頭のいい人達に考えてもらおう
首都アークへ向かう際に軍から護衛も付けられた。大司祭様も同行するのだから当然だろう。
移動は馬車で、僕は自分達の馬車を使って移動するのかと思ったが僕だけは護衛の関係上四人乗りの箱馬車に護衛の兵士さんと一緒に移動する事になった。
護衛の兵士さんは配慮してくれたのか全員女性だった。
さらに教会から僕専用のお世話係として二人の年配の女性が付けられた。
一緒の馬車に乗る訳ではないが僕が乗っている箱馬車のすぐ後ろに付く別の馬車に乗りいつでもすぐに僕の所に来られるように待機していた。
最初の頃は厚い待遇に緊張もしたが首都に着く頃には慣れて一緒に乗っていた兵士さんと楽しくお喋りできるようになっていた。
首都アークに付くとまず最初に泊まる事になる宿へ案内されたのだけど、その宿が最高級の宿だった。
道中では教会を宿にしていたのでここに来ての最高級宿に驚き内装の豪華さに恐れおののきそうになってしまった。
レナスさんやアールスの手前醜態なんて晒せなかったから何とか踏ん張れたがいなかったらどうなっていた事か。
最高級宿にはなんと大型の魔獣が止まれる厩舎兼馬車倉庫があったので魔獣達と遠く離れる必要が無かった事に安堵した。
最高級宿で二日休みアークに来て三日目に王様と政府関係者との謁見が行われた。
王様とは言うがそれは象徴としての呼び方で役割としては王国の統治機構である議会の代表である議長を務めている。
基本的には議会で議員から出た意見を記録し纏めて採決に持っていくのが仕事だとは聞いている。
議員は選挙で選ぶわけではないので僕や一般市民にとってはあまりなじみがなく紹介されてもいまいちピンとこなかった。
それと言うのも議員は各都市の都市長が二名任命して首都に派遣するので市民の意見が必ずしも反映されているわけではない。
その都市長も各都市の組合の長だったり近隣の各町村の長が集まった上で話し合い票を入れて決めるので、こちらもまた一般市民には遠い存在だ。特に僕のようなあちこちを放浪している冒険者にとっては。
最初の王様への謁見は首都の中心にある国会議事堂で行われ、互いの顔見せという側面が強く深い話はせず終始和やかな雰囲気で終わった。
本格的な話は謁見の二日後、国会議事堂の会議室で行われた。
そこでは議員だけではなく当然のごとく王様もいたので僕の緊張度は最高まで高まってしまった。
行われた話は主に僕と神様の目的についてだった。
神様は一体なぜ僕をこの世界に転生させたのか、そして僕自身はどんな目的があって転生を受けたのかをまず先に確認したようだった。
神託の時に説明されていたと思うけど念の為に話を聞きたいのだろう。
真偽を疑われても面倒なので僕に対する真偽を判別する魔法ライアーの使用を僕の方から持ち掛けた。
王様は神とその使者を疑う事など出来ないと一度はお断りになられたが後から疑う者が出ても嫌だったので何とか許可をいただいた。
目的については本当に裏なんてものは何もないので素直に答えた。
僕が夢と勘違いしたまま転生する事になった件については神託の時になされた説明とはちょっと違い議員さん達から失笑を貰ってしまった。
僕が転生した理由はただもう少し生きたかっただけで特に目的はない。シエル様が僕を転生させたのはこの世界のエネルギー源となる魂の輝きを補充をする為でそれ以上の理由はない。
ツヴァイス様を助けるためと言われても別に間違ってはないが、それが仕事だからでも通るだろう。
補足として僕が前世の記憶を保持している理由についても触れておく。
これは昔シエル様に教えてもらったが転生に対するお礼や転生後の世界で知識を役立てて欲しいというのもあるようだけれど、一番の理由は別。魂の輝きを少しでも抑えて欲しいからだ。
魂の輝きは世界の原動力となるエネルギーであると同時に魂が新たな世界になる為のエネルギーでもある。
その為輝きが増していくとそのうち新しい世界、シエル様達のような神様になってしまう。
そして、その輝きというのは生き物として無垢な状態が一番輝きを増しやすくなる。
なので小さい子供の頃に亡くなるのを繰り返すとあっという間に輝きが増してしまい新たな世界になってしまうのだ。
世界の中に世界が出来てしまうと出来た世界を外に出す為に病気になった時のような苦しみを味わいながら吐き出してしまうらしい。
そうならない様にある程度輝きが増してしまった魂は転生させず、世界の中にある天国と呼ばれている魂の安息所で輝きを燃料にして収まるのを待ってから転生させる。もしくは僕の魂の様に容量に余裕のある世界へ譲渡するのだ。
しかし、そうして譲渡した魂は輝きすぎているので前世の記憶を持たせて生まれても無垢な期間を極端に短くさせてなるべく長く転生後の世界に留まれるようにしている訳だ。
それだけ説明した後僕は王様から感謝の言葉を賜る事になった。
なぜ急に? と疑問に思いすぐに返す事が出来なく大変失礼な事をしてしまった。
しどろもどろになりながら理由を聞いてみるとどうやら僕が昔作りアールスのお爺さんに丸投げした気球が今回の魔王軍の侵攻を事前に察知するきっかけとなったらしい。
北と東の前線基地は一年前から壁の向こう側を気球を使って偵察する実験を行っていたのだとか。
広過ぎる土地に効率の良い運用の仕方を模索している内に魔王軍を動きを察知する事が出来て早めに動けたようだ。
まさかアールスの為に作った気球がそんな役に立っていたとは知らなかった。
だが役に立てたと言うのなら作っておいて本当によかった。
しかし、気球を作れたのは前世の知識のお陰だ。前世の世界で先人がいてくれたお陰なので気球の制作においては僕の名前を出さないようにと念を押して頼んでおいた。
僕の想像で生み出した物ではないのに神の使者が気球を作った等と祭り上げられるのはまっぴらごめんだ。
それから議員さんの中から前世の記憶の聞き取りをしたいと願い出てくる人が出てきた。
僕は前世でも学生の身分で詳しい技術などは伝える事は出来ないし、そもそも前世の世界と今世の世界では同じ物理法則なのかどうかも分からないのでどれくらい役立てられるか分からない事を伝えておく。
ただ数学については同じ十進数を採用している事もあり大きく違う事は無いと思うが、多分恐らくきっと僕が習っていた数学の知識程度はすでに物にしているだろう。
だがそれでも伝えておくべき事柄はきっとある。
僕にとっては過去であり、この国にとってはこれから発展した先の未来に起こるかもしれない事柄。そうつまり歴史だ。
前世の世界の歴史で起こった事件や問題を教えることは出来る。
全く状況の違う二つの世界を比べた所で単純な答え合わせにはならないだろう。
それに具体的な問題を指摘するには一般的な学生でしかなかった僕の知識は浅い。
けれどどんな問題が待ち受けているか分かっていれば事前に考える事が出来る。
問題定義しただけで完全な回答を用意できないのは無責任かもしれないがそれでも伝えないよりかはましだろう。
浅学な僕が無責任な問題定義をする事になってよいのならという条件を突き付けてみるとそれでもという声が多かった。
それならば後は頭のいい人達に考えてもらおう。
物理法則は魔素やマナという不思議物質が存在している時点で前世の世界の法則は当てになりません