僕達の旅 その5
朝起きると僕はフェアチャイルドさんに抱き枕にされていた。
どうやら星を見たままいつのまにか寝てしまったみたいだ。床で寝るつもりだったのに失態だ。
誰かが掛け布団を掛けてくれたようで寒くない。
起きようかと思ったけれどフェアチャイルドさんが両腕と両足を使ってがっしりと僕を捕まえているので起きる事が出来ない。
外そうと試みるけれど嫌そうな声をあげられて途中で手が止まってしまう。
どうしようかと現実逃避の為に窓の外を見てみると、空は白み始めていてベルナデットさんが部屋の隅で着替えていた。僕は顔を背けて着替えを見ないようにする。
どうやらローランズさんはまだ寝ているようだ
そう言えば昨日は窓を閉めた記憶が無い。開いたままだったんだろうか?
「おはようベルナデットさん」
「おっはよー。いい格好してるねー」
「あはは……助けて」
「起こせばいいじゃん」
「ですよねー」
分かってはいるんだけど、嫌そうな声が出るとつい……。
「えと、掛け布団掛けてくれたのベルナデットさん?」
「え? 私は知らないよ?」
「じゃあフェアチャイルドさんかな?」
「そうじゃない?」
「起きた時窓は閉まってた?」
「うん。閉まってたよ」
決まりだ。きっとフェアチャイルドさんがやってくれたんだろう。
とりあえず起こさなくては身動きが取れない。
フェアチャイルドさんを揺すりながら煩くならない程度の声量で声をかけ続けて何とか起きてもらえた。
「おはよう」
「おはようございます……」
そして、フェアチャイルドさんは何事もなかったかのように手足を僕から剥がした。
起き上がろうとするとフェアチャイルドさんから呻き声が聞こえてきた。
「うぅ……」
「どうしたの?」
「全身が痛いです……」
「筋肉痛かな? 『エリアヒール』」
エリアヒールは僕の魔力が届く範囲以内なら全ての傷を治す事のできるヒールの拡張版だ。その分魔力の消費量も増えてはいる。
この魔法はシエル様限定ではないから人前で気楽に使える。
フェアチャイルドさんの頭部以外の身体に癒しの力を満遍なく包み込ませる。
すると最初の頃はわからなかった治す時の独特の手ごたえが魔力を通して伝わってくる。
魔力がまるで炭酸のように傷口で泡立っているような、そんな感触。
「筋肉痛ってヒールで治るの?」
「治るよ。昔からよくやってる」
「へー、知らなかった! ナギさんって物知りなんだね。どこで治せるって知ったの?」
「イグニティ魔法国出版の家庭の医学っていう本に書いてあったんだ」
ほとんど眉唾物の情報だったけれど、中には昔から効果があると確認されている物もあった。筋肉痛にヒールとかもそうだ。
まぁ僕は本を読む前から試していたけど
「後ね、風邪とかの痛みも和らげることができるんだよ」
こちらは本で知った知識だ。ヒールで病気は治せないと聞いていたからてっきり効果がないのかと思っていたんだ。
この情報を知った僕は最初は自分で試し、効果を確認できてからは病気で痛いと嘆く子にもヒールをかけていた。
大変というか苦労したというか……効果を確認するのに時間がかかった。何せ今世の僕は健康優良児だから中々病気にかからなかったんだ。
ただし、本当に痛みを和らげるだけで症状を治すわけではない。失った体力は戻らないし、原因を排除できるわけじゃないからだ。
特に小さい子は体力がない子が多いため、ヒールを使って痛みを和らげても死んでしまう事が多いらしい
「どう? 痛みは引いた?」
「はい。ありがとうございます」
「す、すみません……私にもお願いします……」
ただの筋肉痛でほっと一息ついた所で、ローランズさんが今にも消え去りそうな声で助けを求めてきた。
宿屋の朝は早い。僕達が起きだした頃に、宿屋のおじさんもすでに起きていて朝食を食べられるようになっていた。
僕達は早速朝食を食べた後各自の体調の確認をした。
フェアチャイルドさんとローランズさんの疲れは取り切れていないみたいだけれど、調子が悪いというわけではないみたいだから二人からは早めに出ようと提案された。
僕とベルナデットさんは特に反対はしなかった。
たとえ途中で疲れが出て歩みが遅くなり、今日グランエルに辿り着けなくても野宿をすればいい。そのための食料はきちんと用意してきたんだ。
早速部屋に戻り荷物を整理し宿を出る準備をした。
そういえば宿屋で僕達以外の子供の姿を見ていない。
一体どこで夜を過ごしたんだろうと皆と一緒に疑問に思いながら宿屋を出た。
時間を確認すると今は七時前だった。出るのが少し遅くなってしまった。
先生も宿屋から出てくる。
先生に挨拶をして他の子達の事を聞いてみる。しかし、他のチームの事は今は何も言えないと言われてしまった。
