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夢かそれとも……

 帰りも特に何事もなく帰って来れた。都市に帰ってきた頃には空に星と月が出ている。

 街灯によって街は照らされている。

 学校からの帰り道中央の噴水広場まで行き他の皆と別れようとするとカイル君が呼び止めてきた。


「ナギ、明日予定あるか?」

「明日? 明日はフェアチャイルドさんが帰って来るのを待つつもりだけど」


 フェアチャイルドさんは今年もローランズさんと同じクラスになれたので今年もチームを組んでいる。

 彼女のチームは余裕をもって三日で帰る事になっている。つまり今日は自室で一人の夜を過ごす事になる訳だ。


「じ、じゃあ明後日は?」

「明後日なら多分大丈夫だよ」


 フェアチャイルドさんが帰って来ないって事がない限りは。


「そっか。じゃあさ、あの……今劇団来てるだろ」

「うん。マトーレ劇団だよね」


 マトーレ劇団は地方の都市を回って舞台劇を行っている劇団で今グランエルで伝説の勇者様の劇を行っている。内容は勇者アークとその妻イーダの恋愛劇だ。

 実はもうすでに都市外授業の前にフェアチャイルドさんと一緒に劇を見に行っているんだけど、どうしよう。


「券が二枚手に入ったんだ一緒に見に行かないか?」


 やはり来た。二枚だけとなるとラット君は誘えないのか。僕はもう見たしここはラット君に譲った方がいいかな? でもせっかく誘ってくれてるんだし断るのも悪いかな。

 それに何よりも僕はもう一度見に行きたい。


「うん。いいよ」

「お、おう。じゃあ明後日のえと……一時に噴水前に集合な」

「わかった。一時ね。あっ、噴水前って北側?」

「ああ、北側」

「うん。じゃあまた明日学校でね」

「おう」


 カイル君と別れて女子寮へ戻る。

 外は暗くなっているけれど時間的には丁度夕食の時間だ。帰って荷物を置いたら僕はすぐさま食堂へ向かった。

 ご飯を食べた後はすぐにお風呂に入った。一緒に入る子もいるけれど疲れている為そこまで気を回す余裕はなかった。とはいえちゃんと目隠しはしているけれど。

 でも最近は『蜘蛛の巣』での感知も問題が出てきた。それは、魔力(マナ)の量が低い子はくっきりと身体のラインが解る様になってきてしまったのだ。最初に気がついた相手はもちろんフェアチャイルドさんだ。

 それ以来使うのは『拡散』にして感度を弱くして今まで以上に人がいない時間に入るように心がけていた。

 けど、今日は勘弁してもらおう。さっさと身体洗って寝たい。




 久しぶりの一人の夜が明けた。一人の部屋で寝るのは療養所で寝泊まりしていた時以来だ。

 自室なのに隣のベッドにフェアチャイルドさんがいない、それだけなのになんだか寂しく感じてしまう。たった一夜の事なのにこうなるなんて僕もまだまだ子供という事なのだろうか。

 気を取り直して服を着替えて朝の訓練だ。

 女子寮を出るとタイミングよくアイネと会う事ができた。アイネとは去年からずっと一緒に朝に特訓を続けている。

 今年で二年生になるけれどまだまだ追いかけっこは好きで、いつもナスの所まで競争している。

 一応まだ勝ち越しているけれどいつ抜かれるか。

 柔軟をしてからアイネと競争しナスの所までに着くといつものようにマナポーションを作る。

 ナスがマナポーションを飲み終えれば今度は洗浄だ。アイネにも手伝って貰って濡れ鼠ならぬ濡れ兎になったナスの身体をわしわしと洗って三日間の汚れを落とす。

 ナスの気持ち良さそうな声についつい洗う手に力が入ってしまう。

 洗浄が終わりナスを乾かすと飼育小屋に戻ってもらい一時の別れを済ませる。

 一旦寮に戻ってご飯を食べなければならない。その後学校にまた戻って都市外授業の報告を済ませれば後は自由時間だ。今日はフェアチャイルドさんを待つつもりだからナスとは少しの時間しか遊ぶ事ができないだろう。




 フェアチャイルドさんが帰ってきたのは昼過ぎだった。

 お昼ご飯を食べ終わり僕は自室でまったりとベッドの上で寛ぎながら日課の魔力操作(マナコントロール)の特訓をしていた。

 そこに、扉の開く音が聞こえたので振り返って確認するとフェアチャイルドさんがいた。

 ベッドから降りてフェアチャイルドさんを迎えようとしたのだけど、その前になぜかフェアチャイルドさんが荷物を素早く置きベッドに腰かけた状態の僕に抱き着いてきた。

 いきなりだったので僕はフェアチャイルドさんの抱き着きを上手く受け止められずベッドの上に倒れこんでしまった。


「ナギさん。ただいま戻りました」

「う、うん。お帰り」


 赤い瞳を宝石のように煌かせて満面の笑みを見せてくるフェアチャイルドさん。昔とは別人のようだ。

 最近フェアチャイルドさんはこういうスキンシップが増えてきた。子守をやり始めてからだからきっと子供達を見ていて自分も寂しさを覚えたんだろう。

 そう思うと僕はフェアチャイルドさんのスキンシップを無下にはできなかった。……それとも女の子同士ならこれくらいは普通なのだろうか? ……ああ、そういえばアールスもよくフェアチャイルドさんにくっついてたな。

