閑話 少女の信じた未来(あす)
私は幼い頃占い師に十歳になる前に病で死ぬという運命が出ました。
それは絶対に避けられない運命だと告げられました。
その運命を知った時、私は死ぬという事をよく理解していませんでした。ただ、周りの大人の人達が泣き出したので必死に宥めていたのを覚えています。
死を実感したのは村で亡くなった人が出た時でした。その人は私に本を読んでくれた優しいおばさんでした。
おばさんは病に倒れ、病気がちだった当時の私は近寄る事を許されませんでした。
突如おばさんと会う事を禁止された私は、なんでだろうと疑問に思いつつも精霊さん達に遊びに誘われ呑気に過ごしていました。
おばさんの死を聞いた時、私は訳がわからずおばさんと会いたいと駄々をこねました。
けど、それが叶えられるはずもなく、私はその時死を理解しました。
死んだら会えなくなる。そう理解した時、じゃあ私が死んだらどうなるのか? 死んだら誰にも会えなくなる。そう考えると恐怖が沸き上がりました。
精霊さん達に相談をすると、精霊さん達は私を慰めてくれました。けど、慰められるとそれだけ会えなくなる事への恐怖が増していきました。
どうせ会えなくなるのなら今から会わずにいた方がましだ、そう考え始めたのは何時の頃からだったでしょうか。そう、時間はかからなかったと思います。
思い返すとどんな思考の迷路を辿ったのだろうと疑問は尽きませんが、当時の私はそう考えてしまったんです。
それから元々病気がちであまり外に出なかった私はますます部屋に閉じこもるようになりました。
部屋の中でシスターの勉強や時折話しかけてくる精霊さん達の相手をしていた日々が終わったのはグランエルへ行く日でした。
私はシスターに学校の説明を聞いた時、これで皆と会わなくて済むと安堵した事を覚えています。
でも、私はグランエルで新たな出会いをしてしまいました。
一人は言葉もよく分からないのに私にしつこく話しかけてきて本当に楽しそうに笑う、笑顔の良く似合う女の子でした。
私はなるべく別れが寂しくならないように親しくなるつもりはありませんでした。
しかし、アールスさんはそんな私の思いとは関係なしに私に話しかけてきて、いつしか私もそれが楽しくなりました。
アールスさんは私に死の恐怖を一時忘れさせてくれました。シスターにも精霊さん達にも出来なかった事を同い年の女の子がしてくれたんです。
それ位、アールスさんと一緒にいたのが楽しかった。
アールスさんが首都へ引っ越すと聞いた時何も相談してこなかった事に悲しみました。しかし、同時に……アールスさんに私の死にゆく姿を見せなく済むと安心しました。死を忘れさせてくれた大事な私の友達。
私を親友と呼んでくれたアールスさん。私は彼女に何か返せたのでしょうか? ただそれだけが気がかりです。
もう一人は訛っていた私の言葉を正確に理解し普通に会話のできた、どこか不思議な雰囲気を持った女の子でした。
最初の頃は彼女の優しさが恐ろしかった。彼女の優しさはアールスさんとは逆にいつか死ぬ事を思い出させるものでした。
息が切れ、倒れそうになり保健室に連れて行ってもらった事も、マスクを作ってくれた事も、身体を理由に気を使われる事も、全てが私を死の運命から助けようとしているんだとそう感じられました。
占いでの絶対は避けられない運命。それは世界の常識らしいです。ならばナギさんからしてもらった事は全て無駄に終わる。
こんな事をして貰っても無駄になる。こんな物を貰っても無駄になる。
無駄になる。何度もそう思いました。そう思い、死を思い出させる事への恐ろしさを誤魔化していました。
……でも、それでも心の底では私は嬉しかったんです。ナギさんが私を助けようとしてくれる事が。だから私は、ナギさんの事を嫌いになれませんでした。
そう、嬉しかった。私との約束を果たそうとしてくれている事が。私と未来の約束をしてくれた事が。
どうしてそこまでしてくれるのかはわかりません。もしかしたら前世という物が関係しているのかもしれません。
でも、そんな事はもう関係ありません。
好きです。ナギさんが好きです。大好きです。
恋物語を読んで私には縁のない話だと思いました。だからあまり好きではありませんでした。
私はそんな物を知る前に死ぬ。知ったとしても誰とも会えなくなる。そう思っていました。
けど違いました。私はあの日、雪を見に行くと約束をした日に気が付きました。
ナギさんは私をずっと待っていてくれた。今も未来を信じてくれている。一緒に旅をする未来を信じて待っていてくれているんです。
それが分かった途端私の身体が軽くなり、心が弾け飛ぶような強い衝撃を受けました。
優しいナギさん。大好きです。
親切なナギさん。大好きです。
慎み深いナギさん。大好きです。
情け深いナギさん。大好きです。
思い遣りのあるナギさん。大好きです。
アリス=ナギ。大好きです。
アリスガワナギ。大好きです。
宝石のような紫色の瞳。大好きです。
黒くて艶のあるまるで星夜のような黒髪。大好きです。
硬い手。けれど温もりを与えてくれる力強い手。大好きです。
優しくまるで柔らかい毛布に包み込まれるような暖かく心地の良い声。大好きです。
私はナギさんが好きだ。大好きなんだ。きっとこれが恋なんだ。大好き……大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き……。
ナギさんの事を想うだけで私は幸せな気分に包まれる事が出来ました。こんな気持ちを死ぬ前に知る事が出来て、私は幸せ者です。
人を好きになる事は、人を想う事は無駄な事なんかじゃないんですね。
私、最後の一瞬までナギさんの事を想います。想い続けます。誰にも負けないくらい。あの星にも届くくらい。死後の世界からでも届くくらい、来世から今世に届くくらい、想い続けます。
最後の一瞬まで私は生きます。未来を信じて生きます。アールスさんとまた会える事を信じて生きます。学校を卒業できると信じて生きます。一緒に冒険者になれるって信じて生きます。一緒にフソウに行ける事を信じて生きます。
そして、一緒に雪を見に行きましょう。
大好きです。ナギさん。




