正しい選択
壁が破壊された事によって中級の冒険者は本格的に軍に協力する事になった。
今までは避難民の避難準備の手伝いだけしていたが希望者を募って守り切れず軍を無視し侵入してきた魔物を狩る仕事を任せるつもりのようだ。
侵入してきた魔物の目的は分かっていない。
地中に眠っている魔物を起こすのが目的なのか後方にいる人々を狙い混乱を引き起こすのが目的か、それとも補給線を断つのが目的か。
どんな理由にせよ放っておくわけにはいかない。
しかし、軍もどこにいるか分からない魔物を兵士を小分けにして探索できるほど余裕はない。
前線基地に送る補給部隊の人員を削れば少しは対応できるかもしれないがそんな訳にも行かない。その前に冒険者を使うというのが軍の決定の様だ。
魔物を探すというのなら僕の出番だろう。
グランエル中を探知できる僕の感知力なら効率よく探索できるはずだ、と支部長に掛け合ってみた所非常に苦悩させてしまったが許可が出た。
用意できる魔障石の残りが少なくなってきて作れる魔法石の数も少なくなってきたという事情もあり余裕が出来たという事情もあるようだ。
もちろん魔障石が全部なくなったわけじゃないから全員で行くわけにはいかない。
レナスさんとカナデさんには留守番をしてもらい魔獣達と一緒に行く。
護衛として兵士さんを付けて欲しいと言われたがそれは断り代わりにアールス達を護衛に付けるように頼む。
連携の事を考えたらアールス達の方が良いし個人技で兵士に負けていないだろうから少数で行くならアールス達でいい。アールス達にも事前に許可ではないが一緒に行きたいという旨を聞いている。
そして、何より軍は人材を無駄に使う余裕はないはずだ。
そこまで話すとそれならばせめてと連絡用に精霊との契約を条件に出された。
せっかく出された条件だが僕は精霊と契約できない。
神様との回線や固有能力に魂の容量を使っていて精霊と契約できるほどの余裕が無いのだ。
なので理由を添えて僕以外の人と契約して欲しいと頼むとその方向で許可を貰えた。
誰が精霊と契約するかはアールス達に任せるとして出立の準備のため一度部屋に戻る。
そこで作業をしていたレナスさんとカナデさんに説明を始めようとしたが、先にカナデさんから質問された。
「か、壁はどうなってるんですぁ?」
「一応魔法で塞いでいるけれど前の物よりも脆いからあまり期待しない方が良いって聞きました」
「は、はうぅぅ~……」
カナデさんの顔が少し青ざめている。今の状況に恐怖しているのかもしれない。
「……カナデさん。怖いのなら今の内に避難していいんですよ? 用意できる魔障石もなくなってきたのでサンライトを使えるカナデさんなら軍も後方に避難する事を許してくれるはずです」
「こ、怖いですけど避難はしません! 私にだってできる事はありますから!」
やっぱりカナデさんは強いな。
僕は故郷の危機だからこうして踏ん張っていられるけど、僕がカナデさんと逆の立場だったら同じように踏ん張れて同じ事を言えただろうか?
いつになってもカナデさんは僕が見習うべき先輩だな。
「それでナギさんが魔物を探しに出るという話はどうなりましたか?」
「うん。許可を貰えたよ」
「それは良かった。すぐに出発を?」
「そうだけど、中級の冒険者として向かうからまず組合で依頼を受けて食料を受け取る必要があるんだ。アールス達に先に組合に向かってもらって僕は魔獣達の準備をするつもりだよ」
「なるほど食料は何日分貰えるのですか?」
「四日分だね。村に残ってる備蓄用の食糧が残ってたらそれも使っていい事になってる」
「軍が残してくれているでしょうか?」
「どうだろうね。行ってみるしかないよ」
今回の依頼は村長宅を使用したり備蓄用の食糧を自由に使えるように認められている。
しかし、さすがに家の物を盗む事は禁止されている。
盗みの問題は依頼終了時にライアーを使って窃盗の有無を確認するので問題ない。
着替えを荷物袋に詰めこの部屋で出来る準備を終える。
「じゃあ行ってくるね」
「無事に帰ってきてくださいね~」
「気を付けてくださいね」
二人とも笑顔で僕を見送ってくれる。
二人の笑顔に応えられるようしっかり全員無事に帰ってこないとな。
部屋を出てアールス達に会い話を伝えた後手伝いとしてミサさんがついてくることになった。
ミサさんを連れて魔獣達の所へ向かう。
魔獣達のいる厩舎にある魔獣達用の房へ向かうとナスがヒビキの遊びの相手をしていた。
いつもならゲイルも一緒に遊んでいるはずなのだけど……房内を見渡してみるとゲイルがいない。
「ナス、ゲイルはどこにいるのかな?」
「ぴ? ぴー」
どうやらアース達の所にいるらしい。
「ぴぴ。ぴぴーぴぴー」
「ゲイルが?」
何やらゲイルが悩んでいるようだ。大森林の件だろうか?
