フソウ その7
森を抜け野宿を挟みつつ町を二つ通り抜け一週間が過ぎた頃一つの村に着いた。
村には預かり施設はないので野宿が決定した所に一つの情報がもたらされた。
村の北東の方向に湖があり、そこではなんと魚が食べられるらしい。
これは行かなくてはならない。この世界で初めて食べられる魚だ。食べに行かなくてどうする!
そんな熱い思いを込めた説得により湖に向かう事が決まった。
僕達が向かう事になった湖は村での情報のかぎりではフソウ国内で二番目に大きい湖で北の山から水が流れ込んできた後どこにも逃げず溜まっているらしい。
湖の名前はカスガツクシというらしい。カスガは『静かな』という意味でツクシは『水辺』という意味がある。名前だけ聞くと春を思わせる名前に感じるが全く関係ない。
カスガツクシまで行くには街道を東に行き、途中にある看板を目印に北への道を道なりに行けばそのうち着くらしい。
そして、実際に教えてもらった通りに進むと意外と近い事が分かった。村から歩いて一時間ほどで着いたのだ。
湖のほとりには小屋が数件立っていて、その中でも湖に一番近い小屋には看板が掲げられており、見た事のないフソウ文字が書かれていた。
「あれってなんて書いてあるんですか?」
ミサさんに聞いてみると首をかしげながら多分と自信なさげに答える。
「釣り……屋……フナデですかネ。フナデはお店の名前だと思いマス」
「釣り? 釣り出来るんですかここ」
「おお、分かるのですカ?」
「僕の想像があっているのなら多分」
釣りというのは三ヶ国同盟には無い。だから学校でフソウ語を習った時も必要ないとして教科書には載せなかったのかもしれない。
「ミサさんは釣りって分かりますか」
「それはわかりますヨ。魚を捕る行為の事です。お魚は食べた事ありますガ、そう言えば具体的にどのように取るかまでは知りまセン」
「とりあえず小屋を訪ねてみよう」
小屋の中に入ると想像通り釣り竿が並べて立てかけられていた。
店員さんらしき人物は部屋の奥の受付の机に頬杖をついて目を閉じている。眠っているのだろうか?
入り口からそれ以上入る前に声を掛けてみる。
すると眠りは浅かったのだろうすぐに瞼を開けつつ慌てた様子で姿勢を正す。
「お、おういらっしゃい」
細身で黒いざんばら髪の女性は緊張しているような声色でそう返してきた。
「看板を見て入ってきたのですがここで釣りが出来るんですか?」
「あ、ああ、釣りの道具を貸し出してるよ。見た所……後ろのは外国人さんか?」
「僕含めて全員そうです。釣りは初めてなのでやり方も教えてもらえたら嬉しいのですが」
本当は前世で小さい頃に家族で釣り堀に行った事はあるけど……まぁやり方が違うかもしれないし、そもそも釣り堀に行った時だって僕はお父さんの手を借りてやっと釣れた程度の経験しかない。初めてといっても差し支えないだろう。
「へぇ、フソウ語上手いもんだね。いいよ。やり方を教えるのも俺の仕事だ。……つっても親父ほど上手くは無いけどな」
「今日はお一人なのですか?」
「いんや。今は休憩中なだけさ。とりあえず釣りをしたいやつ……人はそこに立てかけてある釣り竿とそっちにある桶を取りな。一人に付き貸出料は銅貨一枚な」
とりあえず人数分のお金を払って言われた通りにする。
その次に餌代も要求された。
餌は幼虫だ。アールスが抱えているヒビキが美味しそうに涎を出すほど艶がよくふくよかな幼虫だ。
残念だがヒビキ用のご飯ではないのであきらめてもらおう。
幼虫は一匹に付き三銅貨と釣り竿の貸し出しよりも高い。こちらで稼いでいるんだろう。もっとも幼虫の数を揃えるというのも苦労するだろうからむしろ安いのではないかと思うが。
幼虫が出て来て嫌がる人はいないかと見渡すが皆動揺する様子は見られない。
やはりこの程度でうろたえる程弱い人間なんていない。むしろ幼虫を取って食おうとしているヒビキの方が心配だ。そんなにおいしそうに見えるのか。
店員さんもヒビキの様子に苦笑いを浮かべている。
「威勢のいい……鳥? だな」
「よほど美味しい物に見えてるみたいですね」
「美味いかどうかは分からねぇけど食い物として売ってもいいぜ」
「……買うのは終わってからにします。今食べさせたらきりがなくなりそうだ」
「たしかに」
