最終回 僕はこの世界で君と共に生きたい
レナスさんがいた場所は家から少し離れた崖の手前で、崖の方を見て立っていたいた。
レナスさんの向こう側にはいつもよりも少し大きく見える満月が輝いている。
月を見ているのだろうか。
「レナスさん」
近づきながら声を掛けるとレナスさんの肩がピクリと動いた後僕の方に振り返った。
「ナギさん?」
振り向いたレナスさんの顔が半分月明かりに照らされている。
ああ、やっぱりレナスさんに月はよく似合うな。とてもきれいだ。
「こんな所で一人でどうしたの?」
「ご心配かけさせてしまってすみません。少し考え事をしていました」
「考え事?」
レナスさんもか。
レナスさんはしっかりと僕の方へ向き直したので顔が陰で見えにくくなってしまった。
「はい。これまでの事と、これからの事を考えていました」
「そっか。お邪魔だった?」
「いえ、そんな事無いですよ。ただ思い出していただけですから。」
「悩み事があったわけじゃないんだ?」
「はい。……実はヴェレスに住まないかと誘われはしました」
「その様子じゃ断ったの?」
「すぐに断るのは失礼かと思いここまでやって来て時間稼ぎしていました」
「それでここに一人でいたのか……サラサ達がいないのは珍しいね?」
「話を聞いて一人になりたい気分になったので」
「感傷的になっちゃったんだね」
「はい。考える事もなくお断りしか選択しない自分に少し自己嫌悪してしまいました」
「そ、そうなんだ」
「私はきっと薄情なんでしょうね。アロエさん達にお父さんとお母さんの話を聞いても好奇心以上の感情は湧きませんでした」
「話を聞いたら悲しむと思ってた?」
「はい。泣く事はないだろうとは思っていましたが全く悲しみが湧いてきませんでした。それが少し悲しいですね」
「でもご両親の話聞けてうれしかったんでしょ?」
「それはもちろん。私の両親がどんな人なのか分かったのは楽しかったです」
「それならきっとその方がご両親も喜ぶと思うよ。少なくとも僕だったら自分の事を知って悲しまれるよりも楽しんでくれた方が良いからさ」
「それなら良いのですが……」
いったい今レナスさんはどんな表情をしているだろう。
僕はレナスさんにさらに近づき、月が正面になるようレナスさんの隣に立った。
「今日は月がいつもよりも大きく見えると思わない?」
「思っていました。山の上だからでしょうか」
「きれいだよね」
「はい。昔ナギさんと一緒に……二人で月を見た時の事を思い出していました」
「初めての都市外授業の時の事だね」
「はい。今思うと今の私はあの時から始まっているんです」
「旅の約束をして本格的に動こうって思ったのはあの時だったね」
「それだけではないです」
「他にも何か変わった事があった?」
「……その前に少し話を戻しましょう」
「うん?」
「昔の事を考えていた事と、これからの事です」
「……聞かせて」
「アーク王国に帰ったら私は何をするだろうと考えてみたんです。考古学者になる。たしかになれたらいいなと思いました。
けどそれはあくまでもいいなという願望で私がしたい事とはっきりと言うには少し弱い事に気が付きました」
「何か他にしたい事に気づいた?」
「はい。……いえ、昔から自覚はしていました。でもそれは私の我儘ではないかと思っていました。相手の迷惑になってしまうのかと思っていました。
でも月を見ながら昔の事を思い出していたらそれが私の本当の願望だとはっきりと理解してしまったんです。
今は話せませんが、アーク王国に帰ったら聞いてくれますか?」
「もちろん。でも今じゃ駄目なの?」
レナスさんの顔を見上げてみると何か決心をしているかのような強い表情をしていた。本当にきれいだ。
「……駄目です。今は諸事情があって」
「それなら仕方ないね。その時を待ってるよ」
「ありがとうございます」
「まだここにいる?」
「はい。もう少し月を見ていようと思います」
「僕もここに居ていい?」
「もちろんです」
「ありがとう」
改めて月を見る。
「昔二人で見た月の話に出たけど月を見るとようやくここまで来たなって思うよ」
「そうですね。あの時の約束を本当に果たせるなんて夢みたいです」
「そうなの? 僕は絶対に果たすって思ってたから達成感の方が強いよ」
「ナギさんはそういう所心がお強いですよね」
「約束は守らないといけないからね」
「……たとえば、この旅が私ではない他の人との約束だったとしてもですか?」
「そうだね。相手が諦めない限りは僕は約束は守るつもりだよ」
「それはどうしてですか? 正直子供の頃の約束なんてそんなに当てにならないと思いますが」
「そうだとしても自分から破るのは違うと思うからね。何より男として一度交わした約束は果たさなくちゃね」
「そういうものなのですか?」
「そうだよ。まぁ絶対に守れてるかって言ったらそんな事は無いんだけど……」
約束を忘れるという事はないが見通しが甘くて約束を果たせない事は多々ある。
だけど、レナスさんとの約束だけは男としてどうしても守りたいというのはある。好きな子との約束を破るなんて男ではないだろう。
「じゃあナギさんは男だからここまで来たという事ですか?」
「その通りだよ。男としてレナスさんとした約束は絶対に守らなきゃね」
「……え」
「ん?」
なんだろう。今とんでもない言葉が僕の言葉に乗っかって出てきたような。
「えと……今好きな子と言いました……か?」
「……」
自動翻訳、貴様裏切ったのか!?
