ヴェレス
メランゾとヴェレスの国境は西から東へ流れる川で区切られている。
その川を越えれば僕達はようやくヴェレスの地に足を踏み入れる事が出来た。
川を越えるための大きな橋の先には大きな要塞があった。
ミサさんの話によるとヴェレス軍の拠点の様だ。
昔ここら一体がヴェレスの物ではなかった頃から存在していて、本来は北にある森からやってくる魔物対策に建てられた物なのではないかと教えてくれた。
そんな話を聞いてレナスさんが興味を持ったが、何度も改築されていて当時の面影はないという事を聞くと残念そうにしていた。
民間人である僕らが要塞に無闇に近寄る訳にはいかないだろう、と思ってさっさと通り抜けようと提案した所にミサさんが待ったをかけた。
どうやら要塞の北側には要塞に詰めている兵士の為に小さい市場が出来ている事があるらしい。
その市場は月末に四日間ほど開かれる上旅人も利用できるようだ。
そして本日はその一日目。初日という事で品物も多いだろうし寄ってみるのもいいかもしれない。
他の皆の意見を聞いた結果市場に寄る事となった。
国境の橋にも警備のヴェレス人はいたがそばに寄って接したわけではない。市場で本格的にヴェレス人と接する事になるだろう。
今までの国では見かけなかったのでヴェレス人と接するのが楽しみだ。
要塞の横を通り過ぎるとミサさんの言う通り要塞の門前に市場が出来ていた。
規模は前に僕が前線基地で見た市場と比べれば小さく、比較すれば中規模と言った所だろうか。
屋台の上には精霊達が楽しそうにじゃれ合っている。
歩きながら精霊達を見ているとアロエとエクレアがじゃれ合っている精霊達のもとへ向かった。知り合いでもいたのだろうか?
アロエ達は精霊達と合流した後少ししてからアロエの声が聞こえてきた。
『ナギー、皆が私達にお礼言いたいってー』
アロエとエクレアの姿はまだ遠くだがアロエが声だけ僕達に届けて来ているようだ。
「お礼? 魔法陣の事?」
『そうそう』
「魔法陣を用意したのは僕だと伝わっているの?」
『伝わっていないけど、どうする? 秘密にしておいた方が良い?』
魔法陣を用意したのは僕だけれど、その魔法陣は既存の物を効率よくなるように少し書き換えただけの物だ。
一応魔法陣には著作権のような物はないし禁止されているわけでもないが、勝手に他国に流出させてしまったのでお礼を言われるのはちょっと気まずい。
いや、そもそも別に魔法陣自体は神話の時代からあって東方国家群にも魔法陣は存在してるんだから気にし過ぎな気もするが。
「……別に言わなくていいんじゃないかな」
暖かい空気が出る魔法陣なんてアーク王国なら探せばすぐに見つかる。ミサさんだって自力で見つけられたはずだ。お礼を言われるような事でもないだろう。
『分かったー』
二人が精霊達を連れて僕達の方へ戻って来る。
精霊達はまず先に初めて見る魔獣達に興味津々な様子だった。
しかし、ミサさんを発見するとすぐにミサさんに群がった。
「アロエ、皆知り合いなの?」
『うん。ヴェレスに今いる精霊は全員知り合いだよ』
「さすがアロエだね」
だてに長生きしていない。
『離れていた間に妖精が生まれてたらさすがにその子達は分からないかな』
「精霊はどれぐらいいるの?」
『一万人くらい』
「人はどれぐらいだっけ?」
『んと。たしか百万人くらい』
「じゃあ百人につき一人の割合で精霊がついてるんだ」
『ううん。全員精霊と契約してるよ』
「えっ、でも契約人数が増えるとその分力の配分が少なくなるんじゃ」
『うん。だから誰がいつ何の魔法を使うのかって重要なんだよね』
「アロエとエクレアもそれ位契約してるの?」
『してるよー。私は建国前からいるから特に多いんだよね』
「そりゃそうだろうねぇ」
最初の契約者の子孫と契約しているのならかなりの数になっていそうだ。いや、大家族が続いていたら全国民と契約していてもおかしくないのか?
「国民全員と契約している精霊とかいるの?」
『さすがにそこまで契約してる子はいないよ。私もだけど基本的に本家を決めてそこからどれくらい離れたら契約しないって決めるんだ』
「そうなんだ。んー、もしかしてレナスさんってその本家にかなり近い?」
アロエが直々に探しに来る辺り関係が強そうに思える。
『よく分かったね。その通りだよ。レナスのお父さんのクリストファーは由緒正しいフェアチャイルド家の三男坊なの』
「由緒正しいんだ」
『今は一般市民だけどね、昔はフェアチャイルド家は貴族階級だったんだよ』
「へぇすごいじゃない」
『魔物の大進攻前の話らしいけど』
「ああ……」
『今は村の狩人達のまとめ役なんだー』
「結構偉いんだ。って結構親戚多いみたいだから当然かな?」
アロエは主にフェアチャイルド家と契約している精霊だ。
そのアロエが契約者が特に多いというのだからきっと親戚が多いのだろう。
『えへへー』
「ミサさんの家の方はたしか果樹園をやってるって言ってたっけ」
『ミサの家は分家筋だから本家よりもちょっと遠いんだよね。でもエクレアはミサの事大好きだからついてきたんだよ』
「なるほど」
ミサさんについてきた事は本家への近さはあまり関係ないか。精霊の性質を考えるとそんなものか。
「ちなみにミサさんみたいな分家の人を精霊が気に入ったらその人の家が本家になったりとかってあるの?」
『滅多にないけどある事はあるよ』
「滅多にないっていうのは何か理由があるの?」
『なんだかんだで皆一番好きなのは最初の契約者だからね。名前を継いでもらってる本家が大事なんだよ』
「なるほどね。っていう事はフェアチャイルドって千年以上前から続く本当に由緒正しい名前なんだ」
『ふふん。すごいでしょ』
「んふふ。すごいね」
ミサさんへの精霊達のお礼回りが止んだのは市場に辿り着いた時だった。
精霊越しに人間達にも伝わっていたらしく市場が騒がしくなってしまっていた。あまり市場を楽しめそうもないな。
市場にいるヴェレス人達は事前の情報通り遠目からでも分かるほど身体が大きな人ばかりだった。
男性は筋肉質で手足が太く長い。女性はミサさんと同じようにむっちりとした体格の人が多い。
ヴェレス人から見たら僕なんて子供にしか見えないのではないだろうか。背が高くて本当に羨ましい限りだ。
ついでに肌は白く顔の堀も深く僕とは違う人種なんだというのがはっきりと分かるくらい違う。
ヴェレス人は元々グライオンの北西辺りに住んでいたと思われるが、アーク王国人と本当にちがう。
千年くらいでそこまで人種の違いが出るとは思えない。アーク王国周辺にいた人種とは千年前から違っていたのだろうか?




