リュート村防衛戦
二体のゴーマを倒した後警戒を再開させようとした所で甲高い笛の音が鳴り響いた。
「撤退の音!?」
聞こえて来た笛の音は事前に教えられていた軍が敗北し撤退を知らせる為の音と同じ音だ。
「軍が負けたって事!?」
「そ、そんな~」
「わ、私達は撤退してくる兵士たちを待ち撤退を支援しましょう!」
アイネの慌てた声に続いてカナデさんの情けない声が上がり、最後にレナスさんが指示を出してくれる。
「レナスさん。村にいる人達に連絡する為にアイネと一緒に来た精霊術士さん達をつれて村に戻ってくれる?」
「な、何を言ってるんですか! アイネさんはともかく私がいなかったら誰が指示を出すんですか!」
「あたしも戦えるんですけど!?」
「戦えるから頼んでるんだよ。もしも魔物が水の壁を越えて入り込んだら何をするにしてもアイネの足の速さは絶対に役に立つ。
村にいる軍が連れてきた治療士の安全確保は絶対にしておかないといけない」
治療している暇はないだろうけど治療士は絶対に死なせられない。
「そして村人の避難と防衛を考えたら手広く連絡を行えて守れる精霊と連携の取れる精霊術士は全員ここにいるより村の中にいて貰った方がいい。
ただミサさんは僕と一緒に前に出てここに残る者達を守る仕事があるから残って欲しい」
「ワタシは残るのは問題ないですヨ!」
「サラサもヒビキとナスの能力の兼ね合い上残って欲しいんだけど……」
サラサがいれば森が炎上してもすぐに対処できるので残って欲しい。
そもそもサラサは神霊となってレナスさんとの契約が無くなっているので一緒に行動する意味は個人的感情以外では薄い。
そしてレナスさんを守りたいのならサラサの能力上前線で戦う方が役に立つ。
「問題ないわ。私も残る」
「ありがとう。そして、僕も魔獣達も支援する為にここからは動けない。カナデさんも弓で撤退支援できるからいて欲しい。
アールスは村に戻ってもここに残ってもどっちでもいいけど、レナスさんの代わりに指示出してもらう方が無駄なく配置できる。頼めるかな?」
アールスは士官学校で学んでいただけあって実は部隊運用の知識をきちんと持っている。
アールスが前衛だから指揮官の役割をレナスさんにやってもらっているが適正を能力で見たら実はアールスが一番適していたりする。
「……その方がよさそうだね。私も前に出たいけどゴーマ相手だと武器使うより精霊魔法で後ろから援護した方がよさそう」
「うん。レナスさん。いいかな?」
「で、でも……」
「それにサンライトを魔法石無しで使えるのは僕とカナデさんと後はレナスさんだけだ。
そしてサンライトはマナの消費が激しいから使用用途の多い僕やマナの少ないカナデさんには向かない。
レナスさんも多い訳じゃないけど精霊達がいるから僕達よりも自由に使いやすい。村人を魔物から守るならやっぱりレナスさんが最適なんだよ」
「……私もナギの提案に賛成かな。レナスちゃんとアイネちゃんには村の中で村人の避難と防衛、それと撤退支援をして欲しい」
アールスも僕の意見に同意してくれる。カナデさんもミサさんも同意してくれるようで視線を合わせると頷いてくれた。
アイネは渋々と言った様子だが反対する気はなさそうだ。
「私が直接ここで指示を出しながら精霊魔法を使えば皆さんの生存確率は上がります」
「僕は村人に被害が出ないようにしたいんだよ。ここは僕の故郷なんだ。だから守りたい。協力して欲しい」
「……ずるいですよその言い方。分かりました。ナギさんの提案に乗ります。なので絶対に無事でいてください」
「うん。約束する。さて、そいう訳で僕の案はどうですか?」
緊張した面持ちの二人の精霊術士さんにも話を振って確認を取る。
仲間内だけで話していたが僕の案を通すにはこのお二人の同意も得なければいけない。二人に損はないはずだが……。
二人は少し考える仕草をしてから僕の提案を受けてくれた。
僕の案が受け入れられてよかった。
ゴーマが現れなかったらレナスさんの言う通り全員で守っても良かったかもしれない。
けどゴーマが現れた理由が定かじゃない以上グライオンの北の遺跡で壁を作った防衛戦の時のように魔物を投げ飛ばしてくる事を警戒する必要が出た。
水の壁の高さを上げてもオーゲストがいる以上高さ勝負をするのは使用するマナの量を考えると分が悪い。
オーゲスト以外の魔物が非常に硬い岩石型の魔物と言うのもまずい。高い所から落ちても平気そうだ。
「もしも魔物を村の中に投げ込んで来たらその勢いから守れるのはディアナだけだ。頼むよ」
「ん。守る」
「アイネ、無茶したら駄目だからね」
「分かってるって」
「レナスさん……私情を入れちゃうけどお母さん達を頼む」
「はい。必ず守ります」
ヘレンが水の固定化を解き、水の壁に穴を開けて人が通れるようにする。
レナスさん達が村の中に入って行くのを見送ってようやく一息つく。上手くレナスさんを後方に下げさせられた。
魔物を投げ飛ばしてくるという懸念があるから安全という訳じゃないけど自警団もいるしここよりは安全だろう。
ついでに固定化はしないでいつでも盾として使えるように広く配置していた全ての水を近く集めておく。
もう動物に寄る畑や村への被害を気にする段階じゃない。
魔物は生命体のいる方へ向かってくるから撤退する兵士さん達を追ってくるはず。
というか逃げ切れるのか?
