海より来るもの
家族との別れを済ませ帰って来た僕に休む暇もなくその凶報を知らされた。
「大森林にティタンが!?」
「かなりの数のようです」
魔法石を作りながらも落ち着かない様子のレナスさんは空いている手を顎に当て、親指を立てて唇に当てている。長年一緒にいるけれどあまり見た事のない仕草だ。
悩んでる時の仕草のはずだけれど今レナスさんの心の中はどんな感情で満たされているのだろう。
「魔獣達が最初に発見したそうです。発見した場所が海辺で前線基地から遠く連絡手段がなかったから一日遅れてしまったそうです」
「一日だと確実に大森林を踏破出来てるね……」
「はい。魔獣達が足止めをしてくれているのでまだ大森林を超えていないそうですが……」
「南側の村の人達の避難はもう始まってたよね?」
「はい。西の都市ベエルゼに向かっているはずです」
「……レーベさんって治療士ではないんだよね?」
「はい。違います。なのできちんと避難しているはずです」
「そっか。それなら少しは安心だ。後は村を守れるかどうかか……僕は魔獣達の通訳できるけど、僕が行ったとして役に立つと思う?」
「そういう質問はアールスさんの方が詳しいと思いますが……私は役に立てるとは思えません。
そもそも魔獣達は人の言葉は使えなくても理解は出来ますし簡単な仕草で意思の疎通が可能です。
それに加え大森林近くの前線基地には魔獣に慣れている魔獣使いが配置されやすいらしいのでナギさんが特別赴く理由は無いと思います」
「そうだよね……」
「ナギさんは戦いたいのですか?」
レナスさんが顎に当てていた手を離し不思議そうに僕の方を見てくる。
素直に話を返してくれる辺りいつも通り冷静に見える。焦ってはいないという事だろうか?
「戦いたいというか、自分の出来る事を確かめたいだけだよ。後でああしていれば良かったってならないようにね」
「そういう事ですか……それでしたら支部長に聞くのが確実ですが」
「今は忙しいだろうからちょっと無理かな」
「ですね。アールスさんの意見を聞いてからにしましょう」
「うん。そうするよ。それで、聞くの遅れたけどこれからについて何か連絡来てるの?」
「来ていません」
「じゃあ変わりないかな。とりあえず次のレナスさんの休憩時間アールスとの情報共有頼めるかな?」
「任せてください」
僕がお願いをするとレナスさんは優しく微笑んでくれる。
駄目だ。やっぱり気になる。
「……レナスさんはしたい事はない?」
「どうしてですか?」
「いや、大森林の事で何か悩んでたようだからさ」
「ああ……どう参戦しようか考えていました」
「レナスさんも!?」
「はい。なのでナギさんも同じ事を考えていたのかと心配になりました。さすがに魔法石の制作に二人も抜けるのはどうかと思いまして」
「……それで、何かいい方法は浮かんだの?」
「ナギさんと話していて気づきました。私も出来る事が無いな、と……。
大軍に対抗するにはこちらも統率の取れた大軍を用意する必要があります。そこに私個人が入っても異物でしかなく連携の邪魔になる可能性があり物資を無駄に消費させるだけでしょう。
それでしたらここで魔法石を作っていた方が貢献できると思いました」
「レナスさんもその結論になるか……サラサ達はどうなの? 今どう思ってる?」
レナスさんの周りに浮いている精霊達に視線を向ける。
すると最初に自分の意見を言ったのはディアナだった。
「私はレナスの傍に居る」
『みんなしんぱいだけど……わたしも』
「……私は、私だけでも大森林に加勢しに行こうかと思ってる」
「サラサだけで?」
「確かに軍との連携なんて取れないけど森の精霊達とは仲いいし主様だっている。人間と違って物資を消費する事もないわ。
さらに言えば私はサンライトを使えるから魔法や固有能力しか攻撃手段を持たない魔獣と精霊達の援護が出来る。どうかしら?」
付け加えるならサラサ一人で移動するなら休みを取らずに一日移動し続ける事が出来るから早くたどり着ける。
「……僕は今すぐ支部長さんにこの提案を出してもいいと思うけどレナスさんはどう思う?」
「問題はシンレイの事が広まってしまう事だと思いますが……」
「責任を押し付けるようで悪いけどそこ判断も支部長さんにしてもらおう。僕達が考える事じゃない」
「それもそうですね。サラサさん。絶対に帰って来ると約束してください」
「当然帰って来るわよ」
方針が決まった所で支部長さん宛に手紙をしたため、それを支部の受付の人達に託した。
どれぐらいで返事が来るか分からないのでとりあえず返事が返ってくるまで魔法石の制作を進める。
手紙の返事が返ってきたのは一晩明けてからの朝一番だった。
僕へ呼び出しを受け素早く身支度を整えてから支部長室へ向かい話を聞く。
話し出す支部長さんの目の下には隈が出来、顔色も悪いから疲労がかなり溜まっていそうだ。
結論から述べるとサラサの単独での大森林への加勢は許可された。
ついでに僕が大森林の方に魔獣達と共に加勢しに行く事についての是非も聞いてみる。
すると疲れ切った表情でこれ以上仕事を増やさないでくれと懇願されてしまった。こんなの頷くしかないじゃないか。
疲労は一応ヒールである程度回復できる。けれど精神的な疲労までは回復は出来ない。
なのでインパートヴァイタリティで僕の生命力を分ける事を提案してみると少し迷った様子を見せながらも僕の提案を受けてくれた。
生命力を分け与えると少しだけ顔色が良くなった。後は良い物を食べられれば元気が回復するはずだ。
支部長さんとの話を終えた後僕は速足で部屋に戻りサラサに許可を貰えた事を伝える。
サラサはレナスさんとしばしの別れを惜しみ合った。
そして、サラサが旅立ち避難が始まった頃東の壁が崩れたという報が入った。