水の蓋
「これは……このまま腕を切ってから落としても時間稼ぎになるんじゃないでしょうか?」
「そ、そうね。でも穴の中に他に魔物がいないとも限らないわ。絶対に警戒を解いちゃ駄目よ」
「分かりました。ヘレン。右腕が取れたら水の固定化を解いていいよ」
「くー」
魔物は核を破壊しない限り頭部を失っても死なず再生し続ける。
けれどその再生は時間がかかり、一昼夜で治るものではないと学校で習った事がある。
そして、その遅さは魔物の身体が大きくなればなるほど遅くなるらしいので物を考える頭が無くなり、右腕を失くせばすぐに上がってくることは出来ないだろう。
そして、ナスが魔物の腕を切り落とすと同時に水の固定化が解かれ魔物は穴の中に落ちて行った。
さらに巨大な魔物がいなくなったおかげでライチーが穴に近づけるようになり、穴の中の様子をライチーが空中に投影して見せてくれた。
映っているのは穴の中の巨大な魔物が開けた穴から壁を上ってこようとしている魔物達の姿だった。
しかし、見える魔物は先ほどの赤く巨大な魔物ではなく岩石で出来た魔物ばかりだ。
「やっぱり他の魔物もいるわね。大きくても中型止まりだけれど……」
「水で蓋をして上がってこれないようにしましょう。今みたいに中の様子を探れるように真ん中あたりは穴を開けたままにして」
「それがよさそうね。さっきまではヘレンちゃんにやってもらってたから今度はヴェロニカにやってもらいましょう。
……ヴェロニカもあまり長くは出来ないけれど」
「水の固定している時は身体の乾きはどうなるんですか?」
「渇きを潤す為の水分も切り離さないと固定化しちゃうから水分がなくなって身体が乾いちゃうわ。持って三時間くらいだけれど……まぁその前に一時間くらいで集中力が切れちゃうんだけど」
そういえばヘレンは体表の水分とかどうなっているのだろう? 体内の水分は口の中でも固定化の影響を受けないみたいだけれど……。
「集中力というならヘレンもそれ位ですね。じゃあ一時間交代で行きましょう」
「そうしましょう」
そう決定するとヴェロニカさんが穴を円環状にした水で蓋をしてとりあえず魔物が上がってこれないようにする。
「空いている穴から攻撃できないかしら。少しでも数を減らしておきたいのだけど」
「そうですね。巨大な魔物がいなければ地面を埋め直すっていう手もあるんですけど」
埋め直した後巨大な魔物が再生しきって地表を最初に出てきた時のように破壊して出てきたら危険だ。
「弓はまず無理ですねぇ」
「魔法も厳しいですね。魔素が濃いので誘導しきれない可能性が高いです。ナスの光線も水の壁は無視できないので角度的に厳しいかな?」
「ぴー」
魔素の影響を受けない神聖魔法のフォースならいけるかな?
フォースは中級以上の魔物だと核に直接当てられないと倒せないが、壁を上ってる最中に妨害して落とす事位は出来る。
「ジーンさんは新しい神様から授かる事の出来る神聖魔法の事を知っていますか?」
「まぁ一応。例の夢のお告げで神聖魔法の事も教えてもらったから知っているわ」
「なら丁度いいですね。カナデさんがその神様の神聖魔法を使えるんですよ。フォースっていうんですけどね」
「……聞きたい事はあるけれど、まぁいいわ。カナデちゃんがそのフォースで魔物を倒すって事?」
「私魔法は得意じゃないんですよぉ。私だけっていうのはちょっと~」
「なのでフォースの魔法を閉じ込めた魔道具があるんですよ」
封じ込めるのにカナデさんの手は借りてないけどね。
「随分準備がいいのね?」
「対魔物用の攻撃神聖魔法ですよ? 準備しておくに決まってるじゃないですか」
「普通そう都合よく新しい神様を信仰してる人なんて見つからないわよ……」
「四つあるのでジーンさんと魔獣用に分けておきますね」
ジーンさんに二つの魔法石を渡し、ナスに一つ渡しておく。
四つと言ったが僕の分はフォースではない全く別の魔法が入った魔法石だ。なので本当は三つしかない。
本来は仲間に念の為にと渡した魔法石で、今手元にあるのはレナスさんとカナデさん用の二つに予備用として用意した物だ。二人ともシエル様の神聖魔法授かって必要なくなったのだけど。
「とりあえずこれを魔物相手に試してみましょう。神聖魔法は魔素の影響を受けないので普通の魔法よりは当てやすいと思いますよ」
「ありがとう。早速試してみましょう……の前に私は手紙を書かないと」
「そうでしたね。じゃあカナデさん、ナス、僕達だけで先に行きましょうか」
「ぴー!」
「が、がんばります~」
穴に近づき、ヴェロニカさんの作った水の蓋の上に登る。
「意外と水の蓋の上からでも穴の中はっきりと見えますね~」
「ライチーが上から光を当ててくれているからっていうのもありますけど、透明度が高いですからね」
「で、でもここにいるのちょっと怖いですねぇ。もしもただの水に戻っちゃったら私達穴の中に落っこちちゃいますよぅ」
「こ、怖い事言わないでくださいよ」
さすがに固定化が解けたからといってすぐに落ちる事は無いと思うけど……。
「カナデさんって泳げます?」
「泳ぐって何ですか~! 泳げませんよぉ!」
「ナスも泳げないよねぇ」
「ぴー……」
「僕もこの身体で泳いだことないんだよな」
前世では泳げたんだけど今世ではちゃんと泳げるだろうか?
「……と、とりあえず攻撃しましょう」
「うぅ……お、降りて攻撃しませんかぁ?」
「そ、そうですね。水に開いた穴の場所は確認できましたしそうしましょう。ただ三ヵ所に別れた方がいいでしょうね。そんなに広くないとはいえ対岸は見え辛いですから」
「はい~」
穴の広さは大体一軒家が三件くらい入る広さだ。
水の蓋が横からだと上から見るよりも厚みがあるうえ中心部が穴が開いている為いくら透明度が高くても対岸は見える光景が歪み見辛くなっている。
「あっ、フォースって水の蓋通り抜けられますかねぇ?」
「あー、ちょっと試してみましょうか」
神聖魔法は魔素やマナの影響を受けずにすり抜ける事は出来るが、土や石で出来た壁をすり抜ける事は出来ない。
けど水の中に入っても問題ないはずだ。じゃなかったら水中でヒールなどの他の神聖魔法も使えなくなる。そして、使えなくなるという話は聞いた事が無い。
だからどんな膨大なマナで水で操っていようとフォースならすり抜けられると思うのだけど、固定化された水の場合どうなるかはちょっと分からない。
水の蓋から降りてからためしにフォースを出して水の蓋にぶつけてみるとすり抜けなかった。
恐らく流体かどうかで決まるのかな? 固定された水は硬く重たくて動かせない石の壁と変わらないという事か。
「駄目みたいですね。当たっても消えないみたいなので気楽に行きましょう」
「ちょっと気を抜き過ぎじゃないですかぁ?」
「いや、だってナスのアレを見た後だと……」
「気持ちは分かりますけど駄目ですよぉ」
「はい……気を引き締めます」
ナスの強さに甘えてしまっているんだろうか? グライオンで魔物を倒してから何となくこういう事が増えた気がする。気合を入れ直さないと。
「とりあえずジーンさんが来るまでは三人でお互いの見えない所を補い合いましょう」
「はい~」
「ぴー」