ナスつよい
「ゲイル!」
飛び散った岩にゲイルが当たったらひとたまりもない。
ウォーターウォールの魔法陣をすぐさま作り発動させる。
水はあらかじめヘレンが出してくれていたので発動後すぐに水は僕達を守る壁になった。
厚みがある為ヘレンに能力を使ってもらう必要はない。むしろ固定してしまったらヘレンに衝撃が行くのでやらない方がいいだろう。
水の壁は飛んでくる岩石を受け止める事が出来て皆に被害はなさそうだ。
「ゲイル、一度戻って来て」
そう言うとゲイルはすぐに戻って来て僕の肩に乗った。
ゲイルの姿を見て怪我一つなさそうで安心した。
念のために鎧を着ていたがそれが吉となるか凶となるか。
逃げるなら鎧は着てこなかった方がいいかもしれない。
「ゲイル、何が出てくるか見えた?」
「きぃ。ききーきき」
岩石が吹き飛んだのを見て逃げるのに夢中になっていたので何も見れなかったらしい。
「とりあえず何が出てきてもすぐに拘束できるようにしておこう。いいね? ヘレン」
「くー」
水の壁を崩し縄状に変えて穴を覆うように網状に蓋をしておく。
やがて穴から何かが這い上がって来た。
最初に見えたのは巨大な赤い手。
岩石で出来た感じの手ではない。人に近いように見える。
「なんだ?」
ティタンの物ではない。トロールにしても色が違う。
けど手の大きさからしてトロールに近い大きさをしていそうだ。
「カナデさん。あれが何の魔物か分かりますか?」
「い、いえ~。さすがに手だけじゃ分かりませんよぉ」
カナデさんなら遠くから判別できると思ったけどさすがに手だけじゃ分からないか。
「ナス、ここからあの手に攻撃するよ」
「ぴー」
ナスと一緒にサンダーインパルスを使う。
僕のは固有能力がないので似せただけの物だけれどそれでも威力は十分出るはず。
電気の球を生み出し赤い手に向けて放つ。けれど、僕の放った電気の球だけは消えてしまった。
「魔素が濃いか」
ナスの生み出した電気の球は魔素の影響を受けにくい為見事に当たる。
すると刺激してしまった所為なのか赤い手に力が入ったようで指先の地面が陥没する。
そして、片手の力だけで巨大な魔物が穴から飛び出してきた。
「ヘレン!」
僕の合図と共にヘレンが水を固定化させる。
水の網を突き抜けようとした巨大な魔物は途中で水が固定化された事により飛び出そうとした格好のまま捕獲されている。
「やったわね」
ジーンさんが近づいて声をかけて来た。
「はい。けどなんでしょうこの魔物。トロールにしては肌が赤いですが」
トロールの肌は青白いはずだ。
「分からないわ。そもそも出入り口のない地中に人に似た魔物がいる事自体普通に考えたらおかしいのだけど」
「やっぱり壁を越えてきた魔物が潜んでいるという予想は当たっていたんでしょうか」
「恐らくね。忙しくなりそうだわ」
「とりあえず捕まえた魔物は倒しましょう。ヘレンもそう長くは持ちません」
水は穴のふちに沿って暴れられても動かないように形を工夫して固定しているけれど、魔物が暴れられると地面が削られると振動が大きくなりヘレンが危険だ。
幸いティタンのように硬い殻に覆われているわけでもなさそうだ。
「そうね。確かヒビキちゃんの火が最大火力なのよね。皆、水以外の魔法で一斉攻撃開始!」
「残ってるマナはナスとヒビキの攻撃に回すからアースとゲイルは周囲の警戒をするんだ!」
魔法が一斉に赤い魔物に向かって行く。しかし、その魔法のほとんどが魔物にたどり着く前に消えてしまった。
辛うじて当たったのはカナデさんの放った矢とナスの放った電撃、それにレベッカさんの放ったストーンランスだけだった。
そのストーンランスもたまたま高い所から発射され、マナでの誘導が失っても勢いのお陰で魔物に当たっただけのように見えた。
魔素の貫通力を上げたフレイムランスでも突破できないとなるとヒビキの固有能力は期待できないか。
「まともな魔法じゃ無理そうね」
「弓も効いているようには見えません~」
「それなら、ナス。光を使おう」
「ぴー!」
かつて実験だけしてその強力過ぎる力に封印する事を決めた技術だ。
これで駄目だったら僕が神聖魔法を使わざるを得ない。
ナスが光を集め始めると周囲の風景が歪んできた。
「皆光を絶対に直視しないでください。特にカナデさん」
「はい~」
