僕のやるべき事
軍のお世話になって一週間。ついにシエル様の使者が現れた事が公表された。
僕の名前は極秘事項として公表されなかったが戦線の状況によっては僕も民衆の前に出る事になると軍の支部長さんから知らされた。
そして、その戦線の状況だがつい昨日魔物が壁にたどり着いたらしい。
場所はここから北東。僕が以前治療士としてグランエルの軍と共に派遣された前線基地ビッテルよりも一日北上した辺りだそうだ。
ただこのたどり着いたというのは交易路を破壊した魔物達の群れであり、南の本拠地に集まっていた魔物の大軍ではないらしい。
大軍は依然として東進を続けていて、グランエルの東北東にある基地にやって来るだろうと予想されている。
そこで支部長さん直々にサンライトが活躍してくれている事を聞かされた。
どうやら魔物に対するせん滅力よりもやはり魔法を魔素での減衰なく通せるようになったのが大きいらしい。
マナの消費が大きいのが欠点だがそれを補って余りあるほど役に立っていてまだ厳しい状況だが希望は見えたようだ。
話を聞かされたついでに僕達が魔法石生産の為に分かれて他の都市に移動させられるかどうかを聞いてみるとその予定はないと返って来た。
その方が効率がいいかと思ったと伝えてみると、今僕達を下手に動かせるほど軍に余裕はないらしい。
とくに北の方は魔障石の確保と魔創石を作るのに人材を割けられず、
かといって西の方に移動させるにも移動の時間を考えるとグランエルにいたままでも変わりがない。
それならグランエルで魔法石を作ってもらっていた方が無駄がないとの事だ。
ただし、戦況によっては僕も避難民と一緒に避難する事になるだろうとも言っていた。
続けて昨日の戦闘を受けて魔法石の数について聞いてみる。
足りなそうだったらもっと僕が頑張る……と言いたいが別に僕だけで作っているわけではない。僕が頑張った所で魔創石が無ければ作れないんだ。
だから聞いたのはただの興味本位だ。
それで肝心の数だが、一つの戦場に百個もあれば十分だろうという報告が出ていた。
そして、今まで作った分だけで東側の前線基地だけなら数は十分足りているだろうと教えてくれた。
数が十分だからと言って魔法石の制作が終わる訳じゃない。所詮は石なので使っている内に壊れるかもしれないので予備はいくらあってもいいのだ。
そして、最後の質問はアールス達についてだ。
まず使者の事を公表したのでアールス達の移動制限の解除の確認をする
すると前もって聞いていた通りアールス達の移動制限は解除され自由に出歩く事が出来ると保証をしてくれた。
ついでに僕とレナスさん、カナデさんの方も自由に出歩いて良いと許可を貰えた。
もっとも、魔法石の制作があるので休憩時間や魔創石が在庫切れになって休みにならない限り外に出る機会は無いのだけれど。
僕からの質問が終わるとこれからの予定を教えられ、さらにシエル様の聖書について質問をされた
これからの予定だと魔法石の制作以外は三日後に大司教様がこのグランエルにいらっしゃるのでその出迎えを司教さん達と行い、その足で大司教様との会談場所である教会へ向かう事となるらしい。
その時に僕のこれからが本格的に決まるのだろう。
支部長さんとの会合を終えて部屋へ戻る。
作業をしていたレナスさんとカナデさんに話してきた事を伝えておく。
僕と交代でこれから休憩に入るカナデさんにアールス達にも話した事を伝えてもらうように頼んでおいた。
そして、レナスさんと二人きりになる。
二人きりの作業はいつも他愛のない会話をしながらやっていたが今回は支部長さんとの話が中心になった。
「ついに魔物が前線基地にたどり着きましたか……」
「うん。今は持ちこたえているらしいよ」
「実際に見た訳ではないので何とも言えませんが、本当に壁は持ちこたえられるのでしょうか?」
「不安だよね。数で押されたらサンライトやフォースバリアがあっても意味ないだろうし」
「オーゲストの投擲も恐ろしいですよ。リュート村ではヘレンさんの力で何とかなっていたようですが……」