帰る途中に会えるだろう。そう思い深く考える事はやめた。
「あっ、乗合馬車が来てるよ」
ベルナデットさんが指差した先は村の南口の近くの馬車置き場だ。
そこには青い色の幌に白色の紋章が描かれた幌馬車が置かれていた。
「本当だ。昨日のうちにここまで来てたんだね」
「乗っちゃおうか?」
乗合馬車は都市周辺の村々を回っている馬車で、お金を払えば誰でも自由に乗れる。バスみたいな物だ。
乗合馬車には三種類がある。
都市を中心に東西南北各方面決まった村を行き来する馬車。
都市周辺の村々を回り都市には寄らない馬車。
都市から都市へ行き来する馬車。
これらの馬車は幌の色で判別される。都市と村を渡る馬車が青、都市に寄らない馬車が赤、都市から都市へ行き来する馬車が緑色だ。
「ベル、そもそも馬車を使うのは駄目って先生に言われてます」
「あっ、そうだった」
「にしても乗合馬車が見れるなんて珍しいな」
「そうなんですか?」
「僕のいた村じゃやって来る人なんて滅多にいないから乗合馬車の数が少ないんだよ。それこそ週に一回くらいかな。フェアチャイルドさんの故郷はどう?」
「私は……わかりません。あまり外へは出なかったですから。ただ、私は初めて見ました」
「そっか……北の方はそんなに珍しくないのかな」
その言葉でその場を締めて僕達は村を出た。
ベルナデットさんは馬車を見て少し名残惜しそうにしていたけれど。
隊列は昨日と同じ、歩き方も昨日と同じで同じ道を歩いていく。
道中は何事もなく進めていた。
ただ、他のチームの姿が後ろを振り返ってみても見えない。
皆も気になっていたのか休憩時間に自然と話題に上がった。
「他のチームの子達何かあったのかな?」
「心配だよね」
「私達よりも早く出発しただけでは?」
「疲れて寝坊しちゃったーっていうならいいんだけどねー」
「具合が悪くなった子が出たのかもしれません……」
「何事もないといいけど」
結局他のチームに出会えたのは昼食を食べ終えた後だった。
話を聞くとどうやら寝坊して出発が遅れてしまったらしい。
どこに泊まったのかと聞くと、野宿をしたそうだ。他の二チームも同じく野宿をして、それぞれ体調を崩した子が出たらしい。
自分達のチームにも筋肉痛で苦しんでいる子がいたけれど、寝坊した遅れを取り戻す為に無理をさせて進んでいたという。
僕はその言葉に不快感を覚えたが、ここで僕が怒っても仕方ないと思い直した。
筋肉痛の子に筋肉痛はヒールで治ると説明した後、ヒールをかける事を提案した。
すると、ヒールを使える子がすぐに筋肉痛の子に対してヒールをかけてあげていた。
痛みで顔を歪めていた子が驚いた顔をした後笑顔になって回復した子と僕に対してお礼を言ってきた。
これで楽になればいいけど、痛みで消費したはずの体力は回復しないから楽な道のりにはならないだろうな。
僕は相手のチームのリーダーと思わしき子に無理はしないでねとだけ言って別れる事になった。
僕達の休憩時間はまだ終わっていない。
食休みの時間だけど、今どこにいるか、そしてこれからどう進んで行くか、その相談をする時間でもある。
地図で現在位置を確認すると昨日よりも進んでいない事が分かった。
原因はわかっているけど、今日は野営を覚悟した方がいいかもしれない。
「すみません。ナギさん。足にヒール貰えますか?」
「いいけど、疲労は取れないよ?」
「わかっています。ただ、足の裏が痛くなってきてしまって……」
「うん。わかったよ。他の二人はどう?」
「あー、私背中痛くなってきた」
「調理器具持ち歩いてるもんね。フェアチャイルドさんは?」
「私も足が……」
「わかった。じゃあ『エリアヒール』」
僕は魔力を皆が痛みを訴えている部分に集めて魔法を唱える。
ヒールは即効性がなく、それはエリアヒールでも変わっていない。回復が終わったかどうかは傷が見えなくても手応えでわかるから無駄な魔力を使わないで済むのが幸いだ。
これで体力も回復できたらいいんだけれど。
こう……回復しながら体力も与える事は出来ないだろうか?
気合を入れればできるかな?
「あー……なんだか気持ちいい~」
「朝かけてもらった時と違いますね」
「え?」
「うん。なんかぐにょぐにょ~って動いてる感じ」
「あっ、ごめん。魔力動かしてた」
どうやら気合を入れたせいで僕の魔力で圧が不規則にかかってしまったようだ。
「ナギさん、もうちょっとこう下の方に」
「ええ?」
ベルナデットさんの言うとおりに魔力を少し下にずらしてみる。
「あーそこそこ」
気持ちよさそうな声が上がる。ローランズさんも息を深く吐き気持ちよさそうにしている。
フェアチャイルドさんなんて顔を赤らめているじゃないか。
……あれ? これ不味くないか? 変質者っぽくないか?
