魔の平野
魔の平野。そう呼ばれるようになってどの位が経ったのだろう。
具体的にいつから呼ばれるようになったのかは定かではない。少なくとも前線基地の位置が今よりも西にあった頃から魔の平野と呼ばれていた。
平野と呼ばれているけれど実際には魔の平野の中央部分は砂漠と荒野で出来ていて、平野とはいいがたい起伏の多い地形となっている。
じゃあ何故平野と呼ばれているかというと砂漠の部分を確認できたのはフソウと交流が出来るほんの数十年前であり、中央部分以外はやはり荒野の平野だから慣習で平野と呼ばれ続けている。
……とレナスさんが魔の平野を前にして教えてくれた。
前線基地で諸々の手続きを終えた僕達はようやく魔の平野の大地を踏みしめた。
前線基地の前には橋が必要なほど幅が広く深さもある堀がある。
これは壁を作る際に土を取りために抉られた後で、魔物達の進行を阻むための物だ。
戦争の時には橋を落とし水や罠を仕掛けるらしいのだけど……それでも壁に張り付かれたり破壊され越えられたりする辺り魔物はやはり侮れないという事を実感させられる。
底の見えないほどの深さにすれば渡られる事はないだろうと思うかもしれないが、実は深くしたらしたらで危険なのだ。
大昔に一度本当にあった事らしいのだが、底が見えない程深く掘った堀の底に魔素が溜まっていつの間にか魔物の巣になっていたらしい。
それ以来監視の手間を省く為に底が見えない程深くする事はなくなったようだ。
……それと前線基地を移動させた後に堀を埋めるのが面倒だったからというのもあるのかもしれない。
橋は石造りの頑丈な作りの物で幅が広く大型の馬車が四台並んでも余裕をもって通れる。
これを戦争の際に破壊するのか。魔法で爆破させるんだろうけど作り直すの大変そうだ。よく一年足らずで直したものだ。
橋を渡り切ると草花が生えておらず石や岩が転がっているだけの不毛の大地が広がっていた。
そして、橋から続いている交易路には石が敷き詰められておりこの道を辿って行けば迷うことなく中継基地に辿り着ける。
道には僕達よりもはるか先に馬車が列を作り規則正しく行進している隊商がフソウ側へ向かっているのが見えた。
馬車の周りには武装した人間もいるようだとカナデさんが教えてくれる。僕もナスの固有能力を借りて光を屈折させて望遠鏡の様にして見えるようにしてみる。
カナデさんの言う通りだった。よくこの距離で見える物だと心の底から感心し褒めたたえるとカナデさん照れてしまったのか馬車の中へ引っ込んでしまった。
中継基地までは一般的な馬車の速度だと半日かかると聞いていた。
アースとヘレンならばもう少し早くつけるだろうが特別急ぐ旅でもないので前方にいる隊商と不要な諍いを起こさないように速度を合せ近づかない様にした。
しかし、僕達と隊商の休憩の間隔は違い、すぐに追いつき抜く事になってしまった。
そして、その追い抜く際に僕達は隊商の商人に商売を持ち掛けられたのだ。
最初は興味深く商品を見させてもらったのだけど、その隊商を追い抜いた後に問題がおきた。
休憩中の隊商や個人の商人とすれ違ったり休憩地点で一緒になるとその度に商売を持ち掛けられたのだ。
どうやらこういう事は珍しくないらしく、むしろ商人同士だと商品の交換を積極的に行っているようだ。
僕達は無駄遣いをする訳にはいかないので断り続けたのだけれど、中継基地に着く頃にはうんざりした気持ちになっていた。
さらに中継基地でも商売を持ち掛けてくる商人が多かったが、しつこいのは近くにいた兵士さんに対処してもらう事が出来た。
一日目でこれなのだ。これから約一ヵ月の魔の平野の旅が楽しみで溜息が出てしまいそうだ。
そして、一週間が経ちついに僕達は砂漠地帯へやって来た。
今まで見た事のないどこまでも続く砂に少し興奮してしまった。