「うん……だけど今回はあらかじめ来るの分かっていたんだし対策は取れてたんじゃないかな」
「そうですね。落とし穴作っておくだけでも大分違うでしょうし……それにしてもナチュルの東の方ですか? 交易路から大分南下してきましたね」
「交易路を襲ったのは囮だって言ってたな。まず交易路にある基地を破壊した後合流しやすくする為、さらに南側の基地を襲わせて少しでも本隊が相手にする人間の数を減らすのが目的じゃないかって言ってたよ」
「かなり計画的ですね。やはり魔人が動いているのでしょうか」
「だろうね。普通の魔物はここまで理性的に動けないよ」
普通の魔物だったら近くにいる生物を手あたり次第襲うので計画的に動く事はしない。少なくとも戦略的な思考は取れないはずだ。
なのにバレバレとはいえ大局的な群れの動かし方をしているのを見ると指揮をしている存在がいるのは明白だ。
「もしかしたら今回の事は魔人を倒す絶好の機会かもしれないね」
もしも魔人を倒せれば魔の平野の魔物の統制が崩れ一気に平定しやすくなる。
問題は魔人がどれほどの力を蓄えているかだ。
千年という時を魔素の濃い土地で過ごしていたのだからきっとアースよりもはるかに多くのマナを有しているだろう。
そして、操るのが魔素ではなくマナならサンライトによる浄化も出来ないから魔法を防ぐ術はない。
マナに邪魔されないで攻撃できるから全く使えない訳じゃない。それどころかきちんとくまなく全身に当てられれば膨大なマナをしばらくの間使えないように出来る。やはりシエル様の神聖魔法は重要だ。
「倒せればもっと自由に東の国へ行けるようになるかもしれませんね」
「そうだね……ん?」
気が付くといつのまにか僕とレナスさんの距離が縮まっている。
僕は動いてないからレナスさんが寄って来たのか。
「近くない?」
「だ、駄目ですか?」
「そんな事無いけど」
「は、恥ずかしいですが……やはり魔物の大軍が不安で不安で……」
「ああ、そういう……うん。そうだよね。不安になるのは当然だ。いいよ。レナスさんが安心できるようにして」
「ナギさん……それでは失礼して」
レナスさんはおもむろに石の入った箱を動かしながら体を密着させて来た。
「ち、近すぎない?」
「不安で不安で……」
「しょうがないな……」
本当言うと僕も不安だったからこうやって人の体温に触れていると少し安心する。
「あの……不謹慎かもしれませんがいいですか?」
「何かな?」
「もし、万が一軍が負け魔物の大軍が押し寄せてきたら私達は一巻の終わりだと思います……その前に、ナギさんは何かしたい事はありませんか?」
「……終わりにはしたくないけど、そうだな……心残りは出来ちゃうな。ルゥが大人になった姿を見たいし、フソウも行きたい……いろんなやりたい事がまだ沢山ある。
その中で今一番したい事は……」
レナスさんと一緒にいたい。
「……大切な皆と一緒にいたいかな」
「いつも一緒にいるじゃないですか」
「いつも通りがいい。いつも通り話して、笑って……日常を楽しむんだ。それで、その日常を守る為に戦いたい」
「……私はてっきりルイスさんと共にいたいと思うのかと思っていました」
「もちろんルゥも入ってるよ。でもそうなる前に神様が助けてくれるかもね」
「祈りを捧げれば神様やってくるというあれですね」
「一回限りだから今回やるかどうか分からないけどね」
「人の手だけでどうにかなる事ならその方が良いですよ」
「そうだね。ただでさえ神聖魔法で神様が僕達を助けてくれているんだ。自分達の手で何とかしたいよね」
けどそれでこれからの戦いで亡くなる人の親族が納得するだろうか? 最初から神様に頼っていればあの人は死なずに済んだ、と思うのではないだろうか?
神様が一度だけとはいえ助けるきっかけを作ってしまった僕はこのまま悠々と後方で魔法石を作っているだけでいいのだろうか?
……魔獣達の力を借りれば僕も前線で役に立てるんじゃないか?
いやいや、一つの場所で戦った所で他が崩されたら意味がない。
だから僕の今やるべきことはやはり魔法石の量産なんだ。