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大司教

 シエル様の使者の事が公表され三日後、ついに魔物の大軍が壁にたどり着いた。

 詳しい戦況は分からないが、壁が破壊されたという話は一日経った後でも聞こえてこなかった。

 けれど避難してきた人達と一緒に市民、それにまだ避難していなかった南部の人達もグランエルからの避難が発表された。

 不安に苛まれる中、ついに大司教様がこんな状況だというのにグランエルに来てしまった。いや、僕も人の事は言えないのだけれど。


 大司教様の来訪は極秘なので騒がれる事無く僕との面談は問題なく行われる事になる。

 長旅で疲れているだろうに着いた翌日に早速僕が大司教様の元へ赴く事になった。

 護衛兼付き人として軍の方から女性の兵士さんを一人紹介してもらい、迎えに来てくれた司教様達とも合流をし大司教様の待っている教会へ馬車に乗り向かう。


 道中馬車の中で司教様から大司教様について話を聞いておく。

 これから会う大司教様の名はレグレリア=カーマイスというらしく性別は男性。

 今回僕に会いに来たのは顔の確認と教皇様へお目通しする為の準備だという。教皇様と会うなんて緊張し過ぎて吐きそうになる。

 教皇様はアーク王国では王様の次に権威を持っていらっしゃるお方だ。

 初代国王であるアークが政治と宗教の分離を訴えたので政治的には表向きは何の力も持っていない事になっている。

 しかし、国民の大半を占める信者を纏めている組織の長が政治に何の影響力を持たないはずがない。

 さすがに権力を使ってぽっと出で目立ち目障りな僕を謀殺してくるという事はしないはずだ。

 そんな事をしても向こうは利点はないはず……。


 次に人柄を聞いてみるととても温和な方で一般信者の人達ともよく交流を持っているらしい。

 信仰しているのはラーラ様で大司教としては低い第六階位までを収めているようだ。

 普通高位の役職は階位の高さが重要視されるのだけれど現在第七階位以上の神聖魔法を授かっているのは僕を含めた治療士五人と教皇様、それに四人いる大司教のうち二人だけだという。

 大司教としては低い階位なのにカーマイス大司教が選ばれたのは他にいなかったッというのと、その人柄ゆえとも言われているらしい。

 そんな良さそうな人が今の時期にわざわざグランエルにやってくるという事は僕に会う事だけが目的なのか?

 実際の所どうなのか、それは会えばわかるか。


 大司教様が滞在している教会に着くと教会の周りで何やら慌ただしく人が行き交っている。

 司教様にどういう事か聞いてみると大司教様が人を使って避難民の避難準備を教会関係者が支援していて忙しく動いているらしい。

 そんな状況で司教がいなくて大丈夫なのかと聞いてみるとどうやら大司教様に一旦任せ、僕を迎えるついでに軍の方にあった用事を済ませてきたようだ。


 教会の中に通され、忙しそうに動き回る教会関係者の横を通り抜け執務室へ通された。

 執務室では老齢の男性が机に向かって書類仕事をしていた。


「大司教様。使者様を連れてまいりました。後の事は私がやりますので」

「分かった。使者殿、呼びつけておいて申し訳ないが仕事の引継ぎの為少々取らせてもらいたいのだが良いですか?」

「は、はい。もちろん構いません」

「ありがとう。とりあえず座って待っていてください」


 司教様に促され長椅子に座り仕事の引継ぎが終わるの待つ。

 本当に忙しそうだ。場違い感がすごいぞ。

 引継ぎはすぐに終わり大司教様は僕の方へ歩む寄って来たので慌てて椅子から立ち上がった。


「は、初めまして第九階位治療士のアリス=ナギです」

「初めまして。大司教のレグレリア=カーマイスです。そう硬くならずに。神聖魔法の階位も教会内の立場も貴方様の方が上なのですから」

「それは、私がシエル様の使者という事になっているからですか?」

「その通りです。神の使者ともあろうお方が私程度に頭を下げるのはよろしくない」

「……分かりました。以後気を付けます」


 大司教様より上なの!?


「とりあえず立ち話もなんですのでお座りください」

「はい」


 大司教様は僕が座るのを待ってから自分もようやく椅子に座った。


「今回私が貴方様に面会を望んだのは実を言うとこちらに来る口実作りなのですよ」

「……と、言うと?」

「そう難しい事ではありません。私の立場では今の状況で前線に近い都市にやってくるのは大変難しい事でした。ですが貴方様のお陰でこうしてやって来る事が出来たのです。

 しかし、貴方様の事を利用してしまいました。お許しください」

「なるほど……でもどうしてそこまでここに来たかったんですか? 大司教様の話では無理に来る必要はなかったように思えますが」

「避難民の為に慰安活動をしたい、今の様に司教の仕事の負担を少しでも減らしたい、私がいる事で窮地の中でも信徒達の結束を固めたい……理由は上げればいくらでもあります。

 ですが、一番の理由と言えばこの都市が私の故郷だからです。私の生まれ育ったこの街の為に出来る事をしたいと思っていたのです。

 東の方に不穏な影有り、というのは実を言うと昔から時読みのお陰で分かっていました。……具体的な時期は分かりませんでしたが。

 そして半月前にようやく魔物が大きな動きを見せたという報を受けたので私も動こうと思いました。

 しかし、私が動くには少々地位が上がり過ぎました。中々ここに来る許可を得る事が出来なかったのです。

 そんな折に貴方様の話を聞き、ようやく周りを説得出来ました」

「そういう事でしたか……私も気持ちが分かります。ここには今私の家族がいます。友人もいます。思い出もあります。グランエルを守りたいという気持ちは負けているつもりはありません。

 ですが私はまだ若輩者で経験が足りていません。魔法石の制作以外に何をしたらいいのか、何が出来るのか分からないのです。

 今前線基地には私の古い友人もいて戦っているはずです。彼、いえ、彼らの為にもっとできる事はないのかと歯がゆく思う毎日です」

「他に何かしたいというのなら私から申し上げられる事はただ一つ。前線で戦う彼らの負担にならないよう住民の避難を円滑に進める事だけです」

「それだけ、ですか?」

「それだけです。治療士として怪我を癒すという道もありますが、貴方様の立場しかできない事をする事を考えたらこの方法が一番多くの人を救える道だと断言します。そして、それは私も同じです。

 ただこれは私でも変わりが出来る事であり、私がこれからなそうとしている事なのです。

 なので無理に表舞台に立たれる必要はありません。もちろんやろうというのなら協力は惜しみませんが、恐らく魔法石の制作を進めた方が良いかと思います」

「そう、ですか……」

「老婆心ながら言わせていただければ焦って出した結論というのは往々にして後悔するものです。どんなに急ぐ時でも一度冷静になって考えた方がよろしいかと」

「ご忠告ありがとうございます」


 大司教様の言う通り今は魔法石の制作に注力しよう。


「それではそろそろ本題に入らせていただいてもよろしいかな?」

「本題? あ、ああ。はい。教皇様へのお目通しの件ですね」


 すっかり忘れていた。大司教様がこちらに来た表向きの理由はそれだったな。

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― 新着の感想 ―
[一言] >恐らく魔法石の制作を進めた方が良いかと思います  うん。  シエル固有の魔法石を作れる人は、まだまだ少ないですからねぇ。  出来る人が少ないのをやるのは合理的。
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