特別授業
特別授業は一学年ごとに授業の時間一つを差し替える形で行われ、一年生から六年生までの計六時間分を二日に分けて行われる。
最初に特別授業を行う学年は一年生から三年生という低学年から一番人数の多い学年から行われ、二時間目は高学年、三時間目は低学年からと交互に選出される。
そして、低学年は幼く数が多くて統率が取りにくい学年から選ばれ、高学年はその逆から選ばれる。最初に苦労するだろう学年と手間があまりかからなさそうな学年を交互にやって負担を減らそうという教師側の思惑だ。
今回最初に選ばれたのはルゥのいる三年生だった。早速ルゥに会えて運がいいと喜ぶべきだろうか?
しかし慣れて格好良く講師をしている姿をルゥに見てもらいたい欲求もある。
できればお姉ちゃん格好いい! とか言われたい。すごく言われたい。
けど残念な事に時間割を変更できるほどの権限は僕には無いのだ。
そんな訳で肝心の当日、授業が開始される前の校庭で授業開始の時を魔獣達と待っている。
そんな待つ時間の中ルゥに格好悪い所は見せられないという緊張で自分でも分かるほど体が固くなっている。
助手としてついて来てくれているレナスさんとカナデさんが心配してくれて緊張を解そうとしてくれるのがとても嬉しい。
おかげで大分ましになった……けどまだ不十分だ。
少しでも心に安らぎを得ようと魔獣達の方を見ると僕以上に緊張している様子のヘレンがいる。
ヘレンは地面に座り込みまっすぐ前だけを見つめて微動だにしない。
アースが心配してちょっかいかけても何の反応も見せない程だ。
ヘレンの近くに寄って手を伸ばし顔に触れる。
やはり何の反応も見せない。
「ヘレン。今からこんなに固くなってたら持たないよ」
ヘレンの瞳が僕の方を向く。
「今周りには僕達しかいないから少し力を抜こう。大きく息を吸ってみて」
そう伝えてみるとヘレンの鼻腔が開いた。
「一杯吸ったらゆっくり吐くんだ……そう。もう一度繰り返してみようか」
人間のやり方が通じるかは分からないけれどヘレンは僕の言う通りに深呼吸を繰り返した。
「もういいよ。少しは落ち着いた?」
「くー」
「うん。よかった。身構えるのは子供達が来てからでいいんだよ。今は楽な姿勢を取りな」
「くー」
ヘレンの顔を撫でてから一旦離れ授業の開始時間を待つ……と鐘はすぐに鳴った。
時間的に始業の鐘ではなく朝の連絡の時間が終わった合図だ。
鐘がなってから数分もしないうちに校舎から小さな子が先生の後ろに列になって連れられ出て来た。
珍しい。前までは並んでやって来る事はなかったのに。そう思いながら眺めていると列が中々途切れない。
「……多くありませんか?」
レナスさんが訝しみながら聞いてくる。
「三年生だけのはずだけど……」
「人数は聞いていないんですかぁ?」
「今年は多いとは聞いてたけど具体的な人数までは聞いてなかったなぁ……」
目測で数えてみるが九十人くらいはいそうだ。
「私達の時の三倍はいますね」
「うーん……壁破られた影響かなぁ。生き物っていうのは危険にさらされると子孫を残そうとするらしいよ」
「そんな安直な」
「それに僕達の学年は流行り病もあったみたいで入学前に数が減ってるんだよね」
「ああ……確かに私達から三年間は児童の数が特に少なかったと聞いた事がありますね」
まぁ何事も無くても学年でも四十人前後が普通らしいから今の三年生が特別多い事には変わりないのだけど。
これだけ多ければ子供達にさぼりが出ないようする為にも列を作って移動するのも納得だ。
先生方に先導されきれいに整列する。
皆魔獣に驚いているようですぐには静まらなかったけれど一人の先生が叱るために声を上げるとすぐに静かになった。