「目標は魔物の頭部。……発射!」
「ぴー!」
ナスの頭上の空間から六本の拳ほどの太さの光線が発射され、魔物の顔面に当たる。
効果があるのか魔物が声を上げる。
そしてさらにばらばらの光線の焦点を一つにまとめと魔物の顔に穴が開いた。
「よし。あの大きな魔物にも効くぞ」
「あれは、何をしているの? 新しい神様の神聖魔法?」
「違います。ナスの固有能力で太陽光を束ねた物理攻撃です。あの光線はすごい高温なので絶対に触らないでください」
複数の光線を出して焦点を合わせる事で高温を出して攻撃する技だ。
わざわざ焦点を合わせる必要があるのは高温になる範囲を限定する為なんだけれど、巨大な魔物に効果があるくらい高温を出させるとなると光線自体も高温が出る位束ねる必要がある。
「だけどあれだけじゃ余計に暴れられてヘレンちゃんに負担が行っちゃうわ。早急に核を見つけて破壊しないと」
「……そうですね」
たしかにジーンさんの言う通りだ。
普通の魔法が通らないとなれば今ある手の内だとナスの力かヘレンが水を武器にするかホーリークレイドルを使うくらいしか方法がない。
けどホーリークレイドルも巨大で魔素の量も多いあの魔物にどれくらい通用するか分からない。
使った事のないホーリークレイドルに賭けるというのも少々怖い。もう少し何か手はないだろうか。
「ぼふぼふ。ぼふふーぼふ」
「水の拘束を解いてもう一度埋め直す? でもそれをやってもすぐに出てくるんじゃないかな」
「いえ、一旦ヘレンちゃんの拘束を解いて穴に落とし直すのは有りかもしれないわね。
それからナスちゃんが上から光線を使うのよ。そしてナスちゃんが疲れたら岩をぶつけるなり穴を埋め直して時間稼ぎをする。
これなら倒せなくても軍が来るまでの時間は稼げるんじゃないかしら」
穴の淵を掴んで飛び上がらないと地表に出れないなら魔物は少なくとも地面に足を付けたまま上がれるほど大きくはないはずだ。
それに頃合いを見てホーリークレイドルを使える時が来るかもしれない。
……いや、あの巨大な魔物相手ならサンライトの方が良くないか?
サンライトは円錐状に広がる照射型の魔法で、相手が大きければ大きいほど効果があるはず。それに穴に直接照射してもいい。
難点は指先からしか出せない事か。
どうやら混乱で頭が固くなっていたらしい。相手が大きいからって一番位の高い魔法であるホールークレイドルに気を取られてしまっていた。
「なるほど。ただ範囲が心配だな。ナスの光を操れる範囲は狭いんですよ。なので穴の中に攻撃しようとすると穴の淵まで近づないといけません」
「水を足場にすればいいんじゃないかしら?何か投げ込まれても大丈夫なようにナスちゃんの足場の真下にもう一つ壁を作って守る。
この場合ヘレンちゃんよりも身体の小さくて地面を這いつくばっているヴェロニカが水の上に乗っていれば衝撃で揺れても耐えられるはずよ」
「ナス、負担が大きいけれど……どう?」
「ぴー! 大丈夫!」
「なら……それで行きましょう」
「ナスちゃんを揺れから守るために籠を作らないといけないけれど籠に覆われても固有能力は使えるのかしら?」
「大丈夫です。水で視界が阻害されてもナスの能力なら問題ありません」
『まってまって! それならわたしもてつだう!』
「ライチー? まだ逃げてなかったの?」
『レナスににげないでさいごまでみまもってっていわれの!』
「そ、そうなんだ」
『あなのなかのこうけいはあたしのちからでみせられるよ!』
「そういう事なら頼みましょう。他の皆は這い上がろうとしてくる魔物の妨害ね」
「いえ、ヘレンはヴェロニカさんが固定している水をさらに固定させましょう。その方が安全度が上がると思います」
「そうね、そうしましょう」
「後ゲイルに東の前線基地にこの事を伝えに行って欲しいと思います」
「それはヴィヴィアンと博士がしてくれると思うけど……こちらの状況を伝えるのも重要ね。私が手紙を書くからそれを届けてもらいましょ。
それじゃああまり猶予はないかもしれないし早速始めましょう。
まずはヴェロニカ、水を出してちょうだい! ヴェロニカの準備を終えたらあいつを穴に落としましょ!」
「はい!」
魔物の方を見るとすでに頭部は無く、右腕も肩の根元が焼き切られていて取れかかっていた。
「……うわぁ」
ナスつよい。