奇行
皆と相談した結果僕は大森林へは行けない事が決まった。
やはり今は勝手な行動はとらない方が今後の為にいいだろうという判断だ。
非常に残念だがヒビキの仲間の件は本当にヒビキの仲間だった場合アイネにヒビキを託すしかなくなった。
最後の別れになるかもしれない出会いに僕が立ち会えないのは考えただけでも頭がくらくらしてくるほど辛い。
正直何故か僕の椅子になっているレナスさんが抱きしめてくれているおかげで心が落ち着く……気がする。
別の意味で落ち着かないというか胸が騒めいている気もするがいまは真剣な話し合いをしているので無視しよう。
ヒビキの件は時が来たらアイネに任せるという結論で一旦置いておいて次の話をする。
これから僕は避難民が帰ってくるまでグランエルを出る事は出来ないだろう。
「帰ってくるまでは魔法石の制作かな」
「ちりょーしなんだし前線基地から撤退してきた部隊のちりょーさせにいかせればいーのにね」
「それは軍の治療士がいるから僕は必要ないんだって」
「それは信用が下がっている証拠ですね。普通だったら止めるような事でもないでしょうに」
「アリスさんは魔獣達とマナ共有しているから魔法沢山使えるんですけどね~」
「パーフェクトヒール使えるちりょーしってそんなにいないよね? 近場の都市からから集めてもじゅー人てーどしかいないんじゃ」
「そうだよ。一ヶ所の前線基地に三人は常に駐在しているらしいけど……どうなんだろうね。手足りるのかな」
「傷口さえ塞いでしまえば後はどれだけ時間がかかっても大丈夫なんでしょう。注意すべき魔物は神様達が倒してくれたようですし。
それにあくまでも駐在している人数が三人なだけで事前に戦になる事は分かっていたんですし内部の都市からかき集めてはいるんじゃないですか?」
「それもそうか」
「そーいえば神様についてはこっちじゃどーゆーかんじで伝わってるの? どの神様が来たか分かってんの?」
「東の前線にツヴァイス様が来たというのは聞いてますね~」
「北と南にもシエル様とルゥネイト様表れたというのなら聞いています。どちらにどなたがまでは分かりませんでしたが」
「北がルゥネイト様で南がシエル様だよ。ああ、それでね、僕第十階位神聖魔法のリアライズを授かったんだ」
「それはおめでとうございます」
「はえ~、すごいですね~」
予想はしていたが二人共反応が薄いな。
「そのリアライズって何が出来る魔法なんですかぁ?」
「自分自身を理想の自分に変える魔法ですよ」
「……はえ~」
あっ、よく分かってないなこれ。
「それはちゃんと元に戻れるんですか?」
「身体の方は時間が経てば元通りになるよ。ただ記憶の方は残るから心への影響はあるみたいだね」
この元通りになるという事があるから僕はたとえ子供を産めるように身体を変えてから受精しても元通りの身体に戻る際に受精卵が無くなってしまうらしい。
しかし、僕の身体から生み出された物でも体内から離れた物は影響は受けないので産んでくれる相手さえいれば子供を作る事は可能なようだ。
今はまだ信用できる技術では無いけれど輸血する時に好きな血液型になって提供する事が出来るのだ。しかも減った血も魔法が解ければ減った事にならない。かなり便利な魔法である。
「……危険では?」
「だから周りの人達も十分注意するようにって言ってたよ」
「なるべくなら使わないでくださいね」
そう言って僕の身体を固定しているレナスさんの腕がぎゅっと締まった。
「う、うん。気を付けるよ。でも皆が揃ったら一度皆の前で使ってみようかと思ってるんだ」
「一度は使用してみないとどのような魔法か分からないですからね。皆が揃った状況ならいいと思います」
「そーいえばさ、りそーの姿になるってゆ~けどさ、服ってどーなるの?」
「え」
「使った本人の身体が変わるんでしょ? 例えばねーちゃんがおーがらのミサねーちゃんみたいな人間になりたいって願ったら服はどーなんの?」
「……ちょっと聞いてみる」
「こういう時交信できると本当に便利ですね」
シエル様からの返答は体形が大きく変わる場合破けるか服が頑丈な場合身体が割けるなり弾けるなりするから脱いでおいた方が良いそうだ。
ちなみに割けようが弾けようが死のうが魔法の時間が過ぎれば元に戻る時もう一度現実改変が起こり無事に生きて元の姿に戻れる様だ。
「やる時は念の為裸でやるしかないね」
「は、裸……」
レナスさんの締め付けが強くなる。顔は見れないが心配してくれているのか。……ちょっと苦しくなってきた。
「いや~さすがに毛布くらいはくるまっていてもいいんじゃないですかぁ? 話を聞く限り変身後も裸なんですよねぇ? 毛布なら破らないで隠せると思いますよぉ」
「ああ、そうですね。それでいいか」
「……まぁそれはそれで、よろしいのではないでしょうか?」
「レナスさん他に案があるの?」
「いえ、何もないですよ?」
「そう? 何かありそうな言い方だったけど」
「いえいえ、人前では使えそうにない魔法だなって考えていただけですよ」
「んふふっ、それもそうだね」
「ねーちゃんのりそーの人間ってどんなのなの?」
「それは実際に使ってみてからのお楽しみという事で」
どうなるかは実を言うと僕にも分からない。男になるのが理想だけれど具体的にどんな男になりたいかという物がないのだ。
出来る事なら今世の両親の息子として生まれた場合の姿を望みたいが……。
「ん……」
レナスさんが突然身体を揺らした。
「どうしたの?」
「ち、ちょっとお手洗いに……」
「ああ、うん。じゃあどくね」
レナスさんの上からどいて椅子から立ち上がり部屋を出て行くレナスさんを見送った後椅子に座り直す。
「……」
「アリスさん」
レナスさんから解放されてしまった開放感に寂しさを感じているとカナデさんが声を掛けてきた。
「はい? なんですか?」
「レナスさんはアリスさんの事をとっても心配していたんですよぉ。
大森林に向かったと聞いた日からアリスさんの無事の連絡が来るまでろくに眠れなかったんですよぉ。
今の奇行はそんな寂しさと心配の反動だと思いますぅ」
「ああそれで……」
カナデさんも奇行だとは思っていたのか。そしてアイネも助けてくれなかったのはこの事を事前に聞いていたからかな。
「いい加減心配させないようにしないとな……」
「今回の場合は事が事ですからねぇ。仕方ない部分はあると思いますよ~」
「どーしても心配させたくないならレナスねーちゃんの事ずっとそばにいさせたら?」
「それが出来たら苦労はしないよ。今回だってレナスさんの事連れて行きたくても連れて行ける状況じゃなかったし」
危険な場所に連れていけなくて安心していたというのは内緒だ。
「それもそっか。だったらもーこれ以上心配にさせるよーな事が起こらないよーに祈るしかないね」
「運命に祈るしかないかー」
運命を司る神様がいないのってひょっとして祈られても助けられないからか?
クロスマッチした上で輸血は出来るけれど衛生面の問題から血が足りない場合の最終手段として用いられています
輸血はその信用の無さから医療従事者以外にはほとんど広まっていない技術です