地中にあるもの
最初の僕達の力を見る為に調査する場所はリュート村の森周辺の農地近くだった。
どうやら農地を拡大する為に土地を耕すのを代わりにやってくれる代わりに調査の許可を貰ったようだ。
大分早い昼食を食べてから食休みを挟んでから調査を始める。
博士が休み時間のうちに穴を掘る場所を決めてくれていたのですんなりと進んだ。
……ゲイルに元気がないみたいなのが心配だけど、ゲイルに聞いても適当にはぐらかされてしまった。
穴を掘るのに昔アースがやったように自分で地面の土にマナを浸透させ直に動かす必要はない。
アースと共有しているマナを僕が動かし魔法陣を描く。
深さと広さを設定して発動させると範囲内の土が勝手に盛り上がり宙に浮き始める。
浮いている土はさすがに自分で空き地に移動させないといけない。
博士に事前に決めて貰った場所に土を置く。
穴の中を覗くと大人の男性一人分の深さしか掘れておらずまだまだ浅い。
これは仕方ない。一度に動かせる土の量には限界がある。アースが昔高台を作った時はあらかじめマナを浸透させていたから出来た芸当で、マナの消費も激しい。
魔法陣を使った方が低燃費なんだ。それにアースの作った高台は集めて固めて作った物だから穴を作るには少し向かない。
今回は地面の中の調査なので出来る限り地中の状態は変えたくないから固めて穴を掘り広げるような事は出来ないのだ。
数回魔法陣を使うと硬い岩盤に当たった。砕けば続きを行えるが今回はあくまでも調査に必要な力を持っているかどうかを見る為の行為なのでそこまでする必要はないと博士は言ってくれた。
そして、それはそれとして博士は剥き出た地層の様子を見たいと言い出したのでアースに掘り出した土を固め階段を作ってもらう。
さらに先にライチーに穴の中を調べてもらい、それからジーンさんが安全を確かめる為に土の階段を使って降りていく。
階段を降りるジーンさんは一歩一歩強く踏みしめて階段の様子を確かめている様だ。
ジーンさんが降り切り、さらに登って戻って来て安全を保障してくれる。
戻ってきたジーンさんは大蛇の魔獣であるレベッカさんと狼の魔獣であるヴィヴィアンさんを連れて博士と一緒に降りて行った。
ラサリザの魔獣であるヴェロニカさんとクラウンという鳥の魔獣であるステファニーさんは階段を降りる事に向いた体躯をしていないので残された。
その二匹の事をジーンさんが任せたのがリスによく似た魔獣であるジャンヌさんだ。
どうやらレベッカさんに次ぐ古参で魔獣間のまとめ役をこなしているらしい。小さいのに重要な役割を任されているようだ。
そんなジャンヌさんにゲイルがライブリーに似てると僕の頭上でつぶやいた。
たしかに似ているかもしれない。
大森林にいたリスに似たまんまるの魔獣であるライブリーもまとめ役っぽかったな。
残された僕はとりあえず何があってもすぐに動けるように穴の中に意識を向ける。
ゲイルは僕の頭の上から移動してジーンさんの魔獣達の元へ向かった。
気にはなるがとりあえずマナで動向だけ把握しておく事にする。
調査の時間はただ穴が開いているだけなのでそうかからなかった。
大体一時間程で博士達は引きあげて来て地面を元に戻すよう求めて来た。
埋め直す作業の合間に調査結果を聞くと、どうやら地中の魔素はやはり地表付近よりも濃いらしい。
魔素の許容量という物があり、一定量以上の魔素を浴びると魔石や魔獣になる……専門用語でいう所の『魔化』してしまうのだ。
魔獣の様な生き物は魔化するとマナを発生させるが、鉱物などの無機物や植物は魔化すると半永久的に魔素を発生させる。
そして、その発生する魔素の量は常に一定で異常に増える事はない、らしい。
なので地中だと魔素は土全体に広がり均一化されてある程度の濃さに留まって地中と地表の魔素の濃さも大きくは変わらないんだとか。
ただその原因が魔蟲が地表近くの魔素を食べたのかやはり地中に何かあるからなのかはっきりとはまだ分からないようだ。
この話を聞いてさらに掘って調査をしないのかと問うとさすがにこれ以上ここで時間を食うと次の村に着くのが遅くなるからという返答だった。
たしかにあまり時間を消費していると次の村に着く頃には宿の食堂が閉まってて夕食を自炊する事になる。
気にはなるけどここは素直に従おう。
穴を埋め、地表は耕しやすいように均しておく。
そうしたら僕達はリュート村の村長に報告をしてから東へ向かう。
最初の調査の場所は東のアーク王国の国土と魔の平野を隔てている壁から西へ歩いて一日、周囲の村からは半日ほど離れた所にある草原だ。
その草原の特に地表の魔素が濃い場所と薄い場所を調査するのが目的だ。
濃い場所は草原の西側で、薄い場所は東側にある。
