神様って意外と適当
反射的にでも言ってしまったものは仕方がない。腹をくくろう。
「本当によろしいのですね?」
シエル様は確認するように聞いてくる。その表情は静かに笑みを浮かべている。
何となく僕の衝動的な回答を温かい目で見られているような気分になってとてつもなく恥ずかしい。
「はい。第十階位の魔法を授かる為に僕は今まで努力してきたんです。それに、もう神の使者になっているので第十階位を授かった所で……という思いもあります」
「それはそう。いえ、さすがに第十階位を授かったとなれば私に認められたも当然。那岐さん自身の価値はうなぎのぼり間違いなしです」
神様もうなぎのぼりとか言うんだな。
「確かにそうかもしれませんね。気を付けます」
「それで本当に良いのですね?」
「はい」
「一応人間達に警告をしておく事も出来ますよ」
「さすがにそれは止めてください……腫物扱いされます」
「そうですか……でしたらせめていつでも助けを求めてください。何があっても間に合えさえすれば那岐さんの関係者を全員連れて安全に誰も知らない土地に連れて行けますよ」
「……その時は頼みます」
そんな事態にはならないと願いたいものだ。
「そうですね。後は……第十階位神聖魔法をきっかけにまた那岐さんの内面に変化が起こるでしょう。ですが決して焦らずかつしっかりと自分の心と素直に向き合い正しさを見極める事です。でなければ全てを失う事になるでしょう」
「……はい」
「あ、あのっ! よろしいですか!?」
僕が頷いた後隣にいるアールスが手を上げた。
「はい。アールスさん。何でしょうか?」
「あ、ありがとうございます。第十階位の神聖魔法はそんなに危険魔法なんですか?」
「危険です。第十階位神聖魔法『理想を現実に』はその名の通り自分自身を理想の存在へ一時的に現実改変させる魔法です。
神の様にとまではいきませんがやろうと思えば種として最高の能力を固有能力も含めて得る事が出来ます。
それゆえ力に溺れ心が壊れる事が無いよう今の自分を肯定できる心の強さが必要なのです。
そして、その心の強さは魂の輝きの強さにも関わります。
魂の輝きの強さで私達は心の強さを測り、魂が曇っている人間には授ける事が出来ないのです」
今の自分を……だから僕はずっと授かる事が出来なかったのか。
今でも出来ているとは思えないけれど……。
「しかし、人の心に絶対はないのでたとえ聖人であろうと力に溺れる可能性は捨てきれません。良い機会だったので特殊な事例である那岐さんはこうして私が直に見て判断する事にしたのですよ」
「そう……なんですか」
「えぇ。可能性は低いと見ていますがゼロではないのです。どうか皆さんも那岐さんが道を踏み外さないよう見守ってください」
「はい。任せてくださいシエル様」
「頼みますよ。そして、最後にアールスさん」
「え? は、はい!」
まさか自分に用があるとは思わなかったのかアールスは突然の名指しに驚いた様子で返事をする。
「本来ならツヴァイスさんが直々に確認をするべきなのですが私達も忙しい身。那岐さんへの用事があった私が確認させてもらいます。
固有能力を修正した後恐怖を取り戻した事以外に変わりは無いですか?」
「ない、と思います。いつも元気です」
「それならばよかった。今直に見ても変わった様子はなさそうだったので安心しました」
「じゃあアールスは大丈夫という事でいいんですね?」
「ええ。ですがそれはあくまでも固有能力を修正した時の処置の後遺症が無いという意味です。
恐怖心を得てからの心の変化については私達がどうこう出来る事ではありません。那岐さん同様気を付けてくださいね」
「はい!」
「後は……私の方から特にありませんね。あっ、いえ一つだけアールスさんにお願いというか伝えておきたい事があります」
「な、なんですか?」
「何かあった時神だから許さなくてはいけない等という事は絶対にありません。
さすがに自然現象や人の営みの中での危機や運が悪いからと言って私達の所為にされても困りますが、アールスさんの固有能力の件については明らかにツヴァイスさんの不手際です。
その所為で犠牲者も出ています。
この事についてアールスさんは怒る権利があります」
「は、はい」
アールスはシエル様が何が言いたいのか分からないようで戸惑った声色で返事を返した。
「許すも許さないもアールスさんに決定権があるという事を忘れないでください」
「わ、私は別に怒ってません……」
「それならばそれでいいのです。ですが、私は那岐さんが私を許さない事を嬉しく思っている事を覚えておいてください」
「え、どういう事……ですか?」
「何度も言いますが私達は完ぺきな存在ではありません。間違いを犯す事もあります。それを指摘されず受け入れられ続けてしまうと私達は反省をしない傲慢な存在になるでしょう。
そうならない為にも私達に対して正しき怒りを示してくれる那岐さんの存在は貴重でとても嬉しい事なのですよ」
「そうなんだ……ナギ、シエル様の事怒ってるの?」
ここはきちんと答えてあげよう。
「寝ぼけ眼みたいな状態で重大な契約をされた事は別にまぁいいんだけど、シエル様がそういう状態だって分かってて契約を持ち掛けてきた事は許してないんだ。正直詐欺の一種じゃないかと今でも思ってる」
「あー……シエル様は分かっていたんですか?」
「まぁいいかなって」
「見て、神様って意外と適当なんだよ。アールスも無理に許さなくていいからね?」
「アールスさんは昔の事をいつまでもほじくり出すような陰湿な人間になってはいけませんよ」
「シエル様にとっては昨日の事位には身近な出来事のはずでは?」
「昨日なんて私には昔過ぎます」
「本当に反省してるんですかね」
未だに許してないのは反省しているのかどうか分からないからなのだけど、もしかしてシエル様は僕が許さないという状況を楽しんでるんじゃないだろうか?