐに終わるだろう。そう考えた矢先に手伝ってくれていた先生がすでに使っていない倉庫を見つけたと伝えに来てくれた。
チームの皆が折角手伝ってくれると言ってくれたタイミングがいいのか悪いのか。
手伝って貰う必要がなくなったので皆には謝りつつお礼を言って解散となった。
先生の案内でアースを連れて倉庫まで行ってみる。
倉庫は元々は馬車をしまっていた倉庫なのだけれど、学校の敷地の出入り口から遠くて不便だった為新しく倉庫が作り直された後ずっと放置されていたらしい。
何故そんな不便な所に倉庫を作ったのかと聞くと、昔は今ほど学校の敷地は広くなく、馬の飼育場の敷地を多く取っていた為他に場所が無かったらしい。都市の拡張と共に学校の敷地も広くなり馬の飼育場が移動した事によって出入り口の近くに新しい馬車用の倉庫を作る余裕が出来た、という訳らしい。
本来なら古い倉庫も物置に使っていたんだけれど定期的に要らない物を処分していったら中身が空っぽになってしまったんだとか。で、校舎からも微妙に遠くて不便なのでそのまま新たに物がしまわれる事もなく今日に至るらしい。
件の倉庫はさすが馬車の倉庫だけあって大きかった。天井はアースの体高よりも1.5倍ほど高い。これなら暴れさえしなければ窮屈という事はないだろう。
古い建物だけれど、学校の建物は定期的に開拓者への贈り物をかけられているので経年劣化する心配はない。
アースがぼふっと鼻息を鳴らした後建物の中に入り腰を下ろした。中々尊大な態度だ。
手伝ってくれた先生達と、ここまでついて来てくれた子達にお礼を言った後、僕はアースを置いてまだ寝床を探しているだろうフェアチャイルドさんを探しに向かった。
探しにと言ってもあらかじめ魔力の糸をくっつけておいたから居場所は分かる。
フェアチャイルドさんの居場所は敷地内の北西、大体馬の飼育場の近くだ。
魔力の糸を辿って行き、馬小屋の近くまで来るとフェアチャイルドさんがとてとてと走っているのを見つける事が出来た。
名前を呼ぶと彼女はすぐに僕に気が付いて近寄ってきてくれた。
「もしかして見つかりましたか?」
「うん。見つかったよ。探してくれてありがとうね」
「いえ……結局お役に立てませんでした」
「そんな事ないよ。手伝ってくれた事とっても嬉しいよ?」
「ナギさん……」
「ああ、それでさ、フェアチャイルドさんにお願いしたい事があるんだ」
「お願い、ですか? ナギさんに出来ない事が私にできるでしょうか」
フェアチャイルドさんの僕への評価が重い。
「だ、大丈夫だよ。今回は精霊魔法を使って欲しいんだ」
「精霊魔法をですか?」
「うん。アースの身体を洗おうと思って。さすがに僕じゃアースを洗えるほどの水は出せないんだ」
「分かりました。やってみます」
笑顔で頷いてくれたフェアチャイルドさんを連れてアースのいる倉庫へ戻る。
アースに外に出てもらい僕が『アースウォール』を使い地面に穴を空けつつ、穴を囲う様に低い土の壁を作り浴槽を作る。僕だってアースほど大規模な真似は出来ないけれどアースが入れる穴位は作れる。消耗が激しいからお湯を満たす事は出来ないけどね。
「アース、今から身体洗うからね」
「ぼふっ」
浴槽の中にアースが入るとフェアチャイルドさんに合図を送る。
「ディアナさん。力を貸してください。『水霊の遊び場』」
フェアチャイルドさんが願うように言うだけで何もない空中から勢いよく水が流れ出てきて、アースをずぶ濡れにしながら浴槽を満たしていく。
「フェアチャイルドさん。水温もう少し上げられる?」
精霊さんが出す水は冷たくもなく暖かくもない常温だ。汚れを落とすのなら暖かい方がいい。
「はい! 出来ます。サラサさん。少しだけ力を貸してください。『陽気な小春日和』」
浴槽に満たされた水に手を付けて唱える。暫く待つと水から湯気が出てきた。確認してみると水がお湯になっている。
「ありがとうフェアチャイルドさん。これ位でいいよ」
「はい」
「えと、ディアナさんにサラサさんだっけ? 二人にもありがとうって伝えて貰えるかな」
「はい……伝えました。二人ともナギさんにならいくらでも力を貸すと言っています」
「え? そうなの?」
「はい」
「僕そんな風に言われるような事何かしたかな」
「それは……直に三人から伝えたいそうです」
三人という事は光の子もか。一体なんだろう?
