これから 後編
魔獣達にも聞かせる為に天幕の外で皆に魔物の侵攻の事を話した。
誰も言葉を発さない雰囲気に不安を感じたのか、アールスに抱っこされているヒビキが辺りをきょろきょろと見渡しながら声を上げた。
「きゅぃ……」
ヒビキが悲し気な声を出した所為かアールスがヒビキの頭を撫で、そして僕に真っ直ぐ視線を向けて問うてきた。
「それで、ナギはこれからどう動くつもりなの?」
「とりあえずサンライトとフォースバリアの魔法石の作成を手伝うよ」
「うん。そうだよね……そうなるとどっちも使えない私達はどうしようか」
「組合から何か指示が出るんじゃない? それに従えばいーと思うけど」
「アリスちゃんが手伝ってもおかしくない様にワタシも魔法石作成の手伝いをしますヨ。片付けなり箱入れ作業なりできる事はあるでショウ」
「あっ、なるほど」
「って言っても数はいらないだろうし私は組合の指示待ちでいつでも動けるようにしておこうかな。魔法石作るの組合でやるの?」
「そう聞いてるけど実際に作る場所まではまだ聞いてないから分からないな。組合で聞けばわかると思うけど」
「かーちゃん達にはまだ話しちゃ駄目なんだよね?」
「明日軍の方から公表されるらしいからね。話しちゃ駄目だよ」
「それでさ、これからが本題なんだけど」
「本題?」
アールスはヒビキを撫でるのを止めてカナデさんに渡し、もう一度僕と向き合う。
「ナギがシエル様を信仰してる事公表する?」
「それは……」
「する必要はありません」
僕の言葉を待たずにレナスさんが遮った。
「レナスちゃん……」
「今ナギさんがそれを公表してしまったらもう旅が出来なくなってしまいます。それだったら隠してたって……」
「レナスちゃんだって分かってるでしょ? 今公表した方がナギは後々の非難を避けられる」
「それは! ……それは、それは……」
アールスの返しの言葉にレナスさんは何も返せないでいた。
そこに口を挟んできたのはカナデさんだった。
「あ、あのぉ……ひ、非難って何の事ですかぁ?」
「んとね、これから大きな戦が起こるでしょう? それが終わって時間が経って旅から帰って来たナギが自分はシエル様の使者ですって言ってもあの戦の時何していたんだって言われかねないんです」
「はぁ……」
「死んだ人が多ければ多いほどあの時何をしていたんだ、ナギが動いていればもっと早く戦いを終わらせられたんじゃないか、もっと人を助けられたんじゃないかって非難されかねないんですよ」
「はっ!? た、確かにそうですよ~!」
カナデさんがあたふたと手を振り始める。
そこへレナスさんが絞り出すような声で補足を入れてきた。
「……実際はシエル様の神聖魔法ではそこまでの効果は見込めません。
ナギさんだけが使えるサンクチュアリとホーリースフィアは消費が激しいので手持ちの魔法石では込められるマナの量が足りません。
その二つが魔法石で使えないとなるとナギさんがわざわざ前に出てくる必要は……」
サンクチュアリは魔素や魔物が入り込めない領域を生み出す魔法だ。
ツヴァイス様の結界とは違い魔物がその領域に入ろうとしたら魔物の身体に反動が来てその力が強ければ強いほど魔物自身の身体が傷つくようになってる。
ツヴァイス様の結界と違う点は他にもある。マナは素通しだから精霊が自由に出入りできる。
逆に言えばマナが元の魔法も素通しだから領域内から攻撃できるのも利点の一つだ。
展開に必要なマナは多くサンライト同様広さに比例するから魔法石で補うのは難しい。一度展開できれば維持し続けるのにそんなにマナは必要ない。
ホーリースフィアは相手を拘束し浄化し続ける光の球体を生み出す魔法でこれも消費マナが多いがサンクチュアリほどじゃない。
けれど魔法石に封印し運用しようとしたらヒビキよりも少し大きい位の体積が必要だろう。
攻撃魔法なのにそんな大きく重い魔法石を持ち歩くのは難しいだろう。
レナスさんの言う通り僕が表舞台に出る必要はないように思える。
「それを広く周知させたとしても納得させられるかは別の問題だよ。
シエル様の使者がいる事は神託の時にもう知らされてるから戦が始まっても出てこないと印象が悪くなる。
そうなるとシエル様の立場もナギの立場も悪くだけだよ。
皮肉だけれどシエル様の使者という立場が状況を悪くさせる要因になってる。
ねぇナギ? ナギはどう思ってるの?」
レナスさんは俯いたままでもう何か言えるような様子じゃない。
ようやく僕の考えを言える。
「正直アールスに指摘されるまで魔物の侵攻に気を取られててそんな事全く考えてなかった。
けどアールスの言葉を聞いて考えたけど……やるしかないと思ってる。
僕達の……僕と魔獣達の旅はこれで終わるかもしれないのは残念だけれど、アールスの言う通り今やらないといけないんだよね。
だったらやるしかない」
「ナギ……ごめんね。辛い決断をさせちゃって」