そして先生方が僕の方にやって来て僕達の紹介を始まり、僕からも自己紹介を始める。
そして、僕の自己紹介に続き魔獣達の紹介に移る。
まずは話せないヒビキとアースから。そして話せるナスの番になると子供達の半分以上から歓声が上がる。やはり人間や精霊以外が言葉を話せるというのは驚かせるには十分だ。
驚いてない子は休日に一緒に遊んだ子達かルゥの言葉を信じた子達だろう。
その驚きの声を上げて無い子でも興奮した様子の子がほとんどだ。
そして、魔獣達についての話と触れ合いの際の注意事項を伝えた後は自由行動となった。
子供達が思い思いに動き出し魔獣に近寄って来る。
人気が高いのはナスとヒビキだ。
アースとヘレンの近くにはあまり子供が寄ってこないのは魔獣達の話をした時にちょっと脅かし過ぎた所為かもしれない。
ゲイルは僕の頭の上に陣取ってお昼寝をしているようで寝息のような物が聞こえてくる。
僕が話している途中からこうなっていたから長話に飽きて寝てしまったのだろう。
落とさないように気を付けないといけないのがきついので頭から降ろして抱っこをする。
「その子寝ちゃってるの?」
女の子が声をかけて来た。
「うん。僕の話退屈だったのかな」
そう言いながら背中を撫でるとぴくんと耳が動いた。
「きー」
「あっ、起こしちゃった? ごめんね」
「きぃ」
ゲイルは大丈夫と言ってから周りを見渡し近くにいた女の子に気づく。そして、マナで足場を作り女の子の目線まで降りて挨拶をする。
「ききっ」
「すごーい! どうやってるの!?」
目の前で頭を下げるゲイルに驚きを隠せない女の子はゲイルに手を伸ばそうとするがゲイルはその手をするりと避けて僕の頭の上に戻って来た。
「……ゲイルは空駆けっていう固有能力を持っていてね、マナを固めて足場にして空中を移動できるんだ」
「すごいなー。私にもできる?」
「マナの量をすごく沢山増やしたら出来るかもね」
「お姉ちゃんは出来るの?」
「ゲイルほど上手には出来ないけど一応できるよ」
「すごい!」
「あははっ、ありがとう」
「どうしたのー?」
騒がしくしている所為か他の子供達も寄ってくる。
ゲイルは寄ってくる子供達によって挨拶をする。そして、ちゃんと挨拶を返してくれる子には自分の身体を触らせた。
それを見て挨拶をちゃんと返していない子達は慌てて謝り挨拶をし直してゲイルに触れ合いの許可を貰った。
しかし、許可を貰ったからと言ってしつこく触って来る子からはゲイルは逃げ近寄らないようにし出した。
近寄れなくなった子は悲しそうな顔をし出したので無理に触らないようにする事ときちんと謝るように言い、僕の言った通りにするとゲイルは仲直りしてくれた。
こういう事はよくあるので僕もゲイルももう慣れたものだ。
他の魔獣達の様子をざっと見渡して確認してみるとヘレンが頭を顎が地面に着くくらい下げ、そこから子供達が登っている姿が見えた。
しかも落ちても大丈夫なようにいつのまにか水を周囲に生み出して緩衝材にしているようだ。
その緩衝材になっている水で遊んでいる子供の姿もある。
あれやっていいのか? と思ってよく見てみると先生方もちゃんと見守っていて注意されているわけでもいないようなので問題なさそうだ。
そして、いつも登られるのはアースだったけれど今回は誰もアースに登っていない様だ。
登られ役はヘレンに譲ったという事だろうか? ヘレンとアースの傍にはレナスさんがいて精霊達と一緒に上手く子供達の相手をしている。
カナデさんはヒビキとナスの面倒を見てくれている……というよりはカナデさんとナスが一緒にヒビキと子供達の面倒を見ていると言った様子だ。
愛しのルゥもそこにいてナスの背中にしがみつき、さらにその背中に顔を埋めている。何をしているんだろう?