前世でも映像や写真でしか見た事の無い砂漠だ。気分が上がってしまうのも仕方がないのだ。
暑さと直射日光に関してはサラサとライチーが対処してくれる。といっても暑さはまだ春になっていない殻かさほど問題にはなっていない。
問題なのは風で舞い上がる砂だ。この砂が口や鼻の大きいアースとヘレンを苦しめてしまう。
もちろん対処法は用意してある。アースとヘレン用の鼻まで覆うマスクを用意したのだ。
二枚の厚めの布の間にきめの細かい布を一枚挟ませているからか少し息苦しい様だが一応問題が無いと二匹は答えてくれた。
対策はしているとはいえ初めての環境だ。二匹の事は十分気を付けて行かねばならないだろう。
道も石で舗装された道が続いてはいるが所々砂で隠れているので油断できない。砂嵐が来たらあっという間に見えなくなってしまうだろう。
一応砂嵐が来た時の注意事項は前線基地やここに来るまでの中継基地の兵士さんから何度も説明を受けている。
砂嵐が来たら大きな岩や避難用に設けられた構造物の陰に隠れるか、それらが見つからない場合は高い所に逃げる。
そして口や鼻を塞ぎ目を守り肌の露出部分を全て覆う、と教えてもらっている。
僕達の場合は水を使って隠れる場所を……と言いたい所だが水は砂嵐がどれくらい続くか分からない以上集中力のいる水の壁を作るのは難しい。作るとしたら氷の壁だろう。
だから自分達でどうにかしようとなったら氷で作るか地面の土を砂の下から探し出して壁を作るか精霊達に頼むしかない。
……そう言えばこの状況でアースウォールを使ったらどうなるのだろう? アースウォールは地面の土を動かし壁を作る魔法だが砂しかない場合はどうなるのだろう。
検証をする為に皆に話し試してみる。
すると砂が集まり壁を作った後魔法の効果が切れたらすぐに崩れてしまった。
これはアースウォールは使えないな。
大分逸れてしまったが砂嵐が収まった後は兵士さんが砂に埋まった道を掘り出す為にやって来るのでそれまで待つようにと言われている。
ただし自己責任で進む場合や自分達で砂をどけて道を見つけ出した場合は待たなくてもいいようだ。
この情報を持った上で僕達はマナを節約する方向で行動する事にした。
それと言うのも砂嵐が実際どれくらいの物なのか僕達には分からないからだ。
ミサさんが通った時は運が良かったのか砂嵐には合わなかったらしいのでミサさんも砂嵐についてはあまり分かっていないようだ。
多くの隊商が通っている事を考えると大丈夫だとは思うが、念の為に万が一を考えマナは寄り大く温存しておきたい。
そうして用心の心構えをしつつ歩んだ砂漠は三日目に砂嵐に見舞われる事になった。
最初に気づいたのはカナデさんだった。遠くの景色がおかしい事に気が付いてくれたおかげで余裕をもって避難場所を探す事が出来た。
だがその避難場所に身体が大きなアースとヘレンの二匹が同時に身を隠す事は出来なかった。
仕方ないので即席で氷の壁を作り僕と寒さに強いヘレンが氷の壁の陰に隠れる事にした。
僕が一緒に隠れたのは氷の壁が解けない様にヒビキの固有能力を借りて氷の温度の調整をヘレンと交代で行う為だ。
サラサにやってもらうという案も出たが温度調整を常にやってもらっているサラサにさらに仕事を増やすと余分にマナを消費してしまう。一日中温度を維持するというのは精霊でないと無理な為ここでマナを無駄に使わせる必要もないだろう。
固有能力での調整ならマナは必要ないのでマナを節約するなら僕達でやってしまった方が良い。
そして、砂嵐は一時間程で通り過ぎ、道も見失うほど埋もれる事もなかったため皆無事に進む事が出来た。
それからも二回砂嵐に遭い足止めを余儀なくされたがそれでも何とか予定通りの日程で砂漠地帯を抜ける事が出来た。




