好きこそ
今年の春期休暇は珍しくフェアチャイルドさんが故郷へ帰った。
毎年体調を理由に帰らなかったけれど、今年は運動を始めたお陰か調子がいいからと帰る事を決めたらしい。
もう運動の効果が出たのかと疑問には思ったけれど、故郷に帰るだけだよね。
そんな訳で今年の僕は寮の自室で一人だ。
アイネもナスが帰らないなら自分も帰らないと言って残っているから昼間は寂しくはない。
夜になっても上の学年の子はほとんど故郷に帰る事がなく、多くの子達が残っている。
不便な村よりも便利で御洒落ができる都市の方がこの年頃の女の子はいいのだろう。長年親から離れた生活をしているからいい加減慣れているだろうし、友達だっているんだ。
そんなわけでフェアチャイルドさんがいない事以外は寮での暮らしはあまり変わっていない。お風呂だって今では目隠しをしてても一人で入れるようになっている。さすがに人のいない時間は狙っているけれど。
何かあるとしたらそれは、フェアチャイルドさんがいなくて寂しいという事だろう。
一人の部屋で僕は黙々と選択科目の錬金術の授業で出された宿題。魔力道具の作成をしている。
今回道具に使われるのは魔創石という魔素に侵された魔障石を加工した物だ。
魔障石は魔素を半永久的に放出する石の事で、他にも魔障木とか魔障鉱とかもある。
全ての魔障とつく物質は魔素を生み出す物質から魔力を取り込み蓄える物質……魔創石、魔創木等、魔創と名の付く物質に加工する事が出来る。
さすがに魔創石を作る事は出来ないけれど、宿題ではこの魔創石をさらに加工し、魔力を籠めるだけで魔法を使えるようになる魔法石という物を作らないといけない。
魔法石にする事自体は簡単だ。魔創石に封印の魔法陣を刻み、魔法を魔創石に向けて使い封印させるだけだから。
難しいのは魔法陣を綺麗に刻まないと効果が落ちるから、なるべくゆがまないように魔法陣を刻まないといけない事くらいか。
僕のような子供の手の平に収まるほどの大きさの魔創石に刻むのはそう難しい事ではなかった。
加工した魔創石は全部で五つ。一つでも完成度の高い石があれば宿題はクリアとなる。
僕の目では魔法陣は全部問題ないように見える。
ここまで来たら後は何の魔法を籠めるか、だ。この大きさの魔創石だと籠められるのは生活魔法か神聖魔法でヒールやステータス、サンライト位だろう。
魔法石の中に封印された魔法はいわば小さな小さな火。外から燃料を与える事によって火を大きくして使う。
燃料である魔力を蓄えられる量は魔創石の大きさに比例し、小さい物にマナ消費量の高い魔法を籠めても魔力が足りなくて使えない。一応小さな物でも集めれば魔力消費量の高い魔法も使えるけど、今回はそういう宿題ではない。
ステータス籠められたら便利そうなんだけど、これはシエル様の神聖魔法だからな。どうしようか。もういっその事ばらしちゃってもいいかな。
……とりあえず保留だな。
一つの石に籠める魔法はとりあえずクリエイトウォーターにした。
クリエイトウォーターみたく出した水の量によって消費魔力が変わる魔法は最終的にどんなに魔力を使おうとも限界を超える魔力量が必要とされない限り魔力を持続的に籠めれば魔法を使い続ける事が出来る。
……そうだ、フェアチャイルドさんが使えない属性の魔法を一つプレゼントするのもいいかもしれない。
精霊に魔力道具の使用の可不可は知らないけれど、聞いてみればいいだけだ。
魔法と精霊魔法は使える属性が違う。魔法よりも精霊魔法の方が使える属性は多いんだ。ローランズさんが使う木の魔法なんかがいい例だ。
魔法の中でフェアチャイルドさんが使えない属性は雷、風、土。後は神聖魔法か。
この中で魔法石にして実用的な生活魔法は無い。
雷は本当に電池代わりとして使えそうだけど、そもそも電池が必要な物がこの世界にはない。使うとしたらスタンガン的な使い道かな? ただその場合も魔法は相手の魔力の量が多ければ多いほど効果が薄くなるから、魔法の電気だと相手によっては効果が薄くなる。
風はこの大きさの魔法石だと魔力操作が使えないとただの扇風機だ。そして、フェアチャイルドさんの魔力操作は精霊魔法にはあまり必要ないのであまり上手ではない。
土もこの大きさの魔法石で動かせる土の量なんてたかが知れている。魔力の量が多ければ石を生み出したりは出来るんだけど、それは未だに僕でも無理な領域だ。