「……」
言ってないというのは簡単だ。簡単なはずなのに口から出てこない。
油断していたのか? 気持ちが緩んでいたのか? なんでよりによってその言葉が翻訳されるんだ!
見れない。レナスさんの顔が見れないよ!
「ぼ、僕はレナスさんって言ったんだよ」
「ナギさんの固有能力には翻訳機能があってつまりその……」
自動翻訳には本心を暴く力はない。あくまでも言葉を発した本人の伝えたい言葉を正しく翻訳するだけの能力だ。
たとえばどんなに活舌が悪くても本人にきちんと伝える意思があるのならきちんと伝えたい言葉に翻訳される。
逆に寝起きとかでふにゃふにゃになって思考が定まっていない時は伝える意思も曖昧なので翻訳結果も曖昧になってしまう。
アイネがいい例で活舌が悪いが僕にはきちんとアイネの言葉が翻訳されて聞こえているのだ。
しかし、自動翻訳には少し欠点がある。それはレナスさんのシスター呼びがお母さんに変わった時のように、同じ言葉でも相手と僕の言葉の認識に齟齬が在る時は僕の認識の方が優先されるので正しく翻訳されない事があるのだ。
ただその欠点も仕様上仕方ない。例えるなら辞書だ。
僕とレナスさんをそれぞれ辞書として見た時同じ言葉でも載っている意味が違うなんて事はよくある。
レナスさんの辞書にはシスターの項目にお母さんという意味も追加されているんだ。
そして、自動翻訳はあくまでも僕の辞書を元に翻訳されているので認識の齟齬が出てもおかしくないのだ。
むしろちゃんと修正される方がすごいと言っていいだろう。
まぁ何が言いたいかって言うと、今回の翻訳ミスは僕の辞書のレナスさんの項目の所に好きな人という文字が書き加えてしまっていたという事だ。
だがそれでも普通ならこんな翻訳ミスは起きない。直前に考えていた事が気が緩んでいた所為で出てしまったんだろう。
「ナギさんは……私の事を……」
ああ、今レナスさんはどんな顔をしているだろう。怖くて見れない。何を言えばいいんだ。
……いや、ここで黙っていたら駄目だ。
覚悟を決めよう。レナスさんの顔をしっかり見て答えなくちゃ。
顔を上げレナスさんの顔を見る……と、レナスさんの口元が震えていた。顔色はさすがに月明かりくらいでは分からない。
「……好きだよ」
嫌がっている様子じゃない。いいのか? 僕で。
視線を合わせたままにするとレナスさんは僕の視線から逃げるように顔を俯かせた。
「も、もう一度……言ってください」
「僕はレナスさんの事が好きだ。愛してる」
「あ!? あい!?」
伝わった以上は仕方ない。一度伝わってしまったこの気持ちを嘘だと言ってなかった事には僕には出来ない。したくない。
「……本当はこの気持ちは一生隠したままにするつもりだった」
「え」
「僕は魂は男でも身体は女だからね。普通はこんな人間から想いを同じ女の子に伝えても迷惑にしかならないと思っているんだ」
「そんな事……」
「レナスさんは……僕みたいな中身男身体女の人間を異性として愛せる?」
「……正直に言うと、私はナギさん以外を好きになった事が無いので分かりません」
好きって言った今?