 彼女は抱き着いたまま離れようとしない。いつものを望んでいるんだろう。僕は上半身を起こしてから彼女の背中をトントンと優しく叩き始める。


「どうだった? 上手くいった?」

「はい。フィアさんが居てくれたから何の問題もなく予定通りに行けました」


 ローランズさんの呼び方が愛称になっている。仲が深まったんだ。良かったねフェアチャイルドさん。


「ローランズさんの事愛称で呼ぶようになったんだね」

「……はい。二日目の夜に、お互いに愛称で呼ぼうって」

「へぇ、フェアチャイルドさんはなんて呼ばれてるの?」

「レナって呼ばれています」

「かわいいね。他にはどんな事があったの?」

「他には……」


 楽しそうに話すフェアチャイルドさんの姿に昔の自分を思い出した。お母さんに抱き着いてその日あった事を話していた自分。

 あの時の僕の姿は今のフェアチャイルドさんと似ているのだろうか。


 都市外授業の話を聞き終わると、今度はフェアチャイルドさんが僕の方の話を聞きたがった。離れずに。

 語ると言っても本当にあんまり語る事はなかった。去年との差異ぐらいだろう。ああ、でも皆は僕の料理を美味いと言ってくれたな。あんまり自信がなかったからあれは嬉しかった。

 前世でも僕は一応料理は作れた。僕が正気に戻ってからは兄さんと交代で作っていたからね。今世では使える調味料と素材が違うから前世のようにはいかない。一応調理実習で習うけれど練習するのは難しい。

 寮の厨房は空いている時間に借りないといけないから、補講やら特訓やら仕事やらで忙しい僕には練習する時間がなかった。都市外授業の時教えてくれたベルナデットさんに感謝だ。


「ああ、そうだ。明日僕カイル君と劇を見に行くんだ。ほら、フェアチャイルドさんと一緒に見に行ったあれ」

「……バーンズさんとですか?」


 あれ? フェアチャイルドさんってカイル君の事は名前で呼んでるはずなのに、なんで名字?

 フェアチャイルドさんは僕から離れて向かい合うように自分の使っているベッドに腰かけた。


「う、うん。昨日誘われたんだ。券が二枚手に入ったからって」

「そうですか……私もまた、ナギさんと一緒に見に行きたいです」

「でも券高いんだよねぇ。フェアチャイルドさん買える?」


 券は一枚銀貨一枚だ。買えない値段ではないけれど二度目を見に行くとなると学校の依頼で稼いでいる子供でも少々戸惑う値段だ。


「……大丈夫です。買えます」

「じゃあ来週末辺り一緒に行こうか?」

「はい!」


 僕は三回見に行く事になるのか。まぁそれだけの価値はあると思うからいいけどね。




 翌日、お昼ご飯を食べた後僕は真っ直ぐに噴水の北側まで向かう。

 服装はいつも通りだ。ごく普通の友達と遊びに行く恰好。

 カイル君はすでに噴水の前にやって来ていた。気のせいかいつもよりも小奇麗になっている気がする。


「カイル君早いね」

「今来たところだよ」


 この台詞こっちの世界でもあるんだよねぇ。世界は違っても人類共通のお約束なのだろうか。


「今日はありがとうね。前にフェアチャイルドさんと一緒に見たんだけど、面白かったからもう一度見たいと思ってたんだ」

「えっ、あっ……も、もう見たのか」

「うん。ヒロイン役の女優さんが綺麗でさ、カイル君もきっと好きになっちゃうよ」

「そ、そっか。楽しみだな」


 劇をやる劇場は南の大通りに面した繁華街にある。普段はパーティーや展覧会、講演みたいな催し物に使われる建物を借り切っているみたいだ。

 建物の前はさすがに人が多くカイル君を見失うと中に入るまで会えそうにない。

 はぐれない様に気を付けないと。


「すごい人だね」

「だな」

「じゃあ行こっか」


 そう言うとカイル君が手を繋いできた。きっとはぐれない様にだろう。僕はカイル君の手を握り返して歩き出した。




 一度見た劇は僕にとって少し退屈なものだった。僕が見た時とは所々違う部分があったけれど所詮はアドリブの範疇。大きく物語が変わる事はない。

 けれど楽しめなかったわけでもない。主人公アークが魅せる魔物相手の殺陣は前世で見たテレビの物よりも迫力があった。

 ヒロインであるイーダ役の女性も綺麗な銀の髪を靡かせて行う演技は眼福ものだ。


「ね? ね? 綺麗でしょ? あの人の髪」

「そ、そうだな」


 まだ上演中だけど僕はついつい隣に座っているカイル君に話しかけてしまう。

 でも仕方ないじゃないか。本当に綺麗な髪なんだ。この世界では髪に天使の輪が出来ている人は滅多にいない。ケア商品が一般人では手に入らないほど高価なんだ。お陰で比較的綺麗な髪であるフェアチャイルドさんにだって天使の輪は出来てない。