僕は慌てて力を抜き回復に専念した。
「あれ? なんで辞めちゃうの?」
「無くてもちゃんと痛みはなくなるからね。……はい。もう終わり。お終い。痛みなくなったでしょ」
たぶんマッサージみたいになったんだろう。
次からは気を付けないと、こんなのセクハラじゃないか。
……でもマッサージ自体は悪くないか? マッサージは疲れが取れるっていうし……マッサージ本とか売っているだろうか?
「さぁ、そろそろ片付けよう」
片づけを終え歩き出すと僕はまた考え込んだ。
今度は他のチームの事ではなく魔法についてだ。
僕の一先ずの目標は生命力を分け与えるという神聖魔法『インパートヴァイタリティ』だ。
一向に覚える気配がない。けど、さっきヒールをしながら僕の体力を分け与えようとした。
けどそれは失敗してマッサージみたいになったけれど、方向性は悪くなかったかもしれない。
生命力を感じ取れれば覚える事が出来るかもしれない。
最近はお風呂場での修行で魔力感知の感知能力が上がってきている。もしかしたら今の僕でも感じ取れるかもしれない。
……けど、今はこの帰り道に集中しよう。家に帰るまでが遠足というし、何かあったら困るから気を抜かずに行こう。
道程の四分の三を過ぎた所で日が暮れた。
後もう少しで着くと言ってベルナデットさんとフェアチャイルドさんは先に進む事を主張したが、僕はそれを止めた。
今からグランエルまで着くのに恐らく四時間くらいかかる。暗闇の中四時間も歩くのは僕は避けたかった。
そして、それはローランズさんも同じようだった。
昨日は一時間で着けそうだったから進んだが、今日はその四倍だ。夜でも馬車は通るし、夜行性の動物も完全に起きて徘徊しだすだろう。
それに、どう見てもフェアチャイルドさんは疲れ切っている。昨日のように倒れてはいないけれど、まだ歩けるのが不思議な位ふらついていて、顔色も悪い。
ベルナデットさんが今日は私が背負うと言い出したが、疲れているのはローランズさんも同じだし、ベルナデットさんも限界が来ているのか目を手の甲でこすっている。
僕自身もまだ余裕はあるがあと四時間も歩けそうにない。余裕のあるうちに野営の準備をしたかった。
道の近くの草の生えていない場所に皆を誘導し僕は近くの林で枯れた木の枝を集めに行こうとした時、ローランズさんに呼び止められた。
「木の枝なら私に任せてください」
「ローランズさんに?」
「はい。アディ、力を貸してください。『ドルヤドの抱擁』」
ローランズさんが手を翳した先に突然地面から鋭い物が突き出てきた。
「うわっ」
突き出た物はよく見ると先が鋭く割れた細い枯れ木だ。
幾本もの枯れ木は空中で先が交差するように生えている。もしも中心に生き物がいたら……中々えぐい魔法だ。
「これ精霊魔法?」
「はい。アディ、枯れ木ありがとうございます」
空中に視線を向けて頭を下げている。そこに精霊がいるのだろうか?
「えと、そこに精霊がいるの?」
「ああ、いえ。いませんけど、声がする方向を向いてついやってしまうんです」
「そうなんだ?」
声が聞こえてくるって事は耳から直に聞こえてるのかな? シエル様の声は頭に直接聞こえて来るから方向なんてわからない。
「僕からもありがとうって伝えておいてよ」
「はい」
僕は地面から突き出ている枯れ木を抜こうと力を籠めると、意外なほどあっさりと抜けた。どうやら深い所から生えているわけではないようだ。
どうやって生えたのか、まさに魔法。
枯れ木を手頃な長さに折り、重ねてからライターで火をつけた。
「あれ? わざわざ木に火つけるの?」
「寝てる間までさすがに魔法を維持するなんてできないよ」
いや、待てよ? もしかして練習したら出来たりするのだろうか?
「見張りは交代でやるんでしょ? 見張りの子が明かり出せばいいんじゃない?」
「明かりの為だけじゃないよ。魔力の節約しないといざ何かあった時に魔力が使えなかったら危険な目に合うかもしれないからね。それに火は獣が嫌がるから獣除けにもなる」
「なるほどー」
「っていうか授業で習ったし、昨日も何回か言ってたよね?」
「……えへへ、そうだっけ?」
気まずそうに笑いながらも料理の準備をしている。もう普通の食材は使い切っている。今晩からは非常食を使う事になる。
非常食はブリザベーションが掛かっている食材だ。内容自体はお昼までの物と大差はない。
今回は僕は手伝わず、横になっているフェアチャイルドさんの傍へ近寄った。
痛い所はないかと聞くと、フェアチャイルドさんは首を横に振るだけだった。
痛くはなくても気分が悪いという事はあるかもしれない。
原因によっては気休め程度にしか効果はないけれど念の為にエリアヒールをかけようとした。
フェアチャイルドさんは遠慮をしたけれど、体調を崩したら元も子もない。使ってもまだまだ魔力に余裕はあるし、気休めかもしれないけどできうる限りの事をやらせてくれと言ったら、渋々ながらも了承してくれた。
エリアヒールをかけてみたけれどやはりあまり手応えがない。
けど少しだけフェアチャイルドさんの顔色がよくなったように見えた。




