初登校
年が変わり一週間が過ぎ、とうとう僕達が学校へ登校する日になった。
初日からしばらくは寮の先輩達に連れられての集団登校だ。学校は街の西側、西の検問所へ続く大通りの途中から少し離れた場所にある。
寮の前の大通りからグランエルの中心部へ行き、そこから西の大通りを半分まで歩き、目印になっている呉服屋の手前で右に曲がってまっすぐ行けば学校だ。
学校に着いた時、僕の後ろを歩いていたフェアチャイルドさんは息が荒くなっていた。一時間ぐらい歩いていたから身体の弱いフェアチャイルドさんには辛かったのだろう。他にもドルンガ君が疲れ切った顔をしている。
倒れることなくここまで来れたんだ。後もうちょい位は二人とも大丈夫だろう。あまりにも辛そうなら先生に休める場所を聞けばいい。
学校には寮にいた子供以上に多くの子供が校舎へ入っていく。
新入生はどれ位いるのだろう。さすがに寮にいる僕達だけって事はないだろう。この都市の人口を考えても十倍以上はいてもおかしくない。
「うわぁー人いっぱい!」
アールスが元気よく校舎の中へ入っていく。他のみんなも入っていく中僕は少しだけ遅れて歩き出す。
校舎の中に入ると先生が新入生に近くの部屋に並んで入るように促していた。
「新入生のみんなー。この部屋でみんなの適性を検査するから並んでー」
「てきせいってなにー?」
「なにするんだろ」
「い、痛くないかな……」
並んでいる子供達は好奇心半分恐ろしさ半分といった感じで落ち着きをなくしている。
「フェアチャイルドさん。大丈夫?」
フェアチャイルドさんを見るとまだ息が整っていなかった。
「は……い……」
「うぅん。ちょっと休もう」
疲れ切っているのが見え見えだった。僕はすぐにそばにいた先生にフェアチャイルドさんの事を伝え休める場所はないかと聞いた。
「保健室がこの先にあるんだけど……」
先生は困ったようにあたりを見渡す。
「じゃあ僕が連れて行きます」
「文字読める?」
「はい。両親に習いました」
最悪読めなくても部屋の雰囲気で分かるだろう。
字は読めなかったけれどベッドがある場所を見つける事が出来た。薬のような匂いもするからここが保健室だろう。
フェアチャイルドさんはベッドに座り持っていた水筒から水飲む事を進めた。
「落ち着いた?」
「ありがとう……ございます……」
「あー! ナギとレナスちゃんこんな所にいた!」
アールスが勢いよくドアを開けて入ってきた。
「レナスちゃんまた気分悪くなったの?大丈夫?」
「うん……もう、大丈夫……」
「アールスは適正見てもらってきたの?」
「まだだよ。途中で二人がいないのに気が付いて探したんだからね!」
「ああ、それはごめん。言っておけばよかったね」
「まったく、私だってレナスちゃんの友達なんだから」
「……」
「あれ? フェアチャイルドさんまた赤くなってる。もしかして熱でも……」
「ち、ちがい……ます」
「レナスちゃん。無理しちゃだめだよ?」
「はい……もう、大丈夫だから……行きましょう」
フェアチャイルドさんは水筒をしまい急ぎ足で保健室を出て行く。
「本当に大丈夫かなぁ」
アールスの呟きに頷きつつ僕達も後を追いかけた。
さっきの場所へ戻ると行列が短くなっている。これなら並ぶ時間も短いだろう。
フェアチャイルドさんは僕達を待っていたのか列には並ばず離れた所で待っていた。
「よーし。並ぼう!」
アールスがフェアチャイルドさんの手をつかみ列へ誘う。並びはアールス、フェアチャイルドさん、僕となった。
少しずつ列は進んで行き部屋の中に入ると何をしているのか分かった。
一人ずつ二種類の水晶を触らせて個人個人の資質を調べているようだ。
最初に触る水晶が向いている職業。その次が固有能力を調べる物らしい。
職業は複数出るらしくそれによってなりたい職業を選び、学校で学びたい事を選択していくみたいだ。
固有能力というのはよくわからない。この世界の人間には転生者以外でも何か特別な能力を持っているのだろうか。
アールスの番になる。最初は職業からだ。横から覗かせてもらうと難しい文字が多くてすべては読み取れなかった。
「先生。なんて書いてあるんですか?」
「そうね。素晴らしいです。ワンダーさんには戦士、闘士、剣士、騎士、神聖騎士、魔法剣士、拳闘士、神聖闘士になる素質がありますよ」
「強いんですか?」
「はい。お勧めは神聖騎士か神聖闘士ですよ。この二つは上位職ですがこの水晶に映し出された職業は他の職にならなくても直接職業に就けます。