 ああ、触ってみたいな。きっと艶艶なんだろうな。


「ナギはああいう髪がいいのか?」

「うん」

「……お、男の髪はどういうのがいいんだ?」

「え? 男の人の髪なんて興味ないけど」

「えっ」


 立派な髭があるならともかく同性の髪なんて触っても楽しくもなんともないじゃないか。……あっ、今は同性じゃないか。


「あっ、それよりほらほら、イーダ役の人以外にもいい人いるんだよ」


 さすが役者というべきなのか、役者さん達は皆髪を綺麗にしている。ケアの仕方を教えてほしいな。そして、フェアチャイルドさんに……フェアチャイルドさんもちゃんとケアすれば綺麗な天使の輪ができると思うんだよな。髪質も柔らかいから触り心地ももっと良くなるはずだ。


「カイル君はどの役の人が好き? 僕はイーダ役の人だけど」


 輝いている銀髪っていいよね。前世ではついにこの目で見る事は出来なかった髪だ。まぁそれ言ったら緑とか青とかはカツラや染めないと見れない色だったんだけど。

 いろいろな髪の色に出会えるのはこの世界に生まれてよかったことの一つだよ。


「お、俺は……ごめんよくわかんない」

「そう? まぁいいや」


 カイル君にはまだ天使の輪のできる髪の良さがわからないか。まぁまだ若いし仕方ないよね。

 劇が終わり僕達は周りの人が少なくなるのを待ってから学校が休みの日の予約券を二人分買い建物を出た。

 建物の外にはまだ人が大勢いる。次の上演待ちの人達だろう。僕はカイル君の手を取りさっさと噴水の所まで戻った。


「面白かったね」

「う、うん……二回目でも退屈じゃなかったか?」

「大丈夫。やっぱ主人公と魔物との最後の戦いの場面はよかったなー」

「あっ、俺もそう思った! かっこよかったよな!」

「うん。迫力が違ったよね。やっぱり冒険者とか兵士に実際に戦っている所を見せて貰ったのかな」

「俺もあんなかっこいい騎士様になる!」

「なれるといいねぇ」

「ナギは冒険者になるんだよな」

「うん。その予定」


 僕の旅の目的は男の身体になる事。錬金術を専攻したのはその為だ。

 けれども学んでいく内に分かった事がある。錬金術で男になる方法なんてないんだ。

 僕は魔法があるのだから男になる方法もあるだろうと気楽に考えていた。そう、ゲーム感覚だったんだ。もしかすると女の子の身体に生まれた事への現実逃避かもしれない。

 まぁ神聖魔法で一時的に男になれるらしいんだけれど、それもいつになる事やら。それに、ピュアルミナを授かった時のように大きな責任を負う事になるかもしれない。そう考えると少しだけ、ためらいを覚えてしまう。

 正直錬金術で男になれなさそうだと分かってから完全に男になれるような不思議な薬とか魔法については諦めている。けれど、たとえ男になる方法がなくても僕はフソウには行ってみたいと思う。

 フェアチャイルドさんとの約束もあるけど……僕はフソウを見てみたい。

 本で読む限りだとフソウの国のお城は大樹の中にあるらしく、そんな大きな木なら一度は見てみたいし、文化的にも本から読み取るに日本に近い文明らしいから一度は行ってみてもいいだろう。

 さらにフソウの東の国々には魔力(マナ)を持たない人々が住んでいる国があり、独自の文化を作り上げているんだとか。遠すぎて情報があまりないから分からないけれど、機械とかがあるかもしれない。

 北には髪の色が薄く肌が白く赤い目をした人々が住んでおり、僕はそこがフェアチャイルドさんのルーツに関係しているんじゃないかと睨んでいる。フェアチャイルドさんと一緒にその国を見て回るというのも悪くない気がする。もっとも、そこまで付き合ってくれるかはわからないけれど。

 それと……少し気になる事がある為僕は冒険者になるだろう。


「そっか……」


 カイル君は寂しそうな、もしくは何かを諦めたかのような表情を浮かべた。


「浮かない顔してどうしたの?」

「……なんでもない。それより何か食わないか?」

「うん。いいよ。何食べようか」

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