親子
一晩が明け、僕が目覚めたのはいつもより少し遅い時間だった。
アールスとアイネはすでに起きていて軽く訓練を行っていた。
ミサさんとレナスさんは僕よりも遅れて起きて、カナデさんは寝るのが遅かったせいか結局出発の時間になっても起きる事はなかった。
仕方ないのでミサさんに寝ているカナデさんを馬車に積んでもらう。
そして、お父さん達は村長さんに言える範囲で事情を話した後僕達と合流した。
カナデさんが起きるまで僕は馬車の中でレナスさんと一緒にサンライトの魔法石の作成をする事にした。
僕が魔法石を作っている間先導はアールスにやってもらう。
お父さんとお母さんは馬車には乗ってもらうのだが、僕に話を聞く気満々の様子だ。
そんな訳で昨晩から引き続き僕は馬車の中でお父さん達からの質問に答える事となった。
「とりあえず俺達はルイスに何かあった時の為にグランエルに居て欲しいんだな?」
「当初の予定ではそうだったね。軍の関与でどうなるか分からないから何とも言えなくなったけれど、それでも基本的にはルゥの為にグランエルに居て欲しい」
「元々避難してくる予定が早まっただけだからいいんだが、しかし魔物の侵攻か……壁に届くまで後一週間くらいだっけか?」
「そうらしいよ」
「オーゲスト……あのどでかいやつも多くいるんじゃあそりゃアリスも出てこざる得なくなったわけか」
「今まで隠しててごめんなさい……」
「謝んな。それより俺は意外に思ってるんだ。お前は学校での評判だと優しくて自分の事を後回しにするような所があるって聞いててな。
だから今まで隠し通してきた事に驚いてる」
「それは誤解だよ。僕は別に優しくない。
そのしてきた事が偶々その人に都合が良くて僕が優しいように見えていただけだよ」
僕が本当に優しかったらアールスに指摘される前に僕がシエル様の使者である事を公表しなきゃいけない事に気づけていたはずだ。
「……まぁお前がそう言うんだったらそれでいい。たしかにそれなら隠してきた事に納得も行くからな。だが卑屈にはなるな。
自分の子供が卑屈にしてる姿なんざ見たくねぇ」
「……ごめんなさい」
「まぁまぁ。それより他の仲間の人達はいつから転生の事知っていたの? やっぱり神託の時?」
「アールスには十年前引っ越す前に話して、レナスさんには引っ越した後……四年生に上がった時だよ。
魔獣達にはまちまちだね。すぐに話したり話す機会も必要も無くて大分経ってから話したり。
他の皆は二年前……だっけ?」
レナスさんに視線を送り確認してみる。
「はい。アールスさんがトラファルガーと戦った後ですので」
「そうか、もうそんなになるか……」
「その時はどうして皆に話そうと思ったの?」
「中級になって魔物と戦う時に必要になるかもしれなかったからだよ」
「そういう所は変わらないのね。今回も必要になったから話す気になったのよね?」
「そうだね。必要というか後々になって不利益を被りそうだったから話す事にしたって言う方が正しいけれど」
「同じ事よ。……誰に似たのかしらね」
「誰かに似たって言うより環境じゃないかなぁ。そうするほかなかったって言うか」
前世の両親の事を思い出してみてもあまり自分との性格の共通点は見つけられない。僕が知らないだけかもしれないけど、僕からは誰に似たとは答えられない。
「アンナやめておけ。前世の事は聞かねぇって昨日二人で決めただろう」
「そ、そうね。気を付けるわ」
僕は聞かれても問題ないが、聞きたくないというのなら僕からも話さないように気を付けよう。
けどやっぱり気にしているのかお母さんが時折寂しそうな目で僕を見てくる。
心が痛い。しかしこれも両親を騙していた僕への罰だ。受け入れるしかない。
それからカナデさんが起きるまで僕への質問は続いた。
カナデさんが起きた後僕は魔法石作りをカナデさんと交代してもらい、馬車の先導しているアールスと交代した。
その際何故かお父さんもついてきた。
「お父さん馬車の中にいていいんだよ?」
「ずっと馬車の中だと落ち着かねぇんだよ」
「そっか。じゃあ質問の続きでもする?」
「いや、それはいいや。それより……なんだ、普通に話そうじゃねえか」
「そう?」
「ああ。さっきといい昨晩といいこっちから聞きっぱなしだったからな。アリスから聞きたい事聞いていいんだぞ」
「う~ん……」
聞きたいのはお父さんが僕の事をどう思っているのかって事なんだけど……聞きづらい。
「じゃあさ、お父さんは村に帰ってからお母さんと結婚したんだよね?」
「ああ」
「どうして冒険者を止めて村に戻ったの?」
「ん……逆だ。村に戻ってから結婚して冒険者を止めたんだ」
「あっ、そうなんだ。じゃあ村に戻ったきっかけは?」
「アンナの奴が俺の故郷を見たいって言ったんだよ」
「ほうほう。それで結婚したきっかけは?」
「あ? いいじゃねぇかそんなの。別に」
動揺しているのかお父さんの目が泳いでいる。
「ふぅん? でも聞きたいな? 僕がお父さん達の所に生まれて来たきっかけでもある訳だし?」
「……」
お父さんは顔を背け話す気がない様だ。
「お母さんに聞いてもいいんだけど」
「……病気になったんだよ」
「へぇ? どんな病気?」
「ただの風邪だよ風邪」
「そうなんだ。それで病気になったお母さんを看病しる内に?」
「……病気になったのは俺だよ」
「えっ。お父さんが?」
「疲れが溜まってたのか知らねぇけど不覚にも倒れちまったんだよ」
筋骨隆々でいかにも厳ついお父さんが病気ね。覚えてる限りじゃお父さんが病気になった所を見た事無いけど……そういう事もあるか。
「それでお母さんに看病されてる内に?」
「これ以上はアンナに聞け!」
「んふふ。そうするよ」
お父さんはどういう風に告白したのかお母さんに根掘り葉掘り聞かなくちゃ。
「……今のお前は演技してるわけじゃないんだよな?」
「え? 演技なんてしてないよ……あっ、うん。秘密にはしていたけれどお父さん達に対して演技してた事は無いよ……覚えてる限りでは」
「そうか。昨日話を聞いてから色々考えたんだがな、やっぱアリスは俺にとっては自分の子供なんだよな。
お前が生まれた日の事は覚えてないだろうが、家の外で待ってた時お前が大きな泣き声が聞こえてきた時の気持ちは忘れられねぇ」
「……」
「その後産婆のばあさんに顔を見るのを許可されて初めてお前の顔を見た時の事も忘れられねぇ。
俺が初めて抱っこしてやった時は大声で泣いていやがってたな。
けど寝てる時に手を差し出した時に掴み返してきた時の暖かさも忘れられねぇ。
なぁアリスよ。この思い出を偽物だったなんて俺は思えねぇ。思いたくねぇ」
「……」
「だから……あー、なんだ……その、上手く言えねぇけど俺の子供でいてくれるか?」
「そんなの……僕からお願いしたいくらいだよ」
「じゃあ問題ねぇな」
そしてお父さんは昔のように僕の頭に手を置いて乱暴に撫でてきた。