「アールスさんももちろん好きですがあくまでも友達としてです。生涯の人として愛したいと思ったのはナギさんだけです」
「……」
「なので男がいいとか女がいいとか分からないんです。ただただナギさんの事が好きなだけです。私はナギさんが良いんです。ナギさんが好きなんです」
「……ありがとう」
レナスさんの言葉が胸に沁みこんできて、さらに嬉しいという気持ちが広がって来る。
レナスさんがようやく顔を上げて僕と目を合わせてくれる。
「私はアーク王国に戻ったらこの気持ちを伝えようと思っていました」
「それってさっきの?」
「そうです。なのにナギさんがいきなり告白してくるんですから驚きました」
「そ、それはごめん」
「ナギさんはこの旅に真剣に取り組んでいました。もしも私の気持ちを伝えてしまってこの旅が台無しになったらいけないと思っていたんです」
「うっ……その気づかいを無駄にしてごめんなさい」
「もういいです。私は……ナギさんの気持ちを聞けたことが嬉しいですから」
「う、うん。僕もレナスさんが受け入れてくれて嬉しいよ。でもいつから?」
「私にだけ言わせるつもりですか?」
「そんな事無いよ。じゃあ僕から言おうか?」
「……お願いします。私も知りたいです」
「僕がレナスさんの事を意識しだしたのは都市外授業で初めての狩りの時に行った時にナビィを殺した時かな。
あの時僕は命を奪う事をとても恐れていたんだ。命の重さに耐えられないと思ってた。
襲われそうになった僕をレナスさんが助けてくれたおかげで命を奪う事に少しだけ耐えられた。
でも僕が本当に助けられたのはその後なんだ。レナスさんが僕の手は救うための物と言って慰めてくれて、そんな僕が好きだと言ってくれたから僕は救われたんだ」
正直今でも僕は自分をそんな高尚な存在だとは思っていない。
というかレナスさんの言葉通りに生きていたら僕は今ここにはいないだろう
約束をしていたという事もあるけれど、僕はレナスさんの言葉よりもレナスさんと一緒にいる方を取ってしまったんだ。
「結局その言葉を裏切るような生き方をしてるけど」
「こ、子供の言う事を真に受けないでください」
「幻滅していない?」
「してません。ナギさんは私を救ってくださったじゃないですか。それに魔獣達も助けようとしています。裏切るような生き方をしているとは思いません」
「言葉通りにしてたら多分旅には出てないよ?」
「それでしたら余計に結構ではないですか。私の言葉で人を救うだけの人生を送らせてしまう方が嫌ですよ」
「んふふ。確かにそうだね。レナスさんの方は?」
「私は……やはり二人で月を見たあの日からです」
「あの日か。さっき言ってた他に変わった事があるって言うのは」
「はい。恐らく私はあの日から変わりました。恋心まで行っていたかは分かりません……けど、あの月の夜から確かに私は変わったんです。
そして、それはナギさんに救っていただいた時に愛に変わったんだと思います」
「……」
あの時のレナスさんは愛と言うよりも僕に依存しかかってたように思うけど。
病気が治ってからのレナスさんは危うい雰囲気を出していたんだよな。
今ではすっかりそんな雰囲気はなくなって落ち着いたように見えるけど……いや、全ては僕の思い込みだったのかも知れないな。
僕が自分の気持ちを隠す為にきちんとレナスさんの事を見れていなかったのかもしれない。
「昔から両思いだったなんて、僕達は遠回りしたのかもしれないね」
「でもその遠回りは無駄ではありませんでした。だってこんなにも楽しい旅が出来たのですから」
「そうだね、本当にそうだ。……レナスさん」
姿勢を正ししっかりとレナスさんの赤い瞳を見つめる。
「はい」
「僕は元々この世界の住人じゃない。シエル様に連れられてこの世界にやって来て君と出会う事が出来た。
そして、死ぬ運命だった君を僕はシエル様の力を借りて助ける事が出来た。
でもその力を借りるまでの道筋には君が絶対に必要だった。君がいたから僕は頑張れて君が死ぬ前までにギリギリ間に合ったんだ。
だから僕がいて君がいる今この時は奇跡そのものだ。お互いがいなかったらこの九年間の旅は無かったんだ。
君と出会えて本当によかった。嬉しかった。楽しかった。そして……幸せだった。
違う世界から来た僕だけれど……僕はこの世界で君と共に生きたい」
手を差し出すとレナスさんは両手で差し出した手を包み込んだ。
「共に生きましょう」
きっと今日の月を僕は忘れないだろう。
唐突に思われるかもしれませんが今回で最終回です。
本来は前話で最終回を告知するするべきだったのかもしれませんが、今話と後日談どちらを最終回にするか迷っていたので前話では告知しませんでした。
なので後一話後日談を投稿したら完結となります。




