エンソウ
フソウとエンソウの国境を越え、僕達はエンソウに入国した。
エンソウは噂に聞いていた通り緑に乏しい土地だった。
さらに緑だけではなくフソウ以上に魔素に乏しい土地で、国境を越えた時アースは大きなため息をついていた。
魔素については薄いというよりもほぼ存在していないといっても過言ではない。
最初は魔素の濃い魔の平野や海から遠いからかと思っていたが、すぐに原因が違う事が分かった。
原因は恐らく地面の土が全て一度浄化されたからだ。
一度浄化された物質は魔素に侵されにくくなる。
元々浸食が時間がかかるのに浄化されるとさらに時間がかかるようになるのだ。
神様達がこの星にやって来たのはおおよそ一万年前だとシエル様から聞いた事がある。
その時に浄化がされたのだろう。
この仮説を可能性が高いと確信したのは国土の半分を横切った時だった。
調べられた限りのすべての土地は一度浄化されている。
もしも浄化された土地の範囲がエンソウの国土と重なっていたとしたら、エンソウには風などで流れ込んでくる以外に魔素が存在しない事になる。
そうなるとエンソウで生まれ育った人はマナが増えずまともに魔法を使えないに違いない。
だが、この土地で一番の問題はマナが増えない事ではなく、浄化によって一度死の大地になってしまった事ではないだろうか?
魔素を浄化する際には微生物を含め全ての生物は死ぬ。
神様達は魔素のある星にたいして死の星にしない為に、直接神聖魔法を使って一気に浄化しようとしないのだ。
きっと巨大な、もしくは膨大な数の敵がいて使わざる負えなかったのだろう。
一度死の大地になった土地は長い年月をかけ回復している最中なのかもしれない。
エンソウに入って一週間が経ち、僕達は国境まであと二日という所までやって来た。
フソウとエウネイラを結ぶ道は何の障害もないから西の国境から東の国境までは本当にあっという間の旅だ。
旅人が立ち寄れる宿場町の数は少なく、一週間の間にベッドで寝れたのはたったの二回だけだった。
その際に食べた食事は味付けはフソウよりも薄く食べやすかったが、やはり食材そのものが美味しくなかった。
道中も特に観られる物は無く、しいて挙げるとしたら南北に見える山々が壮大だったという事くらいか。
そんなエンソウでの最後に立ち寄る村で僕達はお祭りに遭遇した。
どうやら春の到来をお祝いするお祭りのようで、村人が相撲のようなしめ縄で円を作った舞台の中で組み合っていた。
ルールも相撲と似たような物らしく、尻もちをついたり倒れてしまった方が負けの様だ。
ただ相撲と少し違うのがバリバリに足も使う事だろう。飛び蹴りのような蹴り技を繰り出している。
もっとも、下手に使うと足を取られすぐに倒されてしまうようだ。
競技に参加しているのは男性ばかりで女性達は楽しそうに声援を送っている。
「ねーちゃん。これってどーゆーお祭りなの?」
エンソウの言葉はフソウの言葉が変化した物で僕以外には分からない
アイネの問いに周囲の声に耳を傾けつつ答えた。
「春になったお祝いで、村で一番強い人を決めてるみたいだよ」
「へー。男しか出られないの?」
「みたいだね。勝った人には村の女性の口づけがもらえるらしいよ」
「そんなのが欲しーの?」
「そんなのって言わないの。多分村一番の美人さんからもらえるんじゃないかな」
「ねーちゃんはほしーと思う?」
「好きな人ならともかくそうじゃないなら別にいいかなぁ」
「ふーん。じゃあさ、ねーちゃんだったらお金以外だとどんなじょーけんで出る?」
「えぇ? 美味しい物とか?」
「えー、つまんないなぁ」
「じゃあアイネはどうなんだよ」
「強いのいれば出たいと思うよ?」
アイネならそう言うか。
「あっ、終わったみたいだよ」
どうやら一番強い人が決まったようだ。観客である女性達から大きな声が上がっている。
舞台の上では大柄な男性が片手をあげていた。
「不思議だよねー。あんなおーきーのにあたし負ける気がしないよ」
「そりゃあね」
試合内容を見ていればわかる。多分僕でも勝てそうだ。
技術的に劣っているのは見ればわかる。だが、それ以上に大柄な割に力が無いように見えるのだ。
「でもさすがに単純な力勝負だとアイネは負けるんじゃない?」
「むー」
僕ならいい勝負でアールスなら圧勝するだろう。カナデさんやミサさんだったら本気で勝負をする事すら危険だ。
魔素に侵された身体はそうでない肉体よりも強く頑丈に育つ。
とはいえ魔素に触れた事のない人間はこの星には存在しない。
いるとしたらそれは母親のお腹の中にいる胎児だけだろう。
しかし、その胎児だって魔素の侵された肉体を持つ両親の遺伝子を受け継いでいるので魔素の影響を受けない訳ではない。
とはいえ何千年も魔素のある星で生きていた人類が数百年かそこらで浴びていた魔素の量に差があったとしても、遺伝子で受け継がれる身体能力の差は出ないとシエル様から聞いている。
少なくとも鍛えている男性に鍛えている女性が楽に勝てる程の差は出ない。
ならこの村の男性と僕達の差は何で出ているか。それはきっと食事の差と生まれて来てから魔素を浴びた量の差だろう。
魔獣は長い年月をかけて自分の望むように身体を作り変える事が出来る。それは細胞が魔素に侵されている人間もそうだ。
人間は魔獣ほどの変化は望めないがそれでも何もしていない人間よりも想うだけでほんのちょこっと頑丈になれる。
想いながら身体を鍛えれば何も考えずに鍛えるよりも効果が出る。
前世では理想の自分を想像しながら鍛えれば鍛錬の効果が上がると言われていたが、こっちの世界では魔素がある為それ以上に効果があるのだ。
それもその効果は魔素に侵された細胞の量が多いほど効果が上がるらしい。
……と、長々と御託を並べたが実の処一番成長に影響を与えるのは固有能力だ。
固有能力が無かったら同じだけ鍛えても差が出てしまう。
一応鍛えていれば後付けて固有能力が開花する事があるのは救い……なんだろうか?
優勝者へのご褒美を見届けた後僕達は村に宿は無かったので先に進む事になった。
魔法が無くても人は生きていける。しかし、魔法が使えないとなると代わりに戦う術が必要になって来る。
しかし、今まで見てきた範囲だとエンソウは科学も発達していなさそうに見える。
魔法も科学技術ない痩せた土地でこれからどういう風にこの国は発展していくのだろう。
エンソウ、行く末の気になる国だ。




