月は浮かぶか?
寮で暮らす様になって数週間が過ぎた。
寮にはお風呂があり、風呂場は大勢の生徒が一緒に入れるように広く作られている。
低学年だからか男女別に分かれていないため男女入り乱れてお風呂に入る事になる。
それでも僕は普段は人気のない時間にお風呂に入るようにしている。
何故って罪悪感が半端ないからだ。男の子ならまだしも正体を隠しているのに女の子と一緒に入るのは魂年齢二十歳を超える僕には躊躇いがあったし、何よりも時々女の先生も一緒に入ってくるのだ!
女の先生は若い人からお婆さんまでいる。想像してほしい、若く美しい女の人の裸を間近で見た時の興奮と、容姿が……微妙な人やお婆さんの裸を見た時の気持ちを。僕には耐えられなかったよ……。
そういうわけで僕は基本人が少ない時間に一人で入る事が多いのだが、もちろん例外がある。
それは、アールスに時々強制的に連行される時だ。アールスは僕と一緒にお風呂に入りたいらしく僕があれよこれよと適当に言い訳をしていつもは逃げているがそれでも逃げられない時が来る。それが……今だ。
「だからね、僕は……」
「やだ。一緒に入る」
頬を膨らませて駄々っ子のように……実際に駄々っ子か。僕の服から手を離さない。
いつもはあっさりと引き下がってくれるのだが、こうなるともうお手上げだ。無理やりアールスの手を剥がすなんて大人げない。第一可哀想だ。
「わかったよ……」
「やった」
アールスが勝ち誇ったような顔をしてくる。ちょっと小突きたくなるようなドヤ顔だ。もちろん僕は大人だからそんな大人げない事はしない。
「レナスちゃんも一緒に来るよね?」
「……はい」
フェアチャイルドさんは学習机から離れ自分の荷物の中から着替えを取り出した。
「じゃあ行こうか?」
僕はもう準備を終わらせている。元々人が空いたらいつでも行けるように用意してあるんだ。
部屋を出て階段まで行くとグリヤが昇ってきた。髪が少し湿っているためお風呂を出た後なんだろう。
「お前達もこれからお風呂?」
「うん。お兄ちゃんは出た所?」
「うん。レノア先生ももう出ちゃったぜ」
「えー! レノア先生入ってたの!?」
レノア先生というのはお婆さんの先生の事だ。子供達からはよく慕わられていて、アールスもよく懐いている。
「今はフォンディーヌ先生が入ってるはずだよ。入れ替わりだったから」
「アールス、早く行かないと遅くなるよ」
フォンディーヌ先生は若くて美人の先生だ。若くて美人でスタイルがいいのだ。僕は別に下心はないがやはりお風呂に入るのが遅くなると子供達が増えてしまうからね。
やはり大勢の子供と入るのは抵抗がある。レノア先生がお風呂から出たのなれば釣られて一緒にお風呂を出る子がいるかもしれない。今がチャンスなのだ。別に下心はないけれどね。
「なんかナギ顔変」
「急に真顔になったなお前」
「僕は肌を大勢に見られるのが苦手だからね。今なら人が少ないんじゃないかと思っただけだよ」
これは前から使っている言い訳だ。嘘ではない。この女の子の身体を見られるのは魂年齢が成人男性である僕にはきつい物があった。恥ずかしいような後ろめたいような、そんな感じ。
「そっか。そうだよね……ナギ、ごめんね? お兄ちゃんおやすみなさい」
「うん。おやすみ」
僕の良心がチクチクと痛んで仕方ない。自分の都合でアールスの顔を曇らせてしまった挙句謝らせるなんて。
僕は何をやっているんだ……こんな子供に自分の都合を押し付けて……。
「アールス、ごめん、急かせるような事を言って。グリヤともっと話したかっただろ?」
「ううん。いいの。ナギが人に肌見せるのは苦手だって知ってるから」
「でもそれだって僕の我儘だ」
「それまで。早く行こう?」
アールスに止められて僕は何も言えなくなる。なんて情けないんだろう……こんな小さな子に気を使わせてしまうなんて。
お風呂場は十人が一緒に身体を洗うだけの広さがあり、湯船も十人なら楽に入れる広さがある。
フォンディーヌ先生は今湯船に浸かっていて丸い膨らみが湯に浮いている。
「エクセレント」
「何が素晴らしいの?」
「見てごらんアールス。月が綺麗だ」
咄嗟に換気窓から見える月に話を移した。
「うわぁ、本当だね」