けれど今すぐ決める必要はありません。なりたい物がまだなければ学校で学び、知識を蓄え自分で決めるべきです」
長々と説明しているけれどアールスに理解できるだろうか。なんだか先生達って六歳児を大人と同等に扱っているような気がしてならない。確かに前世の世界の六歳児よりもアールスやフェアチャイルドさんは賢い気はするけどさ。
「えっと、えっと……まだ決めなくていいって事ですか?」
「はい」
「わかりました」
「では次は固有能力を調べます」
「こゆーのうりょくってなんですか?」
「固有能力とは一人一人に宿っている特別な力です。実際に触れてみればわかりますよ」
先生がもう一つの水晶をアールスに差し出す。
アールスが触ると文字が浮かび上がる。これもやっぱり読めない。だが先生が水晶を覗くと先生の顔が途端に驚きに満ちた表情に変わった。
「これは……勇気ある者……」
先生の驚嘆の声に周りの先生も驚きの声を上げている。
「まさか!」
「信じられん……」
「いや、しかし……」
アールスは周りの大人達の変わりように恐れを覚えたのか水晶から手を放し後ずさっていく。
僕は後ずさってくるアールスの肩に両手を置く。
「大丈夫? アールス」
なんだか最近大丈夫?ばっかり言ってる気がする。もうちょっと語彙を増やすか。
「ナギ……」
「す、すみません。ワンダーさん。ワンダーさんの番は終わりましたので隣の先生に話を聞いてください。次の方」
フェアチャイルドさんも怖がっているのか恐る恐るといった様子で先生の前に立ち、差し出された職業用の水晶に手を置いた。
「フェアチャイルドさんに推奨された職は精霊術士ですね。もしやもう契約を?」
「は、はい……しています」
「ならば次はこちらを」
「わかりました……」
次は固有能力だ。
「フェアチャイルドさんの固有能力は智慧ですね。知力に成長補正のつく能力です。いい能力ですね」
なるほど。固有能力っていうのは自分の力を高めるものなんだな。でも知力向上かぁ。頭がよくなるって事かな? フェアチャイルドさんすごいじゃないか。
「では次の方」
ようやく僕の番だ。僕には職業何が出てくるかな。神様から転生者特典の優れた能力を貰ってるから勇者とか出たりして。
差し出された水晶を触る。文字が浮かび上がるけどもちろん読めない。ドキドキしながら先生の言葉を待つ。
「これは……ナギさんに推奨される職業は魔獣使いです」
「魔獣……使い?」
「はい。普通は動物使いの上位職として、ある程度動物使いを経験しなければなれないのですが、上位職だけが出るというのは珍しい事です」
上位職だけが出たから珍しいってだけか。少しがっかりしながら次の水晶に触る。
「これは……魔獣の誓い? そんなまさか……」
「これも珍しいんですか?」
「誓いという文言がつく能力は全てその道に熟練した者にだけ与えられる能力です。普通は最初から持っているなんて事は……」
これが神様の言っていた能力という事なのだろうか?
「これは魔獣を仲間にしやすくなる能力です。過去に魔獣との接触した事は?」
「ない……と思います」
「そうですか……。とりあえず隣へ。次の方」
隣の先生の所に行くと自分の望む職業と固有能力を求められた。いちおう固有能力と相性がよさそうだから僕は魔獣使いになる道を歩もうと思う。
「なるほど魔獣の誓いか……ブレイバーに続き珍しい事が続くもんだ」
「あの、そのブレイバーって何なんですか? 彼女は友達なんです」
「あんまりお喋りしてる暇はないんだが、いわゆる伝説の固有能力ってやつだ」
「伝説って?」
「ああ。ナギのクラスは一の二だ。教室は入り口から左方向に行った奥だ。後がつっかえてるから早くな」
「は、はい」
僕はその場を離れ部屋の外にいたアールス達と合流した。
「ナギはクラスどこ?」
「一の二、二人は?」
「あー、別れちゃった。私は一の一」
「一の二……です」
「フェアチャイルドさんとは一緒だね。一年間よろしく」
「よろしく、お願いします……」
まだフェアチャイルドさんの顔が赤い気がする。本当に大丈夫だろうか。
「それでナギは職業とこゆうのうりょくだっけ?何が出たの?」
「僕は魔獣使いと魔獣の誓いっていう能力だよ」
「え……」
フェアチャイルドさんは驚いたように目を見開いている。
「フェアチャイルドさん知ってるの?」
「いえ……その……魔獣って怖そうだなって……」
「ああ、確かにそうだね。僕見た事ないんだよね。魔獣ってどんなのだろう」