「ヒビキちゃん後でだって」
「きゅぃ~」
非常に不満そうだ。
ヒビキは抱っこしているアールスに任せとりあえず小屋の外に出る。
外で待っていたナスとゲイルと合流するとまたまた店員さんに驚かれた。
「へぇこんなでかいナビィがいるんだな」
「ぴー」
ナスは自動翻訳を切って挨拶をする。フソウに来て気づいたのだがこちらの人は動物が人の言葉を話すのが気持ち悪く感じる様だ。
固有能力の事を話せば納得はしてくれるが、やはり気持ち悪がられるのは嫌なようで他人と接する時は皆自動翻訳を切るようになってしまった。
悲しい事だが順序を踏んだ方が互いにいやな気持にならないだろう。
「この仔は魔獣になった時に大きくなったんですよ」
「まじゅう?」
「ええ、魔獣です。聞いた事無いですか?」
「すまんが知らないね」
こっちでは一般的ではないのかな。でも商人さんや預かり施設の人は知っていたけど。
いや、でもたしかフソウには学校のような教育の施設はない。そうなるとどのように教育しているかは分からないけれど、少なくとも滅多に合わない魔獣の事は教わらないのかもしれないな。
「フソウにいるナビィってどういう姿をしているんですか?」
「ん? 身体が小さくて目が赤くて白かったり茶色かったりするんだ。近くの森にもいてよく狩人に魚と交換で分けてもらうんだ」
といいつつ僕の知っているナビィと同じくらいの大きさを手を動かし表現して教えてくれた。
「白いのもいるんですね。見てみたいなぁ」
「冬になるとよく見るんだけどな。今はもういないかもな」
「へぇ」
毛が生え変わっているのかな? 白いナビィ見てみたいなぁ。きっと可愛いだろうな。
店員さんに案内され湖に作られた桟橋に案内された。
しかし、桟橋にしては船が無いように見える。
「船はないんですか?」
「今は反対側にあるんじゃない?」
「ああ、広いですもんね。渡り船なんですね」
「そうそう。釣りはここでしてもらうから。餌代はさっきも言ったように銅貨三枚。釣れなくても文句は受け付けない」
マナを操り水の中を探ってみると数は多くないが確かに魚はいるようだ。
「釣れないなんて事あるの?」
アールスが首をかしげる。
「餌が外れたり魚に食べ逃げされる事があるからね」
「なるほど」
「あんた経験者?」
「本で得た知識ですよ」
「ふぅん。まっ、釣り方はまずは俺がやって見せながら説明するからよく見とけよ」
そう言って店員さんは持っていた釣り竿の釣り針に壺から幼虫を取り出し手際よく取り付けた。
さらに竿と一緒に持ってきていた桶に水を入れる。
そして水面をのぞき込んでから顔を引っ込め移動する。それを二回繰り返した後釣り竿を振り餌の付いた釣り針を水に放り込んだ。
見事だ。釣り針が沈んだ所には確かに複数の魚がいる。覗き込んだだけで魚の場所が分かったのだろうか?
「魚が居そうな所にこうやって針を投げて沈める。それで後は魚が食いつくのを待つ」
魚達は針が放り込まれた衝撃に気づいているのか警戒して中々針のある所には近寄ってこない。
しばらく待つとようやく魚が一匹餌に近寄ってくる。
複数いた魚の中では一番小さい個体だ。それでも僕の肘から手首位までの大きさはある。
魚は餌に気が付くと一直線に向かい餌に食らいついた。
「おっ、かかったな。かかったら釣り糸が揺れるから分かるぞ。で、引く」
ちなみに浮きは無いので本当に糸から伝わってくる感触で判断するしかないだろう。
「糸が切れたり針が魚から外れないようになるべく魚の左右の動きには逆らわないように竿を左右に振りつつ竿を引くのがコツだな」
説明しつつたいして苦労を感じさせないで店員さんは魚を釣り上げた。
「ちょいと小さいけどまぁこんなもんだろう。喰う場合はこのまま桶にいれて喰わない場合は魚は返してやってくれ」
一度手を桶の水で濡らしてから魚に触り、魚の口から釣り針を取って魚を水に返した。
「食べないのに獲る必要ってあんの?」
「たまに遊びで釣りする奴がいるんだよ。それはそれで魚は減らないからこっちはありがたいんだがな」
「ふーん。まっ、あたしは食べる為に沢山釣るけどね!」
「とりあえずやってみようか」
久方の釣りだ。前世ではお父さんの手を借りたけど今度は自分の手でいっぱい釣るぞ。