どうやら魔の平野からの魔素の流入が減ってアーク王国東側の魔素が減っているのなら、この草原の地面の魔素の偏り具合は逆になっていないといけないのでは? というのが博士の最初の疑問だったらしい。
そこから魔蟲や魔獣が地中の魔素を食べている為魔素濃度が減っているという仮説を立てた。
そして、さらに調べてみると各地で魔素濃度の高い土地が点在している事に気が付き地中に何かあると考えた様だ。
掘り起こす所に着くと早速魔法陣を展開する。
最初は魔素の濃い土地の中心部だ。
魔素の濃い土地はあまり広くはない。大体見渡して目に入る地面よりも少し狭い範囲だ。
……いや、調査しようと思ったら十分広いか。
何があるか分からないのでヘレンにはあらかじめ水を出しいつでも使えるように控えて貰っている。
そういえばジーンさんに確かめたけれどヘレンとヴェロニカさんと同じ固有能力なようだ。
ただヴェロニカさんはマナの量がヘレンほど多くないのと身体を湿らせる事に水を使用しているから下手に使うと身動きが取れなくなるようだ。
同じ固有能力だからってヘレンと同じように考えたらいけないな。
そして、穴を掘って行くとやがて岩盤に当たった。
今回は砕いて掘り進めようとした所でおかしなことに気が付いた。
岩盤の一部が柔らかくなっている。
その柔らかい箇所は魔素が濃い土地の中心辺りで、人一人入れそうな位広い。
地中を掘り進む魔獣の仕業かそれとも……。
博士に判断を仰いで警戒しながらも掘り進める事を決めた。
岩盤には大きな岩が埋まっているので掘り進めるのに今まで使っていた魔法陣だと効率が悪くなる。
柔らかくなっている所にだけ使うにもさすがにそこだけ掘り進めると調査がやり辛くなる。やはりある程度の広さは必要なのだ。
掘るのに使うのはヒビキの固有能力だ。
岩を熱して冷やすを速い速度で繰り返してヒビが入ったら魔法で持ち上げて近くの岩にぶつけて砕くだけの簡単な作業である。
そうやって掘り進めて行くと突然うすっらとした色の赤い霧が吹き出て来た。
魔素だ。
実際に魔素の色を認識したのは昔前線基地で魔の荒野の遠いの景色として見た時以来だ。
目に見える程の魔素が吹き出るという事は地中に空間があって魔素が溜まっている証拠だ。
一体どれだけ溜まっているというのか。
そして、空間に魔素が溜まっているという事は岩や土が魔物に変化しているという事だ。
可能性があるなんて生易しいもんじゃない。確実にいる。
「皆、警戒して!」
「博士は下がっていてちょうだい」
僕とジーンさんが声を発したのは同時だった。
僕の掛け声とともにヒビキを乗せたナスが僕の横に付き、アースが僕より前に出る。
ヘレンは水を出していつでも準備が出来ている様子だ。
ゲイルは宙の高い所に足場を作って穴を見下ろし監視をしてくれている。
そして、ジーンさんの魔獣たちもジーンさんを中心に陣形を作っている。
赤い霧状の魔素はすぐに途切れた……いや、途切れた訳じゃない。
吹き出る密度が減って色として認識できなくなっただけであって、マナで確認すればまだ魔素が吹き出ている事が分かる。
近づいて確かめようと穴に向かって一歩踏み出した所でナスが叫んだ。
「ぴー!」
「地面が揺れてる?」
ナスの言葉を確かめようと足元に集中しようとした瞬間僕でも分かるほどの揺れを感じた。
「皆下がって! アース、ヘレンを頼む!」
「ぼふっ!」
アースとヘレンは身体が大きい為すぐに体を反転させられるほど機敏ではない。
なのでアースが地面を操り後ろへ下がる。
ジーンさん達も穴から離れるように後ろへ下がっているので心配はないだろう。
「アース、もしもの時は博士の事よろしく」
「ぼふっ」
博士を逃がす時、足の速さではナスの方が上なのだけどさすがに初めての人がナスの背に乗るのは難しい。
ヘレンは背中に人を乗せ走るのにまだ慣れていない。だからアースに頼む方がいいはず。
「ききー!」
穴の方向から逃げながら穴を監視しているゲイルから地面が盛り上がっている事を伝えられた。
「ジーンさん! 穴の中の地面が盛り上がってるそうです! 何か出てくるかもしれません!」
岩石系の巨大な魔物が出てくるかもしれない。
「アリスちゃんは博士と一緒に避難しなさい! 私達が足止めするわ!」
「僕達はティタンの討伐経験があります! 足止めするなら僕達の方が適任です!」
「……分かったわ! 一緒に足止めを試みましょう! 無理はしないでね!
ライチーちゃんは何か出てきたら契約者に連絡をしてから逃げて頂戴!
それと今の内にヴィヴィアンに博士を乗せて逃がすわ!」
「分かりました!」
揺れが激しくなると同時に岩を叩くような大きな音まで響き渡る。
そして、爆発のような音と共に岩が空に舞い上がった。