ずっとこのままで
皆と相談した結果アールスがミサさんとゲイルと一緒に怪我人を探しつつ東に向かう事に決まった。
ミサさんが一緒に行くのはアールスが寂しくない様にとのミサさんの思いやりだ。
僕とアイネは一度グランエルに帰る。
その後どうにか隙を見つけて戻って来れればいいのだけど。
別れ際にリアライズを見せて欲しいとアールス達三人からねだられたが、レナスさんとカナデさんがいる全員揃った時にお披露目した方が良いだろうと言ったら引いてくれた。
実際に使ったらどうなるのか分からないからいきなり使うのは怖かったというのもある。
一人の時にこっそり試そう。
そして、僕はアイネとゲイルを除いた魔獣達と、さらにサラサと共にグランエルへの帰路につく……前にバオウルフ様の所へ挨拶しに向かった。
バオウルフ様にヒビキにばれないようにこっそりと事情を話し、さらにアールス達の事を頼んだ。
その後本当にアールス達と大森林に別れを言って離れた。
帰る途中置いてきた荷物も回収する為に寄り道していると魔獣ではない多くの動物を発見した。
草原にはいないはずの種類もいたので恐らく大森林から逃げてきた動物達だろう。
皆南に向かって移動していた。逃げてきたはずの大森林に向かっているという事は危機が去った事を知ったのだろうか?
野生の勘なのか神様が助言でもしたのか。
なんにしても今は邪魔をする必要は無いし狩る必要もない。刺激しないように近寄らず先を急いだ。
グランエルには急いだので二日で着く事が出来た。
都市の大通りは人が避難したおかげで人影が全くない。
とりあえず依頼の報告も兼ねてまずは組合に向かい、そこでアイネは精霊との契約を解除した。
組合のある歓楽街もまた人影がなく普段の活気の良さを知っている身としては胸に来るものがある。
だけどもう戦いは終わった。避難した人達が戻ってくれば元の活気も取り戻すだろう。
組合での用事をすませ次は軍のグランエル支部へ向かう。
勝手に参戦してしまった事を怒られるだろうか? 怒られるだろうなぁ。
レナスさん達も心配してるかもしれないし……。
重くなってくる気分を振り切り歩みを進める。
支部に着くと僕はすぐにアイネと離され支部長室へ案内された。
そして、そこで僕は支部長さんにしばらく支部でじっとしていてほしいと言われてしまった。
直接的な言葉は無かったがやはり僕の行動には批判的で所々咎めるような言葉が出てきた。
具体的にどれくらいじっとしていればいいのか聞いてみると少なくとも大司教様が避難民と共に戻ってくるまでは待っていなければいけない様だ。
それまで待っていると確実に魔獣の件は間に合わない。
念の為避難民が戻ってくるまで大森林の魔獣達の治療を行えないかと聞いてみると却下されてた。
大森林の魔獣の治療は前線基地にいる治療士の仕事でありわざわざ僕がやる事ではないと言われ断られてしまった。
ヒビキだけでも連れてこっそり抜け出すか? 命令ではないし軍から命令される立場でもないから従わなければいけないという事は無い。いや、後々の事を考えたらそれは不味いか。
今は僕の信用は下がっている。今だって怪しいのにこれ以上下げたら本当に旅が続けられなくなるかもしれない。
アールス達の事を信じて託すしかないか。ゲイルにこっちの事情を伝えておかないと。
話が終わると僕はまっすぐレナスさん達のいる部屋へ向かう。別れたアイネもそこにいるはずだ。
部屋に向かう足が自然と速足になってしまう。こんなにも走らないよう気を遣うのは初めてだ。
部屋に着くと落ち着くために息を整え、それから扉を叩く。
「はい」
「僕だよ。今入って大丈夫かな」
そう聞くや否や勢いよく扉が開かれた。
開けたのはレナスさんだ。
怒っているのだろうか? レナスさんが扉を開けた姿勢のまま真顔で真っ直ぐ僕を見てくる。
「た、ただいま」
「はい。お帰りなさい」
僕がただいまを言うと真顔を崩しほほえんでこ返してくれた。
「帰るの遅くなってごめん」
いや、急いで帰って来た分むしろ早く帰って来た方なのか?
でもここに来てまず向かったのが支部長室でこの部屋に来るのが遅くなったのだから間違ってないか。
「大森林に向かったと聞いて心配しました。でもナスさんとゲイルさんを大森林に向かわせるとなった時そうなる事は予感はしていました」
「そ、そうなんだ」
静かで落ち着いた口調で話すレナスさんはいつもより大人びて見える。
「無事に帰って来てくれて嬉しいです。さぁ中に入ってください」
レナスさんに手を引かれ部屋の中に入るとカナデさんが椅子に座り作業している手を休め僕に小さく手を振って来た。
アイネはカナデさんの近くに椅子に座っている。
「まだ魔法石を作ってるんだね」
「全ての前線基地に必要分渡らせるには全然足りていないようですから。戦いが終わった分これからは一つの前線基地に予備も含め五百個のサンライトの魔法石を用意したいそうですよ」
「そりゃ大変だ。確かに他に行ってる余裕はないかも……アイネからヒビキの事は聞いた?」
「はい。あっ、座る前にちょっと失礼」
「ん?」
椅子に座って魔法石を作る作業に入ろうとした僕の背後にレナスさんが何故か立つ。
そして背後から僕の鳩尾の高さに手を回してきてしっかりと抱きしめてきた。
「れ、レナスさん?」
「よっこいせ」
僕を持ち上げ、そこからさらに視線が少し低くなる。椅子に座ったレナスさんの脚の上に座らされる形となったんだ。
「……レナスさん?」
「ナギさんは何度言っても私を心配させる事を止めません。これは罰なんです。ナギさんはこれからしばらくこのままです」
「ええ……」
助けを求める為にカナデさんに視線を合わせるが……駄目だ、ニコニコと笑っていて助けになりそうにない。
アイネは……目を逸らされた。
「ナギさん。逃げちゃ駄目ですよ?」
耳元で囁かれたレナスさんの声に心臓がドクンと鳴った気がした。この密着状態は……来るものがあるな。
「レナスさん。僕が男だってこと忘れてない?」
「忘れてないからしてるんですよ」
故意犯か!
「恥ずかしくてもうしてほしくないならもう心配させるような事をしたら駄目ですよ」
この子は……男がこんな事されて反省すると思っているのか!? むしろずっとこのままでいたいと思うぞ!
……いや、普通の男なら自分のような重量物を載せてる女の子の方を心配してしまうか。
「……重くない?」
「大丈夫です。鍛えられていますから」
「無理しないでね?」
これはむしろレナスさんへの罰になってしまっているんじゃないか?