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昔から変わってない

 市場を後にして一日。僕達はヴェレスのある山脈の麓へやって来た。

 ヴェレスの人達が住んでいる場所はヴェレスという国と同じ名の都市で纏まっており、他に村も街もないらしい。ヴェレスは都市国家というのが正しいのかもしれないな

 ただ山の中にあるという事もあり住める場所は限られているので居住地が散らばり都市の広さがかなりの物になっている様だ。


 山脈の麓には宿場町があった。

 ひとまず山を登るのは翌日にして今夜は宿を取ることにした。メランゾでは野宿ばかりだったので久しぶりの宿だ。


 そして翌日、僕達は久方ぶりの登山に挑む。

 ヴェレスがある山脈はアトラ山脈に連なるものだが、こちらではルシオラ山脈という名前で呼ばれているようだ。

 一番高い所は僕達がグライオンで登ったグラード山よりも標高の高いが、都市があるのは半分にも満たない山間にあるとミサさんは教えてくれた。

 

 都市までは宿からだと二時間ほどで着けるらしい。

 さらに道は精霊達の力できちんと整備されているので道程で苦労する事は無い様だ。

 そんな山道に足を踏み入れた所で先頭のアースの横に立って歩いている僕の右隣にレナスさんがやって来た。

 緊張した面持ちをしつつ僕と視線が合った時何かを求めるような眼をしているように思えた。

 そしてよくよく観察してみるとレナスさんの左手がせわしなく動いている。

 これはあれだ、手を繋ぎたいんだろうな。

 籠手を脱いで手の匂いを嗅いでみるとちょっと臭い。身に付けてからそんなに時間が経っていないからちょっと臭いですんでいるのだろう。

 籠手を紐でくくり背中の荷物袋にひっかけ吊るし、手を魔法で生み出した水で洗い水分を取ってからレナスさんの手を握ってみる。


「……ナギさんはいつも私がして欲しい事を察してくれますね」

「緊張してる?」

「はい……これから両親の家族に会うと思うと……」

「初めて会うんだもんね。仕方ないよ」


 両親の家族……か。自分の親族でもあるんだけどさすがにまだそう思えないか。


「私の両親は口減らしの為にヴェレスを出たと聞いています」

「そういえばそんな事を聞いた事がある様な」

「と言っても自発的に出たらしいので特に諍いは無かったと聞いています」

「自分から出て行ったんだ。中々できる事じゃないよね。やっぱりヴェレスって暮らしが厳しいのかな」

「そのようです。環境もですが特に人が多いので食料が厳しく、輸入しようにも周辺国との関係が悪いから値段も高いそうですよ」

「なるほどね」


 たしかミサさんも口減らしの一環で教会に預けられていたんだったか。

 寒さや災害で被害が出てもそれ以上に精霊達の力で助けられる人が多いんだろうな。お陰で人口が順調に増えて食料を賄いきれなくなってきているのかもしれない。


「ただわざわざ国を出なければいけないほど切羽詰まった状況でもなかったようです。

 旅に出た一番の理由は広い世界を見たかったみたいですね。特に母の方は知的好奇心が強かったそうですよ」

「なるほどねぇ。それでアーク王国にまでやって来たんだ」

「一応家族の方々は今生の別れとして見送っていたそうです」

「まぁ本来長旅ってそれ位の覚悟でするものだよね」


 僕は少々感覚が麻痺しているが普通は一ヵ月も離れた土地なんて交通が発達していない世界では一生縁のない土地だろう。


「僕達だってここまで来るのに長い時間を準備に費やしたからね。魔獣達のおかげでかなり短縮できてると思うけど」

「魔獣達だけではなくナギさんの治療士としてのお仕事もかなり貢献していると思いますよ。

 治療士の報酬が無ければ預かり施設をいつでも借りるなんて難しいでしょう」

「ピュアルミナを授けてくれたシエル様に感謝だね。レナスさんを助けられた上に旅を助けてくれる。シエル様には助けられっぱなしだよ」

「恩返しをしたくてもお礼をお祈りに込めること以外に何もできないのが残念です」

「本当にね。僕は声を届けられる分だけましとはいえ、やっぱり言葉以外にお礼を出来ないのは中々きついよね」

「なのでその分ナギさんにお返ししようと思ったのです」

「えっ、そうだったの?」

「はい。ナギさんの為でしたらこの身を捧げる思いです」

「そう思うなら幸せになって欲しいな。それが一番僕の為になる」

「そうなのですか?」

「そうだよ。レナスさんが幸せなら僕も嬉しいからね」

「むぅ。それだとそれ以外に私に価値が無いように聞こえます」


 レナスさんの言葉に僕は思わず声を上げてしまった。


「えっ!? そ、そんなつもりで言ったわけじゃないよ」

「ふふっ、分かっています。冗談ですよ。でもそれだけじゃ私の気が済まないと考えているのは本当ですよ?」

「そうは言われても」

「絶対に死ぬと言われている命を救ってもらった対価ですよ? 幸せになって欲しいとだけ言われても納得できません。

 命の対価にふさわしいのは命だと思いません?」

「だからといってレナスさんの人生を貰う訳にはいかないよ。それが目的で救ったわけじゃないのに」

「私は別にナギさんになら良いのですが」

「僕が嫌だよ」

「……私にそんな価値が無いからですか?」

「さすがにそれは本気でそう思ってたら怒るよ」

「思ってはいませんが、そこまで拒絶されるとさすがに傷つきます……」

「うっ、それは……ごめん。確かに言い方が悪かったね。僕はレナスさんを救った理由を汚したくないんだ。

 もしもレナスさんの人生を対価として受け取ったらまるでそれが目的で助けたみたいじゃないか。そう思われるのが嫌なんだよ」

「なるほど……ナギさんは私の事を大切に想ってくれているのですね」

「そうだよ。僕の気持ちは昔から変わってない」

「……ナギさんは言われたら照れるような事をよく臆面もなく肯定できますね」

「それだけ本気って事だよ」

「……私の方が恥ずかしいです」

「んふふ」

「でも、昔から変わらないんですね。私への気持ちって」

「え? あ、いやさすに子ども扱いはしてないよ? 全く変わらないって事じゃなくて、その、なんていうのか想いの強さ的な? そういう物が変わってないだけで印象は変わる所は変わってるよ? ああ、もちろん昔からきれいだなって思っている事は変わってなくてね」

「……ふふっ、いいんですよ。ナギさんが私の事を変わらずに大切に思ってくれているというだけでうれしいですから」

「う、う~ん。なんだか含みを持ったいい方な気が」

「気のせいです」

「うーん……」


 気にはなるが、おすまし顔をしているのでどう聞いても答えてはくれないだろう。

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― 新着の感想 ―
 おお、今回は珍しく(?)レナスが積極的にアプローチしてますね(によによ)
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