「フェアチャイルドさんもそう思うよね?」
「はい……綺麗です」
フェアチャイルドさんも月に見とれているようだ。
上手く誤魔化す事に成功した僕は溜息を隠しつつ、身体を洗うために湯船から桶でお湯を汲み取る。
この世界にはさすがに蛇口やシャワーは無い。湯船のお湯以外は全て自分の手でやらなければならない。
湯船のお湯は湯船の下に描かれている魔法陣によって常に一定の温度で一定の量を保ち続けている。
村にいた時はクリエイトウォーターで水をため、ライターで薪に火をつけなければならなかったから便利な物だ。
身体を洗うのは濡らした布で洗うだけだ。石鹸の存在は街のお店を周った時に確認できているけどもの高くて今の僕には手が出せない。いつかは買って使いたいと思っている。
身体を洗い終われば次は湯船へ近づく。
湯船の深さは二段階になっており、中心の辺りは大人でも入れるように凹んでいて、五歳児くらいなら立てば安全な深さになっている。
僕は浅い所と中心部の深くなっている所との境目に座る。視線を斜めに向ければフォンディーヌ先生がいる。
「ふぅ……」
やはりお風呂に入ると精神的に癒されるね。
少し遅れてアールスとフェアチャイルドさんも湯船に入ってくる。
それにしてもフェアチャイルドさんの肌って本当に白いよなぁ。
アールスは焼けているからその差がはっきりとわかる。
「あの……どうかしましたか……?」
僕が見ていた事に気づいたらしく恥ずかしそうに身体を湯船に沈める。
「フェアチャイルドさんって肌白いなって思って」
「本当だよね。髪も白っぽいし、目も赤いからナビィみたい!」
ナビィというのは僕達の世界で言うウサギの事だ。ただし僕の知っているウサギよりも大きく中型犬位大きい。村の外で数多く生息していたからお祝いの時にはナビィの肉が振る舞われたっけ。
「ナビィ……村で、よく言われました……」
「やっぱり!」
「やっぱり村で一番かわいいかったんじゃない?」
「それは……よくわかりません」
「またまた。謙遜して。僕フェアチャイルドさんよりかわいい子見た事ないよ」
そう言うとフェアチャイルドさんはさらに湯船に沈み口が完全にお湯の中に浸かってしまった。
「えー? 私は―?」
「アールスは同じくらいかわいいよ」
「やったー!」
一応アールスも村で一番の別嬪さんだと老人方に言われていた。僕もその通りだとは思うんだけど、最近はかわいいの方向性が変わっている気がする。
村にいた時はタフだけど大人しい女の子で周りの大人の手伝いをする良く気が利く女の子だったけれど、今のアールスは元気一杯なお子様という感じだ。
「そうそう、フェアチャイルドさん。アールスって村にいた時はすごく大人しかったんだよ?」
「え!?」
僕の言葉にそんなに驚いたのか珍しく大きな声を上げた。
「なんでそんなに驚くかな……」
一方アールスはフェアチャイルドさんが驚いた事にショックを受けたようだ。
「え? だって……その……ごめんなさい……」
「こっち来てからのアールスしか知らなかったらそりゃ驚くよ。グリヤだって最初驚いてたじゃないか」
「私どんなイメージなんだろ」
「今は元気で笑顔が可愛らしい女の子、らしいよ」
とアールスの頭を撫でながら教えた。
「誰に聞いたの?」
「前に依頼をやった男子」
名前までは情けで教えるわけにはいかない。
「ラット君?」
「……」
当たっているから僕は肯定も否定もしない。
アールスは誰にも物おじせず話しかけるお蔭か男女問わず結構人気があるらしい。学年一の人気者と言っても差し支えないかもしれない。
考えてみるとアールスは結構スペックが高い。勉強も運動もどっちもできるし、顔立ちもいい。さらに固有能力も先生達の反応から特別な物っぽい。モテるのも当然か?
「さて、そろそろ出ようか」
「あっ、そうだね」
「はい……」
フェアチャイルドさんの白い肌が赤く茹で上がっている。話に夢中で気付くのが遅れてしまった。これは早くお風呂から上がらないと。決して話題を逸らしたいからじゃない。
湯船から上がる前に周りを見てみると先生もいつの間にかいなくなっている。湯船から上がる所が見れなくて非常に残念だ。いや、下心はないけどね。