諦めないというのなら
「まず最初にナギさんが使者である事を公表する事と東の国へ旅に向かう事は別の事だと考えています。
なので旅の許可を取れるまでなるべく国や教会に悪印象を持たせない事が大切だと考えます」
「たしかに僕は一緒に考えていたね」
「私も。でも確かに一度切り離せる話だね。だって私達がどう動いたってフソウへの行路が拓いてない限り私達は何もできない。
だったらその間に旅を再開できるようにゆっくりと交渉すればいいんだ」
交渉については急いで焦る必要はなかったって事か。
「その上で先ほどまでの案を考えますと確かに味方を増やす事は必要ですがそれに時間をかけすぎると教会側にかえって不信感を与えかねません。
自分の保身の為に小賢しい真似をしていると思われるような事は避けるべきでしょう。
それをするよりもなるべく早く教会に行って懺悔を行い教会に自分がシエル様の使者だと告げた方が良いと思います。そして、誠意を見せるべきです。
しかし、だからと言って焦って何もせずに教会に真っ直ぐ向かう事もしてはいけません。
ナギさんがシエル様の使者である事を公表する事の影響は未知数です。最低限まだ幼いルイスさんの安全は早めに確保しておかなければいけません」
「そうだね。ルイスに影響が出ないなんて楽観的な考えは出来ない」
誘拐するような人間は出ないと思うが号外を出す記者がルイスに変な取材をするかもしれない。
取材とまで行かなくてもルイスがお友達や同級生から質問攻めに会う可能性だってある。
ずっと俯いて黙っていたのは案を考えてくれていたんだ。ルイスの事にまで気を回してくれて……さすがレナスさんだ。
「そこでナギさんのご両親には事情を話し早くグランエルに来てもらうよう頼んでおきましょう。
後学校の先生……下級生の寮を担当しているフォンディーヌ先生に詳しい事は伏せつつ話は通しておきましょう」
「詳しく話さなくていいの?」
「教会の出方が分からない以上しない方が無難でしょう。もしかしたら自分達が公表するまで広めて欲しくないかもしれません」
「そんな事ってあるの?」
さっきから首をひねりっぱなしのアイネの疑問にアールスが答える。
「混乱を大きくしない為に情報統制したいだろうし十分考えられると思うよ。
でもレナスちゃんの案だとユウナちゃんに相談は出来ないかな?」
「ユウナ様の扱いは難しいですね。ナギさんが教会との関係を重視するのなら相談しても良いと思いますが、アーク王国との関係を重視するのなら相談しない方が良いと思います」
「それは、どう違ってくるの?」
「相談するのなら交渉が円滑に進む可能性があります。ただその場合アールスさんの伝手をたどる方がユウナ様がいると関係が複雑になり滞ってしまう可能性が出ますね。
相談しなければ交渉が難しくなるかもしれませんが伝手の方はユウナ様が相談した場合よりも円滑に進む可能性があります。
どちらもあくまでも可能性の話であり私の想像の域を超えないのでどちらが良いと私からは言い切れません。
むしろアールスさんの方が国の関係に関しては詳しいと思いますが」
「……うん。レナスちゃんの懸念は当たってると思う。具体的にどうなるっていうのは分からないから何とも言えないけど、手続きが増えて面倒な事になるのは間違いないよ。
その上で言うと私は相談した方が問題解決に時間がかかると思う」
「なるほどね」
「私はユウナちゃんに相談するのは有りって言ってたけど撤回するかな。相談しない方が良いと思う。
私の伝手ってお爺ちゃん以外アーク王国の政治家や軍関係者ばっかりなの。
だからアーク王国との関係を重視した方が後々の交渉を考えたら有利にとまでは行かなくても不利になる事はないよ」
「ほとんど一択じゃないか」
「ユウナちゃんに交渉の補助を頼めないとなるとどうしようか。旅の方の交渉は後回しに出来るとしても使者を告白した件で何か交渉する事が出来るかもよ?」
「確かに念の為に考えておきたい所なのですが、他に安心して使者の件を話せて交渉術の心得のある人がいますか?」
「僕はいない」
ローランズさんなら信頼出来て交渉もできそうだけど、今王都にいるんだよなぁ。あの二人こっちに帰ってくる気あるのだろうか?
「首都にならいる」
アイネ、カナデさん、ミサさんは揃って首を横に振る。
「私達で頑張るしかありませんね」
「そうなるか。じゃあ次に今回の件を話しておいた方が良いっていう人いるかな?」
「先ほどのクーガー隊長代理でしょうか。軍にはクーガー隊長代理を通して教会よりも先んじて情報を出しておいた方が良いでしょう。何か助言が貰えるかもしれませんし。
先ほど伝えられなかったのは混乱していたからであり、皆と話していて冷静になり話す気になったと素直に伝えた方が良いでしょう。
嘘をつく事だけは絶対にしてはいけません。今まで重要な事を隠していた人間が嘘をついたら信じてもらえなくなります。
そして、情報統制も軍なら心配はしなくていいでしょう。
ついでにナギさんのご両親に一足先に魔物の侵攻の事を話す許可を貰いましょう。
ナギさんが使者だという話しをする以上この事も添えて話した方が納得しやすいと思います」
軍の人に話すのか。
オーゲスト相手に犠牲者が出てしまった今詰られる事覚悟で気を強く持たないとな。
サンライトの特性をよく理解し軍の人達に先に渡せていたら被害はましだったのだろうか?
