守ってきた物
出発までの一週間の間も僕は精力的に活動をしていた。
まず日帰りで実家に行き両親に挨拶しグミとナミの近状を教えてもらった。
二羽はどうやら子供の相手をするのが好きらしくよく村の子供達の面倒を見てくれているようだった。
そんな二羽とヒビキに故郷について聞いてみると帰れるなら帰りたいけれどそれは今でなくて良いし、グミとナミは帰りたくなったら自分達だけで帰ると答えた。
気を遣わせているのかと思ったがどうもそうではないらしく、隠れながら移動するから身体の大きな僕は邪魔らしい。これを聞いてなるほどと思った。
三羽が何から隠れるのかは分からないが隠密で移動するなら僕はいない方が良いだろう。それに僕が一緒だと食料等の荷物も持って行く事になるだろうからたしかに邪魔だ。
そして、ヒビキは僕達と別れたくないと言い、さらに両親とも別れたくないから故郷には帰りたくないし帰って欲しくないと我儘を言い出した。
故郷に帰ったら僕達とは二度と会えなくなると考えているんだろう。恐らくその考えは正しい。
たとえば、ヒビキ達が故郷に帰った後僕がヒビキにまた会いたいと願って飛行船を個人で購入し旅立ったとしよう。
しかし、その旅が無事に終わる保証はどこにもない。もしかしたら魔鳥や魔獣に飛行船を攻撃し墜落させるかもしれないのだ。
そうじゃなくても天候によっては危ないかもしれない。何も分からない未知の土地に行くのなら命を懸けなければならないだろう。
ヒビキの両親を探す為だったら若い内に命を懸ける旅をしても良かった。しかし、今はヒビキ達は故郷に帰るのに僕は邪魔だと言われ、さらに僕にはやりたい事もある。
もしやりたい事をやり切った後にヒビキ達に会いたくなったら会いに行くのも悪くないかもしれないな。
たとえ飛行機が墜落するような事故が起こっても無事に降りる自信はある。その場合僕がグランエルに帰れなくなるかもしれないが。
ヒビキの我儘をグミとナミは今は帰る気が無いから大丈夫だよと言い慰めて事なきを得た。
しかし、いつかは別れの時が来るだろう。僕か両親か、どちらかとは別れの日は絶対にやって来る。
その日が来たとしてヒビキはきちんと選べるだろうか? ヒビキには自分のやりたい事を自分の意思で選べるようにもっと経験をさせよう。
グランエルに戻ってからはまずは同級生に会いに行き同窓会が出来なかった事のお詫び参りをした。
そしてそれが終わったらまだ滞在しているらしかったユウナ様の所にアールスと一緒に遊びに行った。
ユウナ様の開発している蒸気機関はすでに僕が助言できる範疇を超えていた。
車の試作車も出来ており、木製でアースと同じくらいの大きさで一人乗りの馬車が走っていると教えてくれた。出来るの早過ぎない?
そうして、一通りの挨拶を終えた後レナスさんと一緒にエンリエッタちゃんに会いに行った。
エンリエッタちゃんには去年グランエルを出る前に一度会って首都と王都に行く事は伝えてあった。
神の使者の件は話していないがシエル様の事を絵本にするにしても教会の許可は貰った方が良いだろう、という事で許可を貰いに行った事にした。
そして実際に許可を貰う事が出来たのでそれを報告した。
すると絵本自体はすでに出来ていると言って見せてくれた。
内容は注文通りシエル様の生態……もとい神様達の世界での暮らしっぷりを描いてくれていた。改めて絵本として読んでみると……やっぱり面白くないなシエル様の普段の暮らし。
エンリエッタちゃんが神秘的に描いてくれているから何とか読めるが……画集として出した方がましかもしれない。
エンリエッタちゃんも絵本としては売れないだろうという事を危惧している。
まぁ教会から聖書と一緒に出版するから売れそう売れなさそうはあまり関係ない。
だけどやはりある程度面白くないと誰も読んでくれなくなる。エンリエッタちゃんが折角描いてくれているのだからそこはどうにかしたい所だ。
しかしだからと言ってシエル様の事を子供達にもとっつきやすく知ってもらうための絵本なのだから脚色を加える訳にはいかない。難しい問題だ。
やはり挿絵として聖書に差し込んだ方がましだろうか?
