幸せのかたち リベンジ
ダイソンに着くと魔獣達を預かり施設に預け宿を確保した後僕だけは組合に顔を出す。
僕に連絡が来ていないか確認するけれど招集令は来ていない。杞憂だったのだろうか?
予定を伝えた後は宿に戻って訓練したりお風呂に入ったり聖書の原稿を書いたりして一日を終える。
そして次の日、僕達はカナデさんの実家へ挨拶をしに向かった。
カナデさんの魔の平野を超える前の最後の帰省だ。もしかしたら人生の最後になってしまうかもしれない。
もちろんそんな事にならないように準備をしてきたがそれでも万が一がある。
まとめ役としてカナデさんのご両親に会って挨拶をしておかなければならないだろう。
本当ならアールスの小母さんにも会って起きたかったのだけど……さすがに僕は分裂は出来ない。
僕が会うのは何年ぶりだろうか? 三年半位? ミサさんと出会う前に会ったのが最後だったか。
久方の再会と互いの健康を祝福しつつこれまでの旅についての話に花が咲く。
カナデさんは割と頻繁に手紙を書いていたようで僕にまとめ役が回った事について謝罪の言葉まで出てしまった。
僕の秘密については秘密のまま話は進み、お昼を挟み長い時間をかけてようやく近状の話までたどり着いた。
近状で一番の話題はやはり神託だろう。
カナデさんのご両親には影響はなかったようだがカナデさんがシエル様から信仰対象を変えた事にあきれていた。
他にも神託によるこの都市への影響も聞いてみると、当初は混乱していたが教会関係者が辛抱強く事態を収拾してくれたらしい。
一応教会は今回の神託についてどのような方針を取っているのか、旅の途中で人々に聞いた事をダイソンでも同じなのか確認の為に聞いてみたが得られた情報は今まで得たものと大差はなかった。
今の教会は大きく分けて二つの方針を掲げているようで、その内容が新しい神様を受け入れる事とその神の最初の使徒の事は神の御心に従い詮索しない事の二つだ。
僕に都合がいいのでその方針は大歓迎なのだけど、こうも都合がいいとさすがに罪悪感がものすごく湧いてくる。
話しを終えて今日は実家に泊まるカナデさんを残しお暇し、僕とレナスさんは久しぶりのパパイを買いに向かった。
お店に入ると運よく焼き立てのパパイが出来上がった所だった。
具はレナスさんはアップルを、僕は別の物を選び買いお店を出る。
するとレナスさんが僕の手を引いて一緒に食べたい所があると言い出したので従う事にした。
レナスさんに連れられやって来た場所は僕達が初めてパパイを食べた公園だった。
季節柄草木は枯れている広場では遊ぶ子供達の姿があり、あの時と変わらない風景だ。
お店を出てから繋いだままのレナスさんの手に引かれ近くの空いている長椅子に並んで座り水筒を出してお茶の用意をし、袋からパパイをまずは一つ取り出す。
そして取り出したパパイを半分に割りレナスさんと分け合う。
「懐かしいね。ここで初めてパパイを食べたんだよね」
「はい。大切な思い出です」
「一杯思い出残せたかな?」
「まだまだ足りません」
「んふふ。僕らの旅の本番はまだこれからだもんね」
色んな事があったけれど今までの旅は準備の為だ。
「東の国々はどんな物があるんだろうね」
「本で知識だけはありますがやはり直に見てみないと分かりませんね。その事をグライオンで実感しました」
「うん。グライオンも本で読んだけじゃ分からなかった事沢山あったよね」
大地の赤さや荒野を吹く風の強さ、山の上の星空の近さと美しさ、外に出られないほどの大雪と食糧管理を失敗した時の苦しさ。
どれも本を読んだだけじゃ分からない事