犠牲が出たのは僕の責任とは思わないが詰られてもそれは怠惰のツケだろう。しっかりとシエル様から魔法の話を聞いておけばよかった。
「ただ許可が出なかった場合は話す必要はありません。明日軍から発表される件に関連している、と言えばひとまずは納得してくれるでしょう……たぶん」
「そこは実際に話してみないと分からないよね」
親子だけれど会話を交わした数は長く離れていた事もあってレナスさん達に比べて多くない。
お父さんとお母さんをきちんと理解してるかと言われると自信がない。
「レナス、私の事は話すのかしら?」
サラサがレナスさんの前に姿を現す。
たしかに神霊の扱いはどうしたらいいだろう。
「さすがに私では判断が付けられません……軍に話せばいいのかどうなのか、教会にだけ話せばいいのかどうか……誰に相談すればいいのかすら分かりません」
「それだけ世界に与える影響が強そうだもんね。軍に話すにしろ教会に話すにしろ通り合えず偉い人と話す機会があったらその時話せばいいと思うよ。一番上に近ければ近いほどいいけど……多分ナギなら教皇様に会えると思うから教皇様に話せばいいと思うよ」
「教会で一番偉い人じゃん……」
ピュアルミナの治療士に認定された時だって大司教様までだったのに。
「ではサラサさんの事はそのように。後は特には話さなければいけない人はいないと思います」
「そうなると後は……レナスさんの案を採用するならどこの教会に懺悔しに行くか、かな」
「ルゥネイト様の所です」
「ライアーがあるザースバイル様の方が良くない?」
「ナギさんはルゥネイト信者を騙っていたので弁明する為にも真っ先に向かうべきかと。
それに高位のルゥネイト信者であるアールスさんもいます。
針のむしろに晒されるかもしれませんがアールスさんがいれば少しはましになるかと」
「それって的が分散してるだけじゃない?」
アールスの言葉にレナスさんがそっと顔を背けた。
「後時間を取らされる場合は軍から受けた依頼の事を持ち出してください。
今回告白したのはあくまでも魔物の侵攻の事を知り、サンライトの力が必要だと感じたからです。優先すべきはサンライトの量産だという事を強調し、たとえ不興を買ってもぶれない様に気を付けてください。話を二転三転させる人は信用されませんから」
「うん。気を付ける」
「ふ、不興を買ってもいいんですかぁ?」
「あまりよろしくないですが、何を優先すべきか理解してくれると信じましょう」
「とりあえず僕が出来るのは誠心誠意事実を話す事だけって事だね」
「そうですね。私達は交渉事に関しては素人と言っていい。下手に駆け引きをするよりこちらが何をしたいのか素直に伝えた方がましです。
幸いナギさんの目的は悪い事ではないですからライアーをかけられても問題ありません」
「うん……色々話したけどレナスさんの案で行こうと思う。皆はどう思うかな?」
「私は良いと思うよ。確かにあんまり時間をかけると魔法石の量産に響いちゃいそうだし」
「わ、私もいいと思いますぅ。レナスさん以上の案なんて全然思いつきませんし~」
「あたしも」
「ワタシは一つレナスちゃんに聞きたいですネ」
「なんですか?」
「最初は反対していたのにどうして意見を変えたのですカ? アリスちゃんと旅を続けるのを諦めたのですカ?」
「いいえ、逆です。アールスさんが伝手を使って旅が続けられるよう試してみると聞いて私もあきらめてはいけないと思ったんです。
誠実に出るとは言いいましたが私の案は下手に出るような物です。けどそれは後々の交渉を少しでも通しやすくするためです」
レナスさんも本気で旅を続けたいんだ……僕も諦める訳にはいかない。
皆と一緒に旅を続けるために僕も考えなきゃ。
「う~ん。その方法だと侮られ逆に相手が強気になりませんカ?」
「さすがに神の使者に対して侮るような事はしないと思いたいですが、そういう風に出てきたらアールスさんの伝手に頼るしかないと思います」
「で、出来るかなぁ。それって教会と敵対するような事だし……」
「そこで魔法石で少しでも軍に恩を売るんです。それで足りるか分からないですけど……」
「シエル様の特殊神聖魔法の有用性を軍がどれくらい認めるか、かぁ。実際どうなんだろうね」
個人が少数の魔物に使うならホーリースフィアもサンクチュアリもまぁ有用だろう。けど魔物の群れ以上となると……サンクチュアリは有りか?
「不確定な事が多すぎますガ……他に案があるかと言われたらワタシは何も出せまセン。
そもそもワタシ達の東への旅は魔獣達の存在が前提でしタ。今更アリスちゃんがいなくなるのは大変困りマス。
なのでレナスちゃんが諦めないというのなら、諦めない気持ちで考え出した案なのならレナスちゃんの案に賛成しマス」
「ありがとうございます」
「うん。じゃあ早速隊長代理さんの所に行ってくるよ」
「ナギさん。その、気を付けてください……」
「分かってる」
心配そうに見つめてくるレナスさんに対しなるべく不安を押し殺して頷いてみせる。
「レナスちゃんはお仕事あるんでしょ? ナギの付き添いは私がするよ」
「そう? じゃあ頼むよ」
「ワタシもご一緒しましょうカ?」
「いえ、大丈夫です。アールスと二人で行ってきます。多分そろそろ魔創石が来る頃だと思います。力仕事が出来る人が必要になるでしょうからミサさんは残った方が良いかと」
「そうですカ? なら残りまショウ」
「お願いします」
これからの事を考えると緊張して頭目が眩みそうになる。
だけど、レナスさんが諦めないというのなら僕も頑張るしかない。
僕だってレナスさん達との旅をここで終わらせたくないのだから。




