閑話 将来
おいらはでっかくなって帰ってくると大森林の皆に言ってナギについて行った。
けどその時の誓いは漠然とした目標で具体的にどうしようっていうのは無かった。
何かでかい事を成し遂げたい。けどそのでかい事ってなんだ?
でっかい魔物を倒せばそれでいいのか?
それともバオウルフみたいに一杯仲間を作る事か?
答えをナギとの旅で見つけられると思ったんだ。
そして、ナギのやりたい事の一つに気になってる事がある。
それはナギが時々語るおいら達魔獣の未来についてだ。
今日もそれを昼飯後に変なおっさんに向けて語るみたいだからいつも通りナギの膝に陣取って話を聞く。
「ジーンさんは三ヶ国同盟の総人口がどれくらいか知っていますか?」
「たしか一億近くとは聞いているわね」
「そうです。そして千年前の魔物の大進攻の後に出来たアーク王国の人口は百万人と聞いています。千年で百倍ですね。
単純に考えても百年で十倍になっています。このままの速度で人口が増えたら百年後には三ヶ国同盟の人口は十億、千年後には百億になります。
はたして千年後に百億も暮らせる土地があるでしょうか?
もしかしたら人口の増加が加速してもっと早く土地が無くなるかもしれません」
そして、人は住む土地を求めて大森林を手に入れようとするかもしれません」
「それで争いが起こると?」
「そして魔獣は確実に負けます」
「……」
ナギによると大森林の魔獣を集めても人には絶対に勝てないらしい。
いくらマナが多くても人の使う道具……矢とか投石器を使えば魔獣を殺す事が出来るらしい。
カナデの弓の訓練を見たらその考えはよく分かる。
おいらが矢を食らったら一撃でお陀仏だ。
アースみたいな大きくて硬い魔獣なら耐えられるかもしれないけど、グライオンで見たトラファルガーと軍の演習を見たら大型の魔獣がいても人間相手じゃ安心できない。
「負けた後の処遇がどうなるかはさすがに分かりません。だけど魔獣達の住む場所が無くなるのは確実でしょう。
もっとも、人が手を出さなくても魔獣達は減らないので魔獣達が増え続けたら大森林からあぶれる者が出てくるでしょうけど」
「それでナギちゃんは人と魔獣達と争いにならないようにしようと?」
「というより争いになる前の交渉するための窓口と大森林じゃなくても生きていける環境を整える事ですね。
今朝も言いましたが魔獣達が幸せに生きて行けるようにしたいだけなんです。
最終的には法律で人と同じ権利を得られたら最高なんですが」
ナギの夢はきっと実現させたらすごい事だ。皆から褒められるに違いない。
ナギの夢を手伝えたらおいらも少しはでっかくなれるんじゃないか?
おいらが本当にでっかくなるための手がかりがある気がする。
「さ、さすがにそれは無理じゃないかしら?」
「さすがに僕が生きている間には無理でしょうね。でも国に権利を認められているのと認められていないのとでは大違いですからね。
……とはいえさすがに僕も千年かかってもそこまで叶えられるとは思えないんですよね」
「あら、そこは嘘でも自信を持たないと駄目よ? 自信のない人の目標に共感して協力してくれる人なんていないんだから」
「うっ、たしかにそうですね」
おっさんの言う通りだ。ナギは時々変な所で気弱になる。
他の仲間にも何度も注意されてるのになかなか治らない悪い所だ。
どうしてでっかい魔物相手に逃げ出せずにいられるのにびびるんだろう?
ちょっと慰めてやろうと思って立ち上がってナギの頬を舐めるとお返しに頭を撫でて来た。これ好き。
「最初は魔獣達が人間社会を勉強する為の学校を作ろうかと思ってるんです。生徒は大森林のバオウルフ様の所の魔獣達なんですけど」
「あらいいじゃない」
「ただ私立の学校になりそうなので運営資金を稼ぐための利益をどう稼ぐべきか悩んでるんですよね。魔獣達はお金持っていませんし」
ナギが自分が生きている間は自分の治療士で得たお金から出そうかって言ってたっけ。レナスがそれをやったとしてもきちんと利益を出せる仕組みを考えて確立させておかないといざという時に困るって言ってたけど。
おいらも考えてみたけど駄目だった。学校で学んだ魔獣が冒険者になるっていう案しか考えつかなかった。
この案もそもそも魔獣が魔獣だけで冒険者になるには国に認められないといけない訳で、国に認められるために学校を作るんだから順番があべこべだって言われた。
「そうねぇ。そもそも魔獣は長生きなんだから一度教えたらそうそう数は増えないでしょうしお金のかかる学校を作る必要ないんじゃないかしら?」
「でも定期的に人間社会の情報を教える場所はあった方が良くないですか?」
「ああ、情報発信の場所としても使いたいのね。だったらなおさら学校に拘る必要はないわよ。都市で暮らせないのなら大森林が主な住み家になるでしょう?