エンリエッタちゃんと頭を悩ませていると天啓というの名のシエル様の声が聞こえて来た。捏造しちゃえ、と。
話の監修を僕を通じてシエル様が行えばいい。シエル様自身が監修するのだからシエル様への解釈違いを起こさないで物語を作れると言うのだ。
……いや、駄目だろ。今回お願いした絵本はあくまでも聖書に書かれる話と同じ物話になる予定だ。それなのに聖書にない話を勝手に作って世に出すのは不味い。
特にうまい考えも浮かばないまま悩んでいると突然エンリエッタちゃんがパンッと叩いた。
「このまま悩んでても仕方ないから一旦置いておいて、実はお姉ちゃん達に伝えておきたい事があるの」
「伝えておきたい事?」
「うん。実はね、『ピータとラビィ』が人気が出て関連商品が出る事になったの」
「え? 本当に? それはおめでとう」
『ピータとラビィ』といえば洋服を着て二足歩行で歩く黒と白の擬人化されたナビィ達を主役にした絵本だ。
「おめでとうございます。すごいですね。どんな商品が出るんですか?」
「人形とピータとラビィが着てる服が出るの」
「人形と服か。いいね。どういう販売形式で出すの? 受注? それとも個数限定での店舗販売? 予約は出来る?」
「人形の方は個数限定で店舗販売。服の方は人数制限有りの応募者を募っての受注販売だよ」
「人形の方は買うの難しそうだな。服は期限とかあるの?」
「販売方法が決定しただけで他はまだ決まってない。商品の方もまだ案が出てるだけで形になってないから応募開始は当分先だよ。お姉ちゃん買ってくれるの?」
「ナスに着せたい」
「あっ、それいいね。ナスちゃんを元にしたって言ってもいいから私も着てくれたら嬉しいかな」
「売り出されるのは人間用でしょう? ナスさんとは骨格が違うので着れないですよ」
「あっ、そうか……」
嬉しすぎてその事を失念してしまっていた。
ピータとラビィの着てる服はどれも可愛いからナスに着せたかった。自作するか。
「あっ、そっか……人間と同じ姿勢で描いてたから忘れてた……」
エンリエッタちゃんは作者らしい理由だ。
「でもついに関連商品が出るのか。好調だったらもっと他の商品とかも出て欲しいね」
「それは先の事過ぎて分からないよ。でもそうだね……もっと沢山の人に私の絵本を知ってもらいたいからうまくいって欲しいな」
「そういえばどうして黒と白の二匹なんですか? ナスさんは紫ですよね? お腹側は白ですから白いのはまぁいいのですが」
レナスさんが首をかしげてそう聞くとエンリエッタちゃんは薬と笑った後答えてくれた。
「元のナスちゃんから変化を付けさせたかったって言うのとナスちゃん以外にもお姉ちゃん達を元にしてるからだよ」
「私達を?」
「ピータはナギお姉ちゃんでラビィはレナスお姉ちゃん。アールスお姉ちゃんも入れた方が良かったかなって思いはしたんだけど……私アールスお姉ちゃんの事よく覚えてなくて」
エンリエッタちゃんは最後の方を少し残念そうに眉根をひそめた。
「まぁ小さかったから仕方ないよ。でもピータは僕っていうよりアールスのような気はするけど」
ピータは勇敢で好奇心が強く、最初の話ではラビィを冒険に誘っていた。物語を動かす以上そういう性格の方がやりやすいのだろうが僕とは違う気がする。
「ちょっとやんちゃにしてるけどラビィを大事にしている所はナギお姉ちゃんを参考にしてるんだ。ほら、頭を撫でるのはよくお姉ちゃんがやってたでしょ?」
「なるほど。大変良い着眼点ですね。ピータとラビィはきっと深い絆で繋がれているのでしょうね」
レナスさんなにやらうんうんと頷きながら恥ずかしい事を言っているぞ。僕とレナスさんを元にしてるって事はピータとラビィへの評価は僕達に帰って来るという事だぞ。
「二人は最初はただの幼馴染だったけど今は恋人同士だからね」
「えっ、そうなの?」
「あっ、設定の話しね。ナギお姉ちゃんに読んでもらった時はただの幼馴染だったけど、商業化するに当たって恋人同士になったの」
「そ、そうなんだ」
ちらりと横目でレナスさんの顔を見てみると何とも言えないような微妙な表情をしている。きっとレナスさんも何と答えたらいいのか迷っているのだろう。
「どうして恋人同士になったの?」
「編集の人の口添え。私としては別に違和感を感じなかったから言う通りにしてみたんだ」
「くふ……んんっふん。それは何とも反応に困りますね。私とナギさんが恋人同士でも違和感が無いと言っているような物ではありませんか」
「だってナギお姉ちゃんレナスお姉ちゃんの事とっても大切にしていたからいいかなって」
「なるほど。そういう事なら仕方ないですね。ナギさんは確かに私に優しくしてくれていましたから。ですがそれは私が身体が弱かったからなんですけれどまぁ仕方ないですね。ナギさんは優しくしてくれていましたから私に」
「それにレナスお姉ちゃんもナギお姉ちゃんの事好きだったでしょ?」
「そこは過去形にしなくても良いですよ。私は今でもナギさんの事は好きですから」
「おふぅ」
好きといわれ思わず口から空気が出て来た。この流れで好きとか言われたら勘違いしてしまいそうになるじゃないか。
けれどこの子は心を許した相手なら結構簡単に人の事を好きと言う。
だから知っている。この子は僕の事が好きだ。しかし、男として見られているかは怪しい。
アールスに対しても同じ調子で言うので簡単に信じて勘違いしてはいけないのだ。
というか信じたら今まで守ってきた物が壊れてしまう!