しかし、直にという事は住んでいる森に来いって事だよね。フェアチャイルドさんの故郷のルルカ村の近くの森だっけ。話には何度か聞いているけれど……楽しみだな。
「じゃあ会った時に聞いてみるよ」
ルルカ村、アールスも行きたがっていたっけ。三人で一緒に旅できる時は来るんだろうか?
「ぼふー」
アースが気持ちよさそうに鳴いている。
アースは今お尻を下ろして頭だけ出す格好になっている。浴槽は結構深い為僕が中に入ったら足が届かないだろう。
お湯もアースに溜まっていた土や埃で汚れている。さすがにこんなお湯にアースの身体を洗う為に入る気は起らない。
「アース、魔法使うから力抜いてくれる?」
「ぼふ」
アースの魔力が拡散されるのを確認すると僕はウォーターでお湯を操りアースの身体をゆすぐ。するとどんどんお湯が汚れて行く。
「あれ?」
水でゆすいでいるうちに違和感を感じた。何か水の中で解けていくような、そんな感触。だけど、その感触の正体は分からないまま頭以外の全身を洗い終えた。
「よし、もう出ていいよ」
「ぼふふん」
気持ちいいから出たくないらしい。
「駄目だよ。お湯汚れてるんだから。病気に……はならないのかな。とにかく駄目」
「ぼふん」
アースはぷいっと顔を背けてしまった。
ぬぬぬ、このまま入っていても不潔なだけだというのに。
「アース、汚いよ。出て来て」
「ナギさん。私がなんとかします」
「え? 出来るの?」
「はい」
フェアチャイルドさんはにっこりと笑い頷いた。そして、汚れているお湯に再び手を付ける。
「ディアナさん。力を貸してください。『清流の指揮者』」
お湯につけていた手をフェアチャイルドさんはおもむろに頭上に挙げる。すると、お湯が彼女の手の動きについてきた。
「僕の『ウォーター』みたいなものかな」
アースが入れるほど大きな浴槽に入ったお湯を全部操るのはさすがに魔力が足りない。
「その通りです。ただ、この魔法はこうやって手で誘導しないといけないんです」
そう言って彼女は頭上でゆっくりと円を描くように腕全体を回し始める。水は手の動きに釣られ空中で巻き取られまるでペロペロキャンディーのように平たく渦を巻いた形で固まった。
彼女の魔力じゃ操った上でその場で固定させ続けるのは難しいはずだ。実際に固定している魔力は精霊の物なんだろう。フェアチャイルドさんの役目はあくまでも誘導かな?
「すごいね。こんな事もできるんだ」
「ナギさん。今のうちに」
「あっ、そうだね」
僕はお湯の塊から目を離しアースを見る。アースは不満そうに鼻を鳴らしている。
洗い終わったらまた入っていいからと宥めてからアースウォールで階段を作ってアースに出てくるように促す。
アースが出てくるとフェアチャイルドさんは貯めていたお湯を浴槽の中に戻した。
残ったお湯をどうするか、これからのアースのお風呂タイムを行う為には解決しておかないといけないな。
アースを改めて見る。濡れた体毛から水滴が落ちている。
一本一本僕の人差し指のように太い毛、そのはずだった。
濡れていない頭以外の毛がお風呂から出た途端に体毛が灰色からもう少し薄い銀色へと変わっていた。しかも毛の一本一本が細くなっている。
「えぇ……」
「えと……どういう事でしょう?」
近寄って調べてみると、首の周りに半分崩れかかった太い毛が残っていた。どうやら太い毛は細い毛が汚れか何かで固まってしまっていたようだ。細い毛があるなとは思っていたけれど……どれだけ汚れてたんだ。
「……アース。今から気合い入れて洗うからね」
「ぼふ?」
結局身体を洗い終えるのに夕方までかかってしまった。お昼を食べる為に一度寮に戻ったから余計に時間がかかったんだ。
アースは洗う前よりも気持ち少し小さくなったように見える。やはり固まっていた毛が大きさを増大させていたんだろう。太い毛がなくなってもまだまだ大きいんだけれど。
「綺麗になったね」
「はい。心なしか輝いて見えます」
「ぼふふ」
アースは綺麗になった銀色の体毛をポーズを取りながら僕達に見せつけてくる。そんなに嬉しいのか。綺麗に洗ったかいがあるというものだ。
触り心地も少し硬めで艶やかな毛がつるつるしていてもふもふなナスとはまた違った味わいがある。
「じゃあ後は後始末して帰ろうか」
「……そう、ですね」
浴槽の中に残っている汚れた水。これを片付けないと帰る訳にはいかない。フェアチャイルドさんの顔が引きつったのを僕は見逃さなかったけれど見てない事にした。




