初めての依頼
一年生に張り出される依頼の内容は本当に簡単な物だった。
届け物だったり重い物を運んだり、店へお使いに行ったりとだ。どれも一人でできそうだったけれど、重い物を運ぶのは複数人用の依頼らしく報酬が銅貨一人に付き二枚と他の依頼とは支払い方が違う。
「なー、こっちも銅貨二枚って書いてあるぞ」
男の子の片割れ、バーンズ君が指さしている依頼書にはお使い報酬銅貨二枚と書いてある。
「いや、それだと全員で二枚しかもらえない。それじゃあ分けられないでしょ?こっちの依頼なら全員に銅貨二枚貰えるんだ」
「お、おう。なるほどな」
「僕あんまり重い物持てないよ……」
もう一人の男の子フォールド君は自信なさげに俯いた。確かにあんまり重い物だとフェアチャイルドさんも持てないかもしれない。
「う~ん。とりあえず僕が何運ぶのか聞いてくるよ。あまりにも重そうだったら別の依頼にしよう。問題なさそうだったら受ける方向で」
「なっさけねぇなお前。男だろ」
「だ、だって……」
「こらこらやめなさい。人には向き不向きがあるんだから」
「んだよ偉そうに」
「じゃあ聞いてくるから」
アールスに後は頼むと目で伝え受付へ行く。
受付で依頼の内容を確認し問題がなさそうだったため受ける事にした。
みんなの元へ戻るとアールスとバーンズ君がたがいにそっぽを向いている。
よく見るとアールスの頬が膨れている。
「フェアチャイルドさん。何があったの?」
「あの……バーンズ君がナギさんの事、生意気だって言って……」
「喧嘩になった?」
「はい……手は出ていませんけど……」
「はぁ……取り敢えず二人共、依頼受けてきたから仕事しに行こう。来なかったら報酬ないからね」
報酬がないと言うとバーンズ君は渋々と言う感じで分かったと言った。
今回の依頼は受付から包帯を受け取り保健室に届けるものだった。たったこれだけの仕事で銅貨二枚とは美味しすぎる。たとえ数が多くても一つ一つは軽いからフェアチャイルドさんやフォールド君でも楽に運べるし、力に自信のある僕なら一気に持っていけるだろう。
「ではそこに置いてある包帯を持って行ってください」
受付の横にある箱が包帯の入っている箱だ。箱は十箱あり、中には三十個入っているようだ。
「フェアチャイルドさん持てる?」
僕の問いにフェアチャイルドさんは箱を持つがその腕はプルプルと震えている。
「じゃあフェアチャイルドさんとフォールド君は二人で一つの箱を頼める?」
「……はい」
「いいよ」
二人は協力して箱を持ち上げる。ちょっと重そうだけれど……まぁ大丈夫だろう。
「じゃあ後は一人で持っていけるよね?」
「……レナスちゃんには男の子に協力させてあげたのに私にはないんだ」
「アールスはこれくらい持てるよね」
僕が知らないとでも思っているのだろうか? アールスは村の農作業の手伝いをしているから結構力持ちなんだ。
「ちぇー」
アールスは軽々と箱を持ち上げる。
「ふん。俺は二個同時に持てるぜ!」
「へぇー。すごいねー」
僕は普通に一箱にしておこう。
三往復で依頼は達成された。
保健室の先生から依頼書にサインをもらう。これを受付に持っていけば報酬が貰える。
「でもよーこれ不公平じゃね?」
報酬を受け取った後バーンズ君が突然そんな事を言い出した。
「何が?」
フォールド君が聞く。
「だってよ、俺三箱運んだのにお前ら二人で二箱じゃん。俺の方が働いてるのにもらえる銅貨が一緒なんて不公平だよ」
バーンズ君の言い分にフェアチャイルドさんとバーンズ君の顔が暗くなる。
「そ、それいったら私だって二箱しか持っていけなかったよ」
「でもお前は一人でやってたじゃん。ただ最後の一個を俺が持って行ったからお前は二つになっただけでさ。こいつら二人で二個だぜ?どっちの方がすごいかなんて……」
僕は片手をあげ彼の言葉を遮った。
「君の言いたい事は分かった。けれど今回の仕事は報酬は一人銅貨二枚。これは絶対だ。これに不満があるなら依頼を受ける前に言えばよかったんだ。たとえば箱を持っていた数だけ銅貨を貰えるとかね」
「……お前が勝手に進めたんじゃん」
「……たしかにそうだね。そこは謝ろう。次依頼を受ける時は全員で依頼内容を聞いてから考えよう」