となると籠める魔法はヒールになる。うん。いいんじゃないか? ヒールは傷の大きさに比例して魔力を消費するけど、筋肉痛とか小さい怪我程度なら治せる。
早速魔法石の一つにヒールを使い封印させる。
成功しているかどうかは見た目が変わらないから使ってみないとわからない。
全部終わってから実験しよう。
翌日、魔法石が上手くできた事に浮かれながら剣術の補講に行くために寮から出ると聞きなれた元気な声が僕の名前を呼んだ。
誰かなんて確かめる必要もない。アイネだ。
アイネも剣術の補講を受けている。選択科目も剣術を受けているんだけど、意外と剣を持って暴れるのが性に合ったらしい。楽しんで補講を受けている。もっとも、暴れすぎてしょっちゅう先生に怒られているけれど。
「ねーちゃん、今日は一緒にたたかおーよ」
「いいけど、暴れないって約束できる?」
「うん。できるできるー」
適当な口調だ。もし暴れたら叱ろう。
校庭につくとすでに何人かの子供が準備運動をしている。その子供達の中にカイル君がいたので僕は声をかけた。
「おはよう。カイル君」
「ん。おはよう」
「にーちゃんおっはよー」
「また来たのか……」
カイル君はよく暴れているアイネを快く思っていないようで眉をひそめている。
やっぱりきちんと叱っておくか。
それはともかくとして、僕は昨日複数作ったヒールの宿った魔法石の一つを取り出した。
「カイル君。はいこれ」
「……なんだこれ? 石?」
「僕が作った魔法石だよ。ヒールの魔法が宿ってるから魔力を籠めれば軽い怪我なら治せるよ」
「これを、俺に?」
「うん。たしか魔法あんまり得意じゃないよね? 魔法石使えば安定して使えるよ」
魔力操作に自信のない人間でも手軽に安定して使えるのが魔法石の利点だ。
逆に言えば魔力操作に自信がある人にとってはただの邪魔な石でしかないんだけど。
「あ、ありがとう」
「うん。はい。アイネにもね」
「あたしにも?」
「うん。アイネはまだヒール使えないよね?」
「うん。神様とかきょーみないし」
「……アールスの前でそれを言ったら駄目だからね?」
怒る訳じゃないだろうけど、多分すごく傷つく。
ヒールは昔ハイマン先生が言っていたように神様を信じてなくても誰でも使えるんだけど、やはり信じているのと信じていないのとでは大きな差がある。
まず、信じていないと中々ヒールを使えるようにならない。そして、使えるようになっても消費魔力の量が多かったりする。
アイネの場合は信じる信じない以前に興味がないからさらにヒールを覚えるのは遅くなるだろう。
神聖魔法は力量以上に神様の事をどの位理解しているかで授かる魔法に差が出る。たとえ神様を信じていても信じていなくても何かしらの神様に対する自分なりの答えがあれば回路が神様と繋がる可能性が出てくるんだ。
けど、アイネの様に興味がないっていうのは神様について考える事がないって事だ。そうなると当然可能性は枯渇し、最悪ヒールを覚えられないという事になる。
冒険者や兵士などの戦いに関係する職に就く気がないならそれでもいいんだけど。
「……でもいいのか? これ。宿題に出す奴じゃ」
「先生に出すのは一つでいいから。比較的出来の悪いの渡しただけだから気にしないで」
「お、おう」
「でさ、ねーちゃん。まほーせきってなに?」
何なのか分からないで受け取ったのか。
アイネに魔法石の事を分かりやすく説明し終わると、丁度良く先生が校庭へやってきて補講が本格的に始まった。
アイネの戦い方は基本に忠実な僕やカイルとは違いとにかく足を使うタイプだ。細かく動き回り相手の隙を狙う戦い方。僕やカイル君から見たら基本が全くなっていないので隙だらけに見えるんだけど、同じ初心者相手だとアイネは戦いにくい相手のようだ。
「……ちょっと俺があいつ負かしてくる」
「いやいや、大人げないって」
まだ子供だけどさ。
アイネは連戦連勝して調子に乗っているのが傍から見てもわかる。アールスだったら僕に嬉しそうに報告はしても真面目だからしっかりと稽古をしていたんだけど……。
でも、何となくだけど、アイネにはアールスと同じように光るものがあるような気がする。それだけに今のままじゃもったいない。
「僕が行ってくるよ。約束もあるし」
「何もナギが行かなくても」
