フソウ
「良い旅を」
「ありがとうございます」
見送りの言葉をくれた職員さんにお礼をしつつ、ついにフソウの大地を踏みしめた。
ついに、ついにやって来たフソウ。検問所を通り抜ける前から胸が高鳴り緊張しっぱなしだ。
検問所の周りには出店が並んでいてフソウの特産品がまるで見本市の様に並んでいる。
特に目を引くのは反物だろう。一つのお店に近づき見てみるが美しい色合いの反物が並べられている。
フソウの服は男性は小袖に袴を穿くのが主流で、女性は振袖が主流だ。まるで前世の僕の生まれた国の様だ。だが小物がちょっと違う。
小袖や振袖を締めているのは帯ではなくベルト。足に履いている物も足袋や草履ではなく木靴だ。僕からしたら正直違和感しかない。
髪型も別に決まりがある訳ではなく、ちょんまげという概念はない。
「か、換金所ってどこですかね」
「ここではまだアーク王国のお金使えますヨ」
ミサさんに案内してもらおうと思ったらミサさんは笑いながら答えた。
「そうなんですか?」
「でも気を付けてくだサイ。ここで売っているのは出来が良くない物ばかりデス。その証拠にどれも安いでショウ? アーク王国のお金を得る為に値段で釣っているんですヨ」
「えぇ……あれで出来が良くないんですか?」
確かに値札を見るとどれもアーク銅貨五十枚前後で買える物ばかりだ。
今の詳しい相場は分からないが一ヵ月前の事前情報ではアーク王国銅貨十枚でフソウ銅貨七枚だったか。アーク安といった所か。
「どれもきれいに見えますけど」
レナスさんも首をかしげる。
「色はきれいですが切れ口を見てくだサイ。ボロボロでしょう? 糸の質が悪い証拠デス」
「なるほど……」
ミサさんの指摘した所をよく見てみると確かに糸が沢山飛び出ている。
ついでにお店の人の視線も怖い物になっている。
「恐らく精霊の魔法で生み出した植物を元に粗製乱造された物でショウ」
「ああ……」
精霊が魔法で生み出した植物というのは魔法で生み出された所為か栄養状態が最低限の状態であり、物に加工するには向かない質の悪い植物ばかりだ。
大量生産には向いているので三ヶ国同盟では紙の量産に使われている。
「姉ちゃんよ、質が良くないのは認めるが粗製乱造って言うのは聞き捨てならねえな」
さすがに我慢が出来なくなったのかお店の男性が口を挟んできた。
「ほほう。違うと言うのですカ?」
「少なくともうちのここに並んでるのは宣伝用の見本なんだよ。気に入った柄の物が見つかったらどこで売っているのかを店に聞いて売ってる本店まで足を運んでもらうんだ。
もちろんあんたの言う通りできの悪いもんを売って金を得ようって輩もいる事は否定しねぇ。けどうちは違うのさ。
見本を売ってんのは人は忘れるもんだからな、実際に気に入った柄の物を持って行って店に見せれば滞りなく買えるようになるだろ?
もちろん買わなくたっていい。そこはお客さんの自由だ。本店で選んで新しい出会いもあるかもしれねぇからな。
あとうちじゃまだやってないが見本を持ってアーク王国まで行って売り込んでくる奴もいる。うちはその売り込みでやって来た商人相手に売り込んでるんだ」
「なるほど。確かにそれなら納得ですね」
「そういう事でしたカ。謝りマス」
「分かってくれりゃいいのよ」
「しかしそういう事なら切り売りもしているんですか?」
「もちろんしてるさ。店前には出してないが……ほら、これが切り売り用の反物だ」
お店の男性は勘定台の下に手を伸ばし、反物を取り出し見せてくれた。
「銅貨一枚だとどれくらいですか?」
「こんくらいだな」
僕が聞いてみると男性は手の平位の範囲を指でなぞって教えてくれた。
一反に比べると少なく割高に見える。
「買うのですか?」
「そうだねぇ……」
レナスさんの問いに顎に指を当て考える。
温かみのある黄色の下地に花弁がきれいに紫に染められた花柄の反物がルゥのお土産にしたい。濃い紫がルゥの瞳の色そっくりなのだ。
花柄というのもいい。世界一可愛いルゥにお似合いの反物だろう。
「本物でもアーク王国で服に加工できるのかな?」
「できるはずだぜ。材料は違うだろうが別に向こうの服で使えない訳じゃないだろうからな」
「んー。よし、見本下さい。それとどこのお店で売っていますか?」
たとえ服に使えなくても他の何かには使えるだろう。
「首都のサンケイで店を出してる。名前はアマネ屋だ。住所はこの紙に書いてあるからご愛顧のほどをよろしく」
「あっ、これはこれはどうもどうも。ありがとうございます」
名刺のような大きさの紙を丁寧に両手で差し出してきたので同じように両手で受け取って頭を下げる。すると相手も頭を下げて来た。
「お嬢ちゃんこっちに慣れてるのかい? 頭下げ慣れてるアーク王国人っていうのは初めてみたよ」
「えっ、そんな事無いですよ。アーク王国人だって普通に頭位下げます」
「あー、いや、言い方が悪かったか? なんというか妙に頭を下げる振る舞いがフソウの礼儀に似てて堂に入ってる気がしてな」
「偶然ですよ。僕は初めてフソウに来ましたから。ああ、でも私のお爺さんがフソウ出身らしいのでその血が流れているおかげかも知れませんね」
「へぇ、爺さんが。妙にフソウ語が上手いと思ったがそういう訳かい」
生地を切って差し出してきたので銅貨一枚を渡してから受け取る。
「いえ、それは私の固有能力のお陰です。自動で翻訳されているんですよ」
「そいつぁ羨ましい。俺は剛力っていうありきたりな能力なんだが、お嬢ちゃんみたいな能力があればもっと商売もうまくいくのかねぇ」
「あんまり関係ないと思いますよ。むしろ剛力の方が重い物が持てるようになって分かりやすく商売の為になるじゃないですか」
「ははっ、それもそうだな。こっちには仕事で?」
「いえ、私事です。私の目的はフソウの文化をこの目で見たいからですが仲間はまた別の目的がありますよ」
少し言いにくそうな雰囲気を醸し出しておく。詳しく追及されても僕の口からは話せないのだ。
「へぇ、文化をねぇ。観光旅行って奴か。若いのによく旅できるだけ稼げたな」
「冒険者ですから」
「それだけの実力があるって事か。まぁ確かに貫禄は感じるな」
そう言って向ける視線の先にはミサさんがいる。やはり僕ではまだ貫禄が足りないだろうか?
「それではそろそろ行きますね」
「おう。引き留めちまって悪いな」
「いえ。本店の方伺いますね。こちらのお店も頑張ってください」




