母子
「それでお父さんがどう告白してきたか知りたいんだっけ?」
「そうそう」
「そうねぇ。アリスはお父さんが病気になった所まで聞いてたのよね?」
「そうだよ。お母さんがお父さんの故郷を見たいって言ったからリュート村に行ってそこで病気になったんだよね」
「そうよ。流行ってた病もないしきっと疲れが溜まっていたんでしょうね」
「お父さんもそう言ってたよ」
「高熱が二日ぐらい続いてね、神父さんにも見て貰ったのだけど疲労で熱が出たんだろうって言われたの。
それで治るまで宿屋で私が看病していたのよ」
「でもそこまでお父さんが疲れが溜まってるのにお母さんは平気っていうのも何なんだろうね?」
「久しぶりの故郷に安心したんじゃないかしら? 熱を出す前日にお友達と大騒ぎしていたし」
「お父さんがそんなに繊細には見えないけど」
「ふふっ、そうね。確かに繊細じゃないけれど図太いって訳でもないのよ? 体は大きいけれど中身は普通の人と変わらないわ」
「ふんふん。それで、その普通のお父さんはどう告白したの?」
「それはね……ふふっ」
お母さんは当時の事を思い出したのか頬を綻ばせた。
「私はその時一晩中起きて看病していたのよ。
熱が下がって苦しそうな様子も落ち着いて来たから私も休もうと離れようとした時にね、そろそろ結婚するか……って言ってきたのよ」
「おおっ」
「ふふっ、私達まだ手も繋いだ事なかったのにそう言ったのよ」
「えっ」
「多分高熱で意識がはっきりしてなかったのかうわ言みたいに言ってきたから本当は言うつもりはなかったんでしょうけど、その言葉で落ちちゃったのよねぇ」
「ま、待って待って。付き合ってなかったの?」
「お互いきちんと口にしてはいなかったわね。でも好き合っていたのは間違いないわ。後で確認したもの」
「お、おお……お父さんはその時の事覚えてたの?」
「ええ、覚えていたわ。私がすぐに受け入れた事もね。あの人はちゃんと交際をしてから結婚を申し込みたかったらしいけどね」
「うん……」
きっとお父さんは自分の事をお母さんに男としてきちんと認めさせてから告白したかったんだろうな。なのに熱で朦朧とした状態で口走ってしまって……少し同情する。
「それですぐに結婚したの?」
「そうよ。暮らす場所は少し相談したけどね。グランエルに住もうかっていう話も出たのだけどね」
「どうしてグランエルに住まなかったの?」
「お金がなかったからよ」
「はい」
世知辛い理由だった。けどそれも当然か。十代半ばで旅をしていたのに都市内の家を借りれるほどの蓄えがある訳がない。
その点村なら家と土地が余っていれば格安で住める。
流れ者も多いからお母さんの様な遠い土地からやってきた人でも受け入れられやすいという利点もある。
「イグニティで暮らそうとはならなかったの?」
「ここからわざわざあっちまで戻るなんて面倒じゃない」
「で、でもお母さんだって家族がいるじゃない。もう会えなくなっても良かったの?」
「手紙送っておけばいいでしょ?」
「う~ん……やっぱそうなるよね」
お母さんの考え方は一般的なようで学校を卒業したら家族を放っておいて自分の好きに生き一生顔を見せない人が多い。
特に村出身の人間は幼い頃に親から引き離され育つためか家族の情が薄い傾向にある。
確かお母さんも村出身のはずだ。イグニティ出身とはいえそこら辺は変わらないのだろう。
「お父さんって中級だったんよね? お母さんも中級だったなら蓄えが無くても……」
「私は中級にはならなかったわ。なる前に告白されたからね」
そう言って得意気に笑うお母さん。
「あっ、そうなんだ……」
「それに結婚するからってあの人も冒険者を止めるつもりだったのよ。冒険者として生きないなら中級の義務は面倒でしょ?」
「まぁそうだね」
中級になると軍からの要請を断れなくなる。結婚するなら邪魔な枷だろう。
「お母さんって中級を目指してたんだよね? 諦めてよかったの?」
「私は……若かったのよあの頃は」
お茶を一口飲んでからカップを置き、僕から視線を逸らしてお母さんは遠い目をした。
「あの頃の私は何かになりたかったけれどなりたいものが分からなかったの。
だから村出身だった私でも出世しやすい冒険者になって偉くなってみようと思っていたのよ。魔法にも自信はあったからね」
自分探しという奴だろうか? お母さんにもそんな時期があったんだな。
「それで、何かになれたの?」
「なれたわよ。あの人の妻になれたし貴方達のお母さんになれたわ」
「お母さん……」
「偉くなるって言う目標はあの人と旅してたらいつの間にか無くなっててね、一緒にいるのが目的になっていたのよね」
「いい出会いだったんだね」
「いい出会い……そうね。いい出会いだったわ。アリスもそういう出会いはあった?」
「今の仲間達とは皆いい出会いだと思ってるよ」
「そういう意味じゃないでしょうに」
「……」
分かっている。異性との出会いはないのかと聞きたいんだろう。
けれど僕は元男で女性が好きというのは言いにくい。
それに前世に触れたくないと言っていたし僕の性的嗜好から前世の事に思い至らないだろうか?