「アイネは僕の妹みたいなものだから」
アールスもそうだったっけ。妹のような、友達のような、そんな関係だった幼馴染。手紙を貰っているけど届くのは三週間遅れの情報だ。
アールスは今何をしているだろう。
おっと、空を見上げてる場合じゃない。
僕はアイネに近寄り、いたって友好的に約束通り模擬戦をしようと誘った。
四年生が一年生と戦うなんて、と思うかもしれないが補講ではむしろ上級生が下級生に教える事を推奨している。もちろん間違った知識を与える事もある為、先生に許可を貰わないといけないが。
アイネは喜んで僕と一緒に先生の元へ向かった。そして、先生からは何の問題もなく許可を貰えた。
本来なら細かい注意もあるのだが、僕には大雑把な注意だけで終わった。これが信用という物か。少し胃が痛い気がする。
胃にヒールを掛けつつ僕はアイネと対峙する。
「アイネ、手加減してほしい?」
「いらない!」
「わかった」
僕が頷くと同時にアイネが飛び込んでくる。速さはもしかしたら去年のアールスと同じくらいかもしれない。一年生でこの速さまで到達するとは。アイネ、恐ろしい子だ。
僕は真正面に剣を構えアイネを待ち構える。
僕の間合いの直前で軌道を変え真横に動いた。これがもしもアールスだったら急に姿が消えたように目に映っただろう。
けどアイネのそれは、ただ走っている方向を変えただけだ。いくら速くてもそれじゃあ駄目だ。アイネの姿がはっきりと捉えられ続けてしまう。
アイネは僕の右横に位置取ると、すぐに木剣を頭上から大きく振り落としてくる。
僕は慌てず騒がず自分の木剣の腹でアイネの木剣を受け止め、弾きそのままアイネの首筋に木剣の刃の部分をピタリと付けた。
「これで一回勝ちだね」
「むー」
アイネが不服そうに唸る。
「まだやるよね?」
「やる!」
この後アイネは何度も僕に挑んできたが大抵は最初の一撃で勝負が決まった。
散々負けてもアイネは泣く所か喜々として僕に挑んでくる。アイネの口元が笑っている事に気付いた時は思わず将来を心配してしまった。
「んー! 全然勝てない!」
アイネは楽しそうに悔しがっているが、さすがに一年生に負けるのは沽券にかかわる。
でもここは褒めておこうか。
「アイネすごいね。全然足捌きが衰えないじゃないか」
「でもねーちゃんには全然通用しないよ」
「そりゃ僕の方が年上だもん。そう簡単には負けられないよ」
「でも勝ちたーい」
「強くなりたい? なら、いい事を教えよう」
「え? なになに?」
興味津々なアイネに対し僕はアイネに感じた問題点を一つ一つ上げていった。
まずは大振りすぎる事。次に足を使うのはいいが、その所為で無理な体勢からの攻撃が多い事、無理に攻撃を通そうとする事、様々な問題点を挙げ、後は先生に丸投げした。
アイネからはねーちゃんが教えるんじゃないの? というツッコミが来たが、僕とアイネでは戦闘スタイルが違う。経験だって足りない僕がいい助言なんてできるわけないじゃないか。
こういうのは詳しい人に聞くのが一番の近道だとアイネに教えておいた。
アイネは納得いかない様子だったが、そこまでは知りません。
「あれでよかったのか?」
「いいんじゃないかな。調子に乗ってたって言っても誰かに悪口とか言ってた訳じゃないし。少し鼻が高くなってたくらいなら落とす必要はないよ」
「いや、その……ナギに教えて貰いたかったんじゃないかって事だけど」
「僕は人に教えられるほど強くないよ」
実際助言なんて気になった点以外は先生に言われた通りにしろ以外まったく思い浮かばなかった。
ああしろこうしろなんて知識も経験も全然足りない今の僕からは言えない。あくまでもこうした方がいいんじゃないか? 位の助言が精々だ。
アイネには多分固有能力には表れてないけど、アールスに近い才能があると思う。どれくらい近づけるかはわからないけど、僕の助言なんかよりも先達者からの助言の方がアイネの為になるに決まっている。
「そう言えばさ、カイル君は気づいた?」
「何を?」
「あの子、戦ってる時笑ってるんだよ」
「……笑ってる? 何が楽しいんだ?」
「それは分からないよ」
けど好きこそ物の上手なれと言うし、きっとアイネも僕を追い抜いていくんだろうな。
でも、他の分野……あー、足の速さも除いて、他の分野では負ける気はないけどね。




