僕達の旅 その4
(今日占って貰ったんですよ)
宿の外で僕は一人で満天の星を見上げながら今日あった事を報告した。何となく外の方がシエル様に良く届きそうだと思ったからだ。
朝グランエルを出発した事、人の通りが多かった事、ベルナデットさん達がはしゃいでいた事、お昼が美味しかった事、フェアチャイルドさんが倒れてしまった事、すべて話した。
(僕未来で五匹の魔獣を仲間にするみたいなんです)
(一体どんな魔獣でしょうね)
(そこまでは教えてくれなかったんですよね。それにしても固有能力ってすごいですよね。なんでもありでまるでゲームみたいですよ)
(ふふ、魔物と戦うにはそれぐらいの力が必要なんですよ)
(でもなんで魔物なんているんでしょうね。前世の世界ではいなかったのに)
(あら、まだ話していませんでしたか?)
(なにをですか?)
(魔物は他の世界からの侵略の為のいわば先兵なんです)
(え、初耳ですよそれ?)
(ふむ、ならば最初から説明しましょうか。那岐さんは世界は清き魂が清いまま転生を重ね力が増していき、世界に限界が来た時に虚空へと解放され新たな世界になる事を覚えていますか?)
(ああ、そんな事を言っていましたね)
(それとは逆に悪徳を重ねた魂もまた世界から追放されるのです)
(解放、ではなく?)
(はい。悪徳を重ねた魂もまた悪徳を重ね続ける事によって力を増していくのですが、大きくなる前に世界は虚空へとその魂を追放するのです。
そして担当の者に処分をお願いするのですが……なにぶん数が少ないので全ての魂に手が回らないのが現状でして、いつの間にか集まり大きくなって世界と同等の存在まで膨れ上がってしまうのです。
そして、さらに力を得ようと他の世界に取りつくというのも珍しい事ではないんです)
(処分って、何をするんですか?)
(洗浄といった方が分かりやすいかもしれませんね。溜まりに溜まった力を洗い流しまっさらな魂に戻す役目の方がいます。一度私も見させていただきましたが、まさに洗浄という言葉が相応しかったですね。そして終わったら私と同じ役目の者が魂の総量が減っている世界へ運ぶのです)
(そ、そうなんですか)
処分っていうから魂を消滅させるのかと思った。
僕はほっと胸を撫で下ろし質問を続けた。
(それでその……話の流れからしてその悪い魂がこの世界に取りついてるんですか?)
(はい。この世界、ツヴァイスさんは他の方々と一生懸命引きはがそうと日々頑張っているのです)
(大変なんですね)
(ツヴァイスさんも那岐さんを引き渡す時に愚痴っていましたよ。休みが欲しいと)
一瞬やつれたサラリーマンみたいな姿が夜空に浮かんだ気がする。
神様も休みが欲しいとかどことなく人間臭いな。いや、そもそも神様なんて自称していないし、世界は元々一つの魂なんだから人間臭くてもおかしくないのか。
そう考えるとシエル様に対して急に親近感が湧いてきた。身体はクジラっぽいらしいけど。
不意に背後からカサリという枯れた草を踏んだような音が聞こえてきた。
振り返ってみるとそこにはフェアチャイルドさんが立っていた。
しかも寒そうに自分の両腕で身体を抱きしめている。
「ここにいたんですね」
マスクを着けているからいつものくぐもった声だ。
「うん。星空見ながら話をしてたんだ」
(すみませんシエル様。フェアチャイルドさんが来たので今日はここまでで)
(分かりました。良い夜を)
「シエル様とですね。あの、寒くはないんですか?」
僕の格好は防寒用の外套を着ていないから気になったのだろう。でも前世の僕の住んでいた日本からしてみれば秋の少し肌寒くなってきた程度の温度、むしろ心地よいぐらいだ。
「大丈夫だよ。むしろ気持ちいいぐらいだ」
「……ナギさんは暑いのも寒いのも得意ですよね」
「僕の前世生きていた世界だともっと温暖の差が激しかったんだよ。夏になると湿気も酷かったし」
「湿気、ですか?」
「そう湿気。この辺りは乾燥してるからあんまり気にならないけど、僕が住んでいた場所はね、夏になると湿気の所為で蒸し暑くなるんだ」
「……」
「冬になるとね、雪が降ったりもするんだ。雪知ってる?」
「本で、読んだ事はあります」
「そっか。じゃあさ、冒険者になったら一緒に雪を見に行こうよ。凄く寒いだろうから防寒具いっぱい着込んで。
でね、雪って氷の粒がさ一杯降って来るんだ。灰色の雲からゆっくりとね。それで雪が積もったら辺り一面真っ白になって、雪だるまっていう像を作ったっけ。どうかな?」
「寒いのは苦手ですけど……私も見たいです」
「よかった。じゃあ……約束しよう」
僕は立ち上がりフェアチャイルドさんと向き合い小指を出した。