「……ふん。お前は今回の報酬不公平だと思わないのかよ」
「全く思わないよ」
「なんでさ」
「だって一人何個運ぶかなんて決めていなかったから。僕が三個運んだのは仕事を早く終わらせたかっただけだ。そういう意味じゃフェアチャイルドさん達はしっかりと仕事をしてくれたよ」
「……」
「これで納得してくれたかな?」
「わかったよ……」
「よかった。二人もごめんね。僕が相談もなしに進めて不愉快な思いさせて」
「い、いいんです……私は別に……」
「そうだよ。つ、次は僕だって頑張るからさ」
「そう言ってくれて助かるよ」
「……じゃあもう一回やろうぜ」
「え?」
「今度はさ、そいつらが得意そうな依頼やってみようぜ」
「バーンズ君。僕はいいけど他のみんなは?」
「私はいいよ~」
「僕も問題ありません」
「うん……大丈夫」
「じゃあ」
くぅ~
バーンズ君の方から可愛らしい音が聞こえて来た。
「お、俺じゃないぞ!」
「……お昼食べてからにしようか」
寮生の僕達には簡単なお弁当を朝貰う事ができる。
「僕達はお弁当があるけど二人はどうするの?」
「俺はいったん家に帰る」
「僕も」
「じゃあご飯食べ終わったら掲示板前に集合だね」
バーンズ達と分かれた僕達はお弁当を食べる場所を求め彷徨う事にした。
こういう時のお約束と言えば中庭や屋上だけど、屋上なんてないしそもそも外は寒いから却下だ。ってそうなると教室しか残ってないじゃないか。彷徨う時間すらなかった。
結局僕達の教室で食べる事にした。今日のお弁当は大きなパン一つ、分厚いベーコン一切れ、リンゴみたいな果物一個だ。
「この赤いの何かなぁ」
「これはアップル、です」
「アップル?」
英語だけど本当にリンゴだったんだ。これも僕の世界と同じ名前か。他にもキャベツにレタス、トマト等が同じ名前だ。どこの世界も同じような発想なのかそれとも転生者が名付け親なのかな。それか勝手に翻訳されているかだな。
「甘酸っぱくて……とっても美味しいんです……」
「ふぅ~ん」
フェアチャイルドさんはうっとりとした表情でリンゴを見ている。好きなのかもしれない。
「ふわ!本当においしぃ~」
アールスもお気に召したようだ。
僕も一齧りしてみる。僕の知っているリンゴよりも甘味がなく酸っぱい。けど久しぶりのリンゴの味だ。
「ナギさんは……どうですか……?」
「うん。美味しいと思うよ」
そう答えるとフェアチャイルドさんは嬉しそうに微笑んでくれた。
「こんな美味しい野菜初めて!」
「アールス……」
これは果物だよと教えようと思ったがよく考えたら今世では僕はまだ果物を食べた事がない事を思い出した。果物を食べた事ないのに果物という言葉を知っていても可笑しいし、果物という単語も知らないんだ。
僕の話す日本語は不思議な力で翻訳されるけれど、その場合口の動きと発音が合わないのだ。目ざとい人なら僕がこの世界……少なくとも国の言葉をしゃべってない事に気づいてしまうだろう。だから僕はなるべく故郷のリュート村で習った言葉で喋っている。
「の言うとおりだよ。アップルだっけ? また食べたいな」
「……これはお野菜じゃありません」
「え? 違うの?」
「果実っていうんです……」
「果実?」
「えと……木にできる、実の事です……」
「???」
「ああ、野菜で言うと実はトマトの事かな?」
「あ……たぶんそう……です」
「あー」
さり気ない助け船でアールスは理解できたようだ。
さて、話をしているうちに食べ終わったけれど、正直物足りない。
アールスは満腹になったようで満足顔になっている。
フェアチャイルドさんは食が細いからかベーコンとパンを残している。……いや、さすがに女の子の残し物を貰うなんて男として、男として!
ぐぅ~
ああ無情なり。何故鳴ってしまうのかこのお腹は。
「あ、あの……残り物でよかったら、食べますか……?」
「い、いや。そんな訳にはいかないよ」
「でももう食べられないし……残すのも……」
「そうだよね。残すのはもったいないよね。ナギ、食べれば?」
「……わかった。いただきます」
まぁ女の子って言っても六歳児。意識する必要なんてないし、一応今は同性だしあんまり拒否しても不自然か。