「ううん。アールスが言ってくれなかったら僕は何も言わないまま、気づかないまま旅を終わってから公表する所だったよ」
「私はとりあえず伝手を使ってナギがまた旅に出られるように頑張ってみるよ」
「そんな事出来るの?」
「分からないけどやってみる! けど私の伝手って首都にしかないから頼れるのは戦いが終わってからになるかも。一応速達は出しておくけどこっちでも何か用意しておいた方がいいかもね。
交渉役とまでは言わなくてもナギを守ってくれる人は欲しいよ」
「って言ってもなぁ……こっちで頼れる伝手なんて学校の先生達位だよ。
後はユウナ様……は他国の王族だから頼りにくいよね」
「でもユウナちゃんに相談するのは有りかも? こういう政治的? な事は私達よりも詳しいんじゃないかな?」
「そうだね」
「組合には頼れないのですカ?」
「組合からしたら僕達はただの中級だからなぁ。でも話は聞いてみた方がいいでしょうね」
「教会に頼るっていうのは駄目なんですかぁ?」
「僕はルゥネイト様の信者だって騙してたわけですからね。向こうからしたらいくら高位の神聖魔法を授かってると言っても詐欺師に思えるんじゃないでしょうか。
そうなるとやっぱり他の所からまず支援者を集めてから教会に向かった方がいいかなって」
「ルゥネイト信者はいい顔しないだろうね」
僕の心配をアールスが頷くながら肯定してくる。ルゥネイト信者がそうするとやはり説得力が違う。
「立場としてはねーちゃんって別に低くないんだよね? 五人しかいないピュアルミナの使い手なんだから」
「まぁ一応ね。都市を管理運営している都市長と同じ位の発言権はあるらしいよ? 旅に専念したいから使った事無いけど」
ちなみに都市長の発言権は議会に出ている議員よりもある。
何故なら議員を選び首都に送り出すのが都市長だからだ。
議員は都市から離れられない都市長の意向を議会に伝え実現させる為に議会に働きかける役職だ。
「その発言権てどれくらいの事が出来るのですカ?」
ミサさんの問いに昔治療士になった時に受けた説明を思い出しながら答える。
「都市の開発に口を出せるくらい? ただそこは都市長の権限内だからさすがに都市長の許可はいるけどね。
基本的に組合でも教会でも役所でも組織の長の許可があれば自由に動けると思っていいですよ」
「結構何でも出来るんですネ」
逆に許可がなければ何もできないけどね。
そして、今回僕は正当性を疑われるような立場だ。特に教会に対して僕の発言権は著しく低くなるだろう。
「けどナギはその権限を使おうにも伝手が無い状態なんですよね」
「なんで伝手が無いの?」
「下手に偉い人と繋がってシエル様の事がばれたら旅に支障が出ると思って……首都に行けば伝手はあるけど、それってアールスのおじいさんの事だし……」
実際にはまったく伝手がない訳じゃない。代替わりしたが今の都市長とグランエルの組合支部長とは治療士に認定された時に面識があるし話をした事がある。
教会にだって寄付をしていて各神様の教会を管理している神父様とも会えるだろう。
けどそれらは全面的に信用できるほどの繋がりではないのだ。
「私で事足りちゃうよね。まとめると今欲しいのはナギの権限を守るか保証してくれる人。もしくは支持者だね」
「シエル様じゃ駄目なの?」
アイネが首を傾げ聞いてくると即座にアールスが答えてくれる。
「微妙だね。今のシエル様だと威光が足りてないと思う。いくら神様でも他の神様達と違って新参でどんな神様か分からないでしょ?
そんな神様じゃ誰も崇め奉ろうと思えないよ。
シエル様の特殊神聖魔法が役に立つって知れ渡れば少しはましになるだろうけど……今回はそれまでの繋ぎを用意する為のつなぎ役が欲しいの」
「なんかややこしくなってきた……」
こういう話に強いのはアールスとレナスさんなのだけど……レナスさんは相変わらず俯いたままだ。大丈夫だろうか? そんなに僕との旅が終わるかもしれない事に落胆しているのか?
僕だってレナスさんとの旅を終わらせたくないけれど……もう僕だけで終わる話じゃない。
シエル様の威厳に関わる事だ。シエル様はそんなに気にしないだろうが、シエル様は僕の恩神だ。
僕の所為で不当に低く見られるのは避けたい。
そのために今できる事は……。
「とりあえず身近な所から仲間を増やしていこうって話だよ」
「そーなの? だったらまずねーちゃんのりょーしんに話すのが先じゃない?」
「……たしかに」
「村人は村の中で完結しちゃってる事が多いからグランエルでも探さないといけない事には変わりないよ」
「いや、でもアイネの言葉で守る事に気を取られ上ばかり見てる事に気づいたよ。まずはお父さんとお母さん。身近な人達から話す事を始めるよ」
「……それは待ってください。私に案があります」
「レナスさん?」
レナスさんは俯いてた顔を上げ、しっかりとした口調で自分の案を話し出した。