「やっぱ角がいっぱいあって魔物みたいなのじゃないかな」
「魔物も見た事ないんだよね。さて、そろそろ行こうか」
話を適当に切り上げ僕達は各々の教室へ移動する事にした。
教室では子供達が楽しそうにふざけ合っていた。まだ担任の先生は来ていない。座席表みたいなのはないかと探してみたが見つからなかったため適当に座る事にする。フェアチャイルドさんも僕の隣に座った。
座席は全部で十席しかないから一クラス十人前後みたいだ。結構少ないけどその分先生の目が届きやすいという事なんだろうか。
(この世界にも黒板ってあるんだなぁ)
教室の様子は僕の知っている学校と大差はなかった。
入学式というものはなかった。しかし、担任の先生からこの学校の理念について語られる事になった。
『君達にはまだ理解できないかもしれないが』そう前置きして先生は語りだした。
『この学校はアーク王国と同じ理念に基づいて運営されている。それが『子は宝、子は国力、子は未来』という理念だ。
『子は宝、子は国力、子は未来』は約千年前人々を救いアーク王国を建国した勇者アークが残した言葉だと言われている。
この言葉は国を、人を守るのは未来の子供達。子を守り、育て導くのが大人である自分達の仕事だという事を忘れてはならない。そんな意味がこもった言葉だ。
そして、それを実践し続けて来たからこそこの国は魔王軍に囲まれつつも約千年の間魔王軍に飲み込まれる事もなく生き残れたのだ』。
この話を聞いた僕は助けた子の事を改めて思い出した。今はどうなっているか分からないけど、強く生きていてほしい。
そして、願わくば今隣にいる子にも未来があってほしい、僕の勘違いであってほしいと願う。僕は心配性、というか割と後ろ向きな考えをする人間なんだ。子供の不幸なんて見たくないと考えつつもつい最悪の事態を考えてしまう。
「ナギさん……どうしましたか……?」
フェアチャイルドさんの声に僕は今は何を学びたいかアンケートを書いている途中だという事を思い出した。
「ああ、いやその、どうしようかなって思って」
「魔獣使いに……なるんですか……?」
「一応そのつもりだよ。固有能力的にも相性いいらしいし」
でもそうなると何を学んだらいいかが問題になる。アンケート用紙には武術、剣術、槍術、魔法、精霊魔法がある。
「魔法と精霊魔法って違うんだね」
「精霊魔法は……精霊の力を借りる魔法なんです。力を借りるだけだから、魔法みたいに扱うのは難しくないんですけど……その強さや効果は、契約した精霊によって違うんです」
「なるほどねぇ。ん~どうしようかな」
どうせアンケートだし深く考えなくていいかな。
とりあえず剣術と魔法にしておこう。
「フェアチャイルドさんはやっぱり精霊魔法?」
「はい……」
アンケートを提出した後は教材の配布に学校から張り出される依頼の説明。それに校舎内の案内。最後に連絡事項を伝えられ今日の所は終わりとなった。
僕は辺りを見渡して話しかけやすそうな子を探す。依頼は今日からできるらしいから一緒にやって仲良くなろうと思ったからだ。
とにかく手あたり次第声をかけてみる。もちろん男女問わず。だが反応は芳しくなかった。たぶん家がグランエルにある子達ばっかりだからで、きっとお小遣いをもらえるから自分で稼ぐ必要があまりないのだろう。
取り敢えずついてきたのは男の子二人だけだった。フェアチャイルドさんも一緒に来るみたいだ。
男の子達の名前は赤毛のツンツン頭で生意気そうな顔をしているのがカイル=バーンズ。
もう一人が眼鏡をかけていて茶色の髪をおかっぱにした子がラット=フォールド。
早速依頼が張り出されている掲示板の所へ行こうと、四人で教室を出た所でアールスに捕まった。
「ねぇねぇ遊びにいこ!」
「ごめん。僕達はこれから依頼を受けに行くんだ」
「え? じゃあ私も行く!」
「僕はいいけど、他のみんなはどうかな?」
聞いてみるけど異論はない様だ。むしろ男の子達が妙にもじもじさせているのが気になる。トイレだろうか。
「よし。これから掲示板の所に行くけどトイレに行きたい人は先に行くんだぞ。集合場所は掲示板な」
と言うとフェアチャイルドさんが僕の袖を小さく掴んで弱く引っ張ってきた。何やらもじもじとしている。
「……と言うわけで僕はトイレに行くから」
男の子達と分かれると僕はフェアチャイルドさんをさり気なく隠すように移動して歩き出した。すると、アールスも遅れてついて来た。