「さっそくだけどアールス。僕達は森の中に入って助けに行った方がいいと思う?」
「論外。土地勘もないのに感知の出来ない森の中に入ったって迷ったり行き違いになったり二次被害を引き起こすだけだよ。ここは素直に待っていた方がいいね」
予想通りの返答だけどいつものアールスと違って言葉に棘を感じる。それだけアールスにも余裕が無いという事か。気を引き締めないとな。
「で、でも兵士さん達も土地勘がないでしょうし逃げきれるでしょうかぁ……」
「そこは信じるしかないよ。少なくとも誰か状況が分かる人が戻ってきてくれれば手の打ちようも浮かぶかもしれないんだけど」
「オーゲストの位置を確認してナスちゃんが攻撃を仕掛けるのはどうでショウ?
木々が邪魔でも高い足場を作れば射線が通るのでハ?」
「なるほど。いい考えですね。ナギ、頼める?」
「ナス、いける?」
「ぴー!」
近づかれる前にオーゲストをどうにか出来るのは大きいはずだ。
「で、でももしもゴーマを高台に向けて投げつけられたら危なくないですかぁ?」
「たしかに。ディアナがいれば守りやすいんだけど……水の操作をナスに担当してもらうと負担が増えるし下の方の守りが手薄になるかもしれないか」
「ゲイルに頼めないかな。空駆けで自由に動きやすいから向いてると思うけど」
「ゲイルどう?」
「ききっ!」
アールスの提案をゲイルに確認してみると了承してくれた。
「ナス、最初に狙うのは腕からお願いね。身体が無事なまま頭を先に潰して暴れられたら危険だから」
「ぴっ!」
アールスの助言にナスもいつも以上に気合が入った返事をする。
「じゃあ早速作ろう。皆下がってて」
アースウォールを使い地面に穴を作りつつ高台を作成する。
さらに穴には固定化した時の支えとなるように水を入れておく。
その作業をしている間にカナデさんが兵士さんを発見した。
「あっ、兵士さんですよぉ! 魔物はいません!」
「逃げてこられたんだね。ミサさん、話を聞きたいから確保して私の所まで連れて来て。カナデさんは警戒を怠らないように」
「分かりましたぁ」
「行ってきマース」
戻って来た兵士さんは一人だけだった。
全力で逃げてきたのか息も絶え絶えですぐにでも崩れ倒れそうな様子だ。
ミサさんが抱えアールスの元に連れて行き、アールスが話を聞こうとするが息を整えるのがやっとのようで話が出来るような状態じゃない。
作業をいったん中断し兵士さんに手甲を外しつつ近寄り兜を取って額に素手で触れ、インパートヴァイタリティで僕の生命力を分け当たる。
ついでに怪我の確認もしておくが目立った外傷はない。
鎧が所々壊れているので多分自分で治したのだろう。だけど顔色が悪い。唇も紫色になっている。毒か? マナももう無いようだし念のためにキュアもかけておこう。
「大丈夫ですよ。ここは安全です。焦らず息を整えてください」
そう言うと兵士さんは息をすぐに整え直した。
「状況は部隊は壊滅。毒にやられた。毒で動きが鈍った所を突かれた。まだ逃げてくる兵がいるから保護して欲しい」
「毒には気が付かなかったんですか?」
「気づいた時には遅かった。恐らく空気中に散布し身体に蓄積させて一定量を超えたら一気に症状が現れる性質の毒だったんだ」
「壊滅という事は死亡者が出たんですか? 治療士が必要な怪我人は?」
「出た。無事な兵は四十人中半分。戦えない者は残る内の訳半分で治療士の治療が必要だ。残りは……」
「生存者はこっちに真っ直ぐ来ていますか?」
「囮がオーゲスト含む魔物の相手をしてくれているが残りは全員こちらに来ているはずだ」
それは……囮役の人の生存は絶望的じゃないか?
犠牲になった人、犠牲になるかもしれない人達の事を考えると気が重くなる。
「森の中の状況は? 私達が救助に向かった方がいいですか?」
「土地勘がないならやめておいた方がいい。オーゲストの魔素の所為でマナによる感知も出来ないから入れ違いになる危険性がある」
「分かりました。では……村の中に村人の避難と防衛を担当している仲間がいます。その仲間や治療士達に状況説明をお願いできますか?」
「……分かった」
兵士さんは頷き村の中へ入って行った。