ヴェレス観光
ヴェレスにやってきて三日が経った。
レナスさんの親戚への挨拶も前日に終わり、ミサさんの案内で街中を案内してもらう事になった。
人の出入りが少ないからか意外な事に娯楽が多い。
特に多いのは本や詩などの書き物の種類で、雪に閉ざされても家で楽しめる娯楽として素人から玄人まで幅広く執筆しているらしい。
他にも演劇に音楽、美術などの芸術活動も盛んなようだ。
ミサさんに最初に案内されたのは美術館だった。
美術館は歴史博物館も兼ねているようで、歴々の芸術品が歴史の解説と一緒に展示されていた。
こういう所にレナスさんは弱い。
レナスさんは芸術にはあまり興味を示さない。きれいに飾るよりも合理性を求める合理主義な所があるのだ。
しかし、芸術史の話となると途端に饒舌になるのがレナスさんだ。
展示されている作品よりも、作品の説明文を見ている時間の方が長いのだ。
そんなレナスさんを微笑ましく眺めながら僕の方は芸術作品を楽しんだ。
ヴェレスの芸術は絵よりも木像や石像の方が盛んなようだ。
きっと木や石の方が手に入れやすいからだろう。
数少ない絵も全体的に薄暗く不気味で何を描いているのか理解しにくい抽象画が多い。
抽象画の説明文からすると雪に閉じ込められている間に描かれている物ばかりだ。……この国の人の闇を見てしまったような気がする。
木像や石像は動物を模った物が多く、実在の動物から想像上の動物まではば広く存在していた。
動物が多い理由はミサさんが教えてくれた。
雪に閉じ込められている間手慰みとして動物を模った像を彫っている人が多いのだとか。
美術館の次は王城を見に行った。
王城は街の中心に在り、その姿は街のどこからでも眺める事が出来る。
ヴェレスの王城は周囲を四角く黒い石の塀で囲われており、三角帽子の塔が四隅に一本ずつ立っている。そして、真ん中には玉ねぎ頭の大きな黒い宮殿が建っていた。
全体的に黒いのはこの辺で取れる一番頑丈な石を使っているかららしい。
頑丈なだけあって加工も難しいので一般の家には使われないようだ。
お城の中は一般公開されていて謁見の間の手前の大広間まで自由に入れるようになっていた。
謁見の間には事前に予約を入れておかないといけないが、予約さえしていればやはり誰でも入れるらしい。
警備が緩い気がするが多分自国民しかこの国にいないから危機感が薄いのかもしれない。
内装は華やかだが豪華というよりは子供が好きそうな可愛らしい内装だ。これについてはどうやら精霊の趣味が反映されているようだ。
お城を見学した後はお城の近くにある庶民向けではあるがちょっとお高い食事処に入った。
ヴェレスはミサさんが教えてくれた通りアーク王国に近い味の濃さだが全体的に甘い味がする。
調味料の種類が少なく味を付けるために肉や煮込み料理でも甘味料を使うので甘くなるようだ。
しかし、お高い食事処では少し事情が違うようだった。
出された料理の味は甘さは控えめになってより深い味わいのあるとてもおいしい料理に変貌していた。
美味しい料理に満足した後は街中をぶらりと散歩する事になった。
食事処に入って気づいた事だが、どうやら街中にある家の壁の厚みはミサさんの実家程の厚みは無いようだ。
がっしりとした重厚な作りなのには違いは無いのだが、平地である分雪崩に見舞われる恐れもないので壁を厚くする必要が無いそうだ。
都市を回りあちこちでアロエとエクレアからレナスさんのご両親の話を聞かせてくれる。
良く通っていた教会や図書館。食事処に雑貨屋、服屋。
公園で二人がよく語り合っていた事まで教えてくれた。
小さい頃に迷子になって泣いてしまった事や転んで怪我をしてしまった事なんかも語ってくれた。
そんなご両親の話をレナスさんは興味深そうに街並みを観察しながら聞いていた。
レナスさんの様子はまるでご両親の歴史を聞く事が純粋に楽しいようだった。
夜、ミサさんの実家に戻った僕達は夕飯をごちそうになった後各々自由な時間を過ごすことになる。
僕は外に出て魔獣達のお世話だ。旅の汚れは昨日がっつり落としたので軽く毛づくろいするだけでいい。今日は僕が独占させてもらうのだ。
外に出るとまん丸の月が空に出ていた。
山だからかいつもよりもはっきりくっきりときれいに見える。
魔獣達は僕達が出かけていた間はミサさんの親戚の子供達の相手をしてくれていたようで毛並みが乱れてしまっていた。
子供達は皆大きい。一番年下の子でも僕と同じくらいの背がある。
ヴェレス人は身体が大きくなるのも早いらしく、成長の早い子は僕と同じくらいの身長の子が学校の低学年でも珍しくないそうだ。
けどレナスさんはそんなに成長が早くなかったと思う。たしか高学年くらいまでは僕と同じくらいの身長だっただろうか。
ナスとアースに意見を聞いてみると僕の方がちょっと小さかったと返って来た。
はたして本当にそうだっただろうか? 僕の方が大きかった気がするのだが。
まぁいいか。
レナスさんの成長が遅いのも身体が弱かったのが原因かもしれない。
昔は本当に虚弱だったからな。学校に行くのにも苦労していたっけ。
だけど僕達と遊んでいる内に徐々に体力がついて来ていたようだった。
最初に会った時は本当に可愛らしくて妖精かと思ったんだっけ。
肌と髪の白さもそうだけれど儚さがレナスさんの存在を浮世離れさせていた。今思うとあの頃のレナスさんは生きる事を諦めていたからそんな風に見えたのだろう。
今では笑顔も増えて逞しく育って可愛いというよりはきれいに育った。
「ぴー……ナギ、様子おかしいけどどうしたの?」
「ん? ああ、あはは。ちょっと考え事していたんだよ」
いかんいかん。ナスの毛づくろいがおろそかになってしまっていた。
「考え事?」
「うん。昔のレナスさんの事を思い出していたんだ」
「さっきもレナスの事聞いてたね」
「街を回ってる時アロエとエクレアからレナスさんのご両親の昔話をたくさん聞いてね。それで僕も昔のレナスさんの事を思い出してたんだ」
「昔のレナス……最初ボクの事怖がってた」
「そうだったねぇ」
「ぼふ。私には物怖じせず接してたと思うけど」
「いやぁ。そんな事なかったと思うよ? まぁナスのお陰で慣れてたのかもしれないけど」
「きゅー……昔から硬かった」
「それ本人の前で言っちゃ駄目だからね」
「ききー……おいらレナス苦手。レナス怒りっぽい」
「それはつまみ食いとか悪戯するからだよ」
「くー。わっちはレナス好き。毛づくろいが上手やの」
「んふふ。それはよかった」
ナスの毛づくろいを終えてゲイルの毛づくろいをしようと手を伸ばした所でレナスさんが家から出てきたのをマナで感じた。
僕の方に向かってくる様子じゃないから魔獣達のお世話を優先させよう。
そして、皆のお世話が全て終わった後念の為に確認してみるとまだレナスさんが外にいた。
一体何をしているのだろうか? マナの感じからして珍しい事に精霊達もいない。もしかしたら一人になりたいのかもしれないが……。
レナスさんがいる所へ直に確認しに行く事にした。