フェアチャイルドさんは僕の手をじっと見た後躊躇いがちに僕の小指に自分の小指を合わせてくれた。
「はい……一緒に、行きたいです」
「よかった。断られるんじゃないかと思ったよ」
「どうして、ですか?」
「ん……なんとなくさ、フェアチャイルドさんどこか遠くに行っちゃいそうな気がしたんだ」
本当なら悪い予感なんて信じるのがおかしいんだろう。けれど、僕は怖いんだ。だから約束っていう形で僕は自分の心を安心させたいんだ。
僕は、フェアチャイルドさんに死んでほしくない。
「……嫌、ですか? 私が離れるのは」
「嫌とはちょっと違うかな。寂しく思うよ。でも、フェアチャイルドさんの意思で離れるのなら仕方ないって思う」
「私の意思……」
「でも、それ以外の理由でいなくなるのは嫌だな」
「私も……嫌です」
そう言ったフェチャイルドさんの瞳は鮮血のような赤さで潤んでいた。
フェアチャイルドさんの言葉に頷いて応えてから指を離し、僕は空を見上げて言った。
「そろそろ戻ろうか。僕を呼びに来たんでしょう?ごめんね、長くなっちゃって」
「いえ……」
「明日はまた早いんだ。もう寝なくちゃね」
だけど僕が碌に眠れなくなるような重大な事に気付いたのは部屋に戻ってからだった。
部屋に戻ると僕はまず一つのベッドにベルナデットさんとローランズさんが寝間着に着替えて一つのベッドで寝転がってじゃれているのが目に入った。
「……」
声にならない声で僕はどうしようと唇が動いた。
いや、どうするも何もない。僕は床で寝ればいいんだ。
「じゃあ僕は床で寝るから、フェアチャイルドさんはベッドに」
「え? 一緒に寝ればいいじゃん」
うん。当然の疑問だろうけど僕にはそれをする訳にはいけない理由があるんだ。
「ぼ、僕寝相が悪いから」
僕が小さな声で適当な言い訳をすると、被せるようにフェアチャイルドさんが言った。
「私は咳が出るかもしれないですから一緒にというのは……私が床で寝ます」
「ええ!? だ、駄目だよそんなの! フェアチャイルドさんは明日の為にベッドで寝ないと」
「でも……」
うーん。部屋を一緒にしたのは失敗だったかな。フェアチャイルドさんの咳の事を失念してしまった。
それに僕が同じベッドで寝るというのも問題がある。
「じゃあナギさん私達と一緒に寝る?」
「さすがに狭いと思いますけど……」
「と、とにかくフェアチャイルドさんはベッド以外で寝ちゃ駄目だからね」
「……嫌です。ナギさんがベッドで寝なくても床で寝ます」
「駄目だよそれは……」
このまま言い合っても埒が明かない。僕はフェアチャイルドさんの背後に周り無理やり抱き上げて靴を脱がせてからベッドの上に降ろし、素早く掛け布団をフェアチャイルドさんの身体に被せる。
「フェアチャイルドさんはここ。いいね?」
「嫌です……」
フェアチャイルドさんが抵抗しようと身を捩っているけど、僕に勝てるわけがない。
布団を抑えつつこのままフェアチャイルドさんが眠りにつくのを待つ事にした。
「酷いです」
その言葉に対して僕は小さな声で反論した。
「僕がフェアチャイルドさんを差し置いてベッドで寝れない理由分かってるでしょ?」
「男性だからですか……?」
「それと、フェアチャイルドさんが子供だから」
「……この世界では私の方がお姉さんです」
「たった数週の違いじゃないか」
「でも……お姉さんです」
「フェアチャイルドさんって頑固だよね」
「ナギさんこそ……」
さすがに眠くなってきたのかフェアチャイルドさんの瞼が落ちてきている。
「もーライト消すよー」
「わかった」
ベルナデットさんがライトを消すと部屋が闇に包まれ、明かりは星明りだけとなった。
寮では周囲の建物や街灯で星明かりはあまり入ってこなかったし、窓の傍に行かないと夜空は仰げなかった。
けどこの宿屋は違う。窓によって切り取られた満天の星とただ地面から見上げた星空とは違う、まるで絵画のような幻想的な美しさを醸し出していた。
「……綺麗だ」
「え?」
僕の一言で微睡んでいた所を起きてしまったようだ。申し訳ない事をしてしまったな。
「星だよ」
「……さっきも見ていましたよね」
「うん……でも、外で見るのとこことじゃ全然違う」
僕は布団を抑えていた手を離してベッドに腰かけた。
「ナギさんは、星が好きなんですか?」
「……考えた事もなかったよ」
前世では星を見る機会なんてほとんどなかった。
成長するにつれて興味を失ったからだ。けど何故今になって僕は星を見ただけで、こんなにも感動しているのだろう。
もう少し、もう暫く、僕は星を見ていたいと思った。
そして、いつの間にか僕の隣に座っていた彼女の星明りに映える横顔と髪も。