大森林はゲイルが長年暮らしていた故郷のような場所だ。仲間の事も心配だろう。
ゲイルはどうしたいと考えているのだろう?
とりあえずナスとヒビキを連れ、房を出てアース達のいる小屋へ向かう。
小屋に入るとアースとヘレンがいるのだがゲイルはどこだろうと見渡してみるが見つからない。
マナで調べてみてようやく見つけた。アースの頭の上にいるようだ。
よくよく見てみると確かにアースの頭の上にゲイルの白い毛が少し見えた。
悩んでいるいるらしいけれどとりあえず用件を先に伝える。
「……という訳で魔物を探索に行くけど大丈夫かな?」
「ぴー!」
「ぼふーん」
アースはめんどくさそうだがいつもの事だから大丈夫だろう。
「きー……」
ゲイルがアースの頭から僕の前に降り立った。
そして、僕を見上げまるで乞うように声を上げた。
「きーきー」
「ゲイルは大森林に行きたいの?」
「きー。きーきー」
どうやら大森林にいる皆を助けに行きたいらしい。
「……」
少し考える。
僕達は東の壁を越えて侵入してきた魔物を探さなければならない。
だから南にある大森林に行く可能性は低い。少なくとも魔物の動向を調べて把握して大森林に行くという可能性が上がらない限り行く事はない。そして可能性が出たとしてもかなり遅くなるだろう。
支部長さんの信頼を裏切って大森林の方に行くというのはどうだろうか?
それをしたら戦争が無事に終わったとしても僕達の信用はがた落ちだろう。
大森林の近くには前線基地があり、当然軍も戦っているだろうからアースとヘレンを連れた僕達がばれないなんて事は絶対に無い。
逆に大森林に行かなかった時どんな事があるだろうか。僕達にはほとんど問題ないだろう。
けどゲイルは別だ。大森林にはゲイルの仲間がいる。その仲間の危機にサラサが戻ってきておいてゲイルが戻ってこなかったら仲間はどう思うだろう?
ゲイルはそこまで計算しての発言だろうか?
「ゲイルはどうしても大森林に行きたい?」
「きー……ききー」
皆が心配だとだけ答える。という事は考えてないかな?
ゲイルだけで行かせる? 向こうにはサラサもいるけど……一匹で大丈夫だろうか?
なら誰かを一緒に向かわせる……アールス、アイネ、ミサさん……この三人の中なら一番戦力になるのは精霊使いであるミサさんだ。
だけどこの異国の地でゲイルとふたりだけで危険な場所に行かせる? 論外だろう。
となるとアールスとアイネ……アイネなら時止めが出来るから生存確率が高いか?
魔獣だとどうだろう。
ヒビキは無理だろう。ゲイルと二匹だけで行動するにはヒビキは精神が幼すぎる。
ナス、アース、ヘレンか。
この三匹の中なら消去法でナスかな。アースとヘレンはもしも僕達がオーゲストと出会った時対抗するのにいなくてはならない。
攻撃役はヒビキがいるからナスを融通しやすい。
いや、でも確か大森林を攻めているのはティタンか。となるとナスでもきつい? でもヒビキはさすがに送れない。
他にも問題なのは都市の外で魔獣の所有許可を貰っている僕がそばにいないと退治されてしまう可能性があるのだ。
野良の魔獣ばかりの大森林に着けばその懸念も必要ないだけど問題は道中か。
まとめると僕は大森林には行けない。ゲイルが行くとしたらついて行かせられるのはアイネとナス。アイネは連絡係の精霊を契約しなかったらの話だ。
ゲイルが将来大森林に帰る事を考えたら行かせた方が良い。今の安全を取るなら……僕達と行かせた方が良い。少なくとも大森林に行かせるよりは安全なはずだ。
「……ナス、ゲイルの事頼める?」
「ぴー!」
ナスは僕の言いたい事を理解しているように力強い返事をした。
「ゲイル。僕達は大森林には行けない。侵入してきた魔物を探すのが僕の仕事でやらなきゃいけない事なんだ。
それでもどうしても行きたいというなら、都市の外に出たらナスとふたりで大森林に向かってほしい」
人間を連れて行くのはやはり無理だ。食料の問題があるし軍に見つかったら言い訳が出来ない。
「でも、大森林に行ったら僕が迎えに行くまで絶対にバオウルフ様の所から離れちゃ駄目だよ。大森林以外の所で魔獣だけでいたら人に狩られる可能性があるし都市にも入れない。
繰り返すけれど絶対に僕が迎えに行くまで僕に会いに来ちゃ駄目だよ」
「きー」
「ナスも分かってるね?」
「ぴー」
「……」
これは正しい選択なのだろうか? ゲイルの将来を考えて今の危険を軽視していないか?
ゲイルの気持ちと将来を今の危険と秤にかけてどちらの方が重いんだ?
分からない。分からないけど……もう決断してしまった。
ならゲイル達の為に出来るかぎりの事をしよう。