話すべきか、話さないべきか。それが問題だ。
「アリス? 何か悩み事?」
どうやら顔に出てしまったらしい。お母さんに心配そうな顔をさせてしまった。
「……僕は……そのぉ、なんだ。出会いや結婚よりもしたい事が別にあるんだよ」
悩んだがやはり話さない事にした。
「それは今の旅の事?」
「それもあるけど、旅が終わったら魔獣達の事を考えたいんだ」
「ナスちゃん達の事?」
「うん。魔獣はさ、寿命が無いんだよ。だから病気とか事故とか……殺されない限り死ぬ事はない。そんな魔獣達と人間はいずれ住む場所を取り合う為に争う事になるかもしれない。
その前に魔獣達の居場所を人間の中にも作って共存していけるようにしたいんだ」
「それは今の状態じゃ駄目って事?」
「分からないよ。今の状態のままがいいのか駄目なのかそれすらも分からない。だからそれを調べてそこからどうするか……。
その調べるための窓口となる場所も作りたいかな」
「難しそうな話ね……」
「でもその前にヒビキの故郷も探して仲間を探したいんだよね」
「……色々やろうとし過ぎじゃない?」
「前者はゆっくりやるにしてもヒビキの事は魔獣の言葉が分かる僕がやるのが一番だと思うんだ。
ヒビキの件は旅が終わった後の一番の優先事項だよ」
「その事は他の皆にも話してるの?」
「うん。ヒビキの事はアイネも手伝ってくれるって言ってくれてるけど……アイネにはいい人見つけて欲しいとも思ってるんだよね。
僕の手伝いをさせると壁の外を中心に動き回る事になるだろうから出会いが無くなるんだよ」
「そうねぇ。その事は伝えた?」
「まだはっきりとは伝えてないよ。正直僕としては来てくれたら心強いから来て欲しいっていう気持ちもあるし……」
「それだったらその両方の気持ちははっきりと伝えておくべきじゃない?」
「それは駄目だよ。僕がいてくれた方が嬉しいってはっきり言っちゃったら絶対自分の将来の事よく考えないでついて来ようとするよ」
「そうなのね……慕われているのね。そんなにアイネちゃんがついてきたら心強いの?」
「接近戦だけなら僕よりも強いんだよ? 壁の外の経験も断れるほどの差なんてないし、それにしっかり者だからね。少なくとも戦いに関しては僕よりも感性が鋭いよ」
「信頼してるのね。他の子達はどうなの? ナギについて来る子はいるの?」
「今の所はいないよ。皆やりたい事あるみたいだし……カナデさんはどうするつもりなのか分からないけど」
「あらそうなの……」
「皆に聞いたのはずいぶん前だからカナデさんももう決めてるかもしれないけどね」
「結局はアリスが主体になるんだから誰を連れて行くにしろ行かないにしろアリス自身の決断で決めるのよ?
アイネちゃんが行きたいと言ったから、なんて受け身な理由で決めちゃ絶対に駄目」
「それは……うん。気を付けるよ」
たしかにアイネの意思だけで危険な場所に連れて行くというのは無責任だ。
アイネの意思をないがしろにするわけではないが……決定に僕の意思が介在していなければアイネが来たいと言ったから、なんていう責任転嫁の元になりかねない。
だからお母さんの言う通り僕は僕できちんと考えアイネを連れて行くという決断をする事が必要なんだ。
「とはいえ無理しちゃ駄目よ? まとめ役たる者責任感はなくちゃ駄目だけど押しつぶされたりしないようにね?」
「うん。気を付ける」
「お父さんも自警団で部下を受け持つようになってから悩みや責任感で辛そうにしてたのよ。そういう時お酒に逃げる事もあったけれど私やお友達に相談して気持ちを晴らす事もあったわ」
「それなら大丈夫だよ。僕には魔獣達がいるからね。それに今はまだレナスさん達もいるし相談できる相手は多いよ」
「それならいいのよ。本当に無理しないようにね」
「うん」
やっぱりお母さんはお母さんだな。僕の事を心配してくれる。
親孝行もしたいけれど、落ち着くのはいつになる事やら。