でも言っちゃなんだけど大森林の近くってド田舎よ? 情報の移り変わりなんてほとんどない土地でわざわざ学校を作って人間社会の事教えるよりも号外を配る方が安上がりだわ」
「あー……」
「人間社会の常識を教えるなら長生きで増えにくい魔獣の為に学校を作る必要は薄いし、情報を与えるにしても学校にする必要はないのよ」
「たしかに……そうかもしれませんね」
「人間社会の事を教える場所は必要だと思うけれど、本を用意して青空教室で十分なのよ」
「なるほど、勉強になります。でもそうなると国に認めてもらうための方法を一から考え直さないとな……」
「そうね。それは大森林の魔獣達と考えた方がいいと思うわ。いくらあなたがいい案だと考えても他の魔獣達が拒否したら意味ないもの」
「そうですね」
学校は必要ない?
「きー?」
「うん。必要はないんだよ。人間社会の事を教える人がいればいいんだ」
ナギがやるのかな?
「ききー?」
「そうなるかなぁ……そうなると僕も勉強しなきゃだけど……大森林まで講師を呼ぶとなるとさすがにお金かかりそうだよね……」
「そうね。受けてくれる人がどれだけいるかしら。でも全部をナギちゃんがやろうとするのはよした方がいいわね。
それに人間の社会の事教えるなら最初は実際に都市で暮らした事のある魔獣達に実体験を話してもらうっていうのもいいんじゃないかしら?」
「たしかにそうですね……」
「ききっきー」
それ位おいらが手伝うさ。
「んふふ。ありがとう。その時になったら頼むね」
またナギが背中を撫でてくる。これも好き。ずっとしててほしい。
だけどナギはいつもすぐにやめてしまう。
「私の方でも魔獣使い仲間に声をかけて独自に動いてみるわ。ナギちゃんの魔獣達に幸せに生きて欲しいっていう気持ちすごく分かるもの。
一緒にやって行けそうだったら合流しましょう」
「ジーンさん……ありがとうございます」
二人の話は終わって雑談に移ったからナギの膝の上からちょっと離れた場所にいるナスの元へ行ってナスの背中に乗る。ここがふかふかしてて気持ちいいんだ。
『きー。ナス、聞いてた?』
「ぴー。聞いてた」
『きー。おいらナギのやりたい事手伝ったらでっかくなれる方法を見つけられる気がするんだ』
「ぴー。見つけられるといいね」
『きー。そういやナスはどうするんだ? ナギの事手伝うよな?』
「ぴー! もちろん! ボクね、やりたい事があるんだ」
『きー? やりたい事ってなんだ?』
「ぴー。人間の学校の先生」
『きー? 人間の?』
「ぴー。うん。ボク子供達好きだし子供達に僕達魔獣の事知ってもらうんだ! それで魔獣と人間は仲良くなれるってボクが証明するんだ。
ぴー。旅の事話して世界は広い事を一杯教えられたらいいな。後ナギ達の事も一杯話したい」
「きー……」
なんでだろう。将来の事を話すナスがいつもよりでっかく見える。
「ぴー。ナギにはまだ秘密だよ?」
『ききっ? どうしてだ?』
「ぴー。ナギは優しいからボクの夢を叶えようと無理しようとするかもしれないからね。
ぴー。ボク達は長生きだからね。焦る必要はないんだ」
『きー。わかった。秘密にする』
ナスは将来何やりたいかちゃんと考えてるんだな。それに比べておいらは……。
いまさらですが魔獣達が話す前に鳴いているのはこれから話すよという言葉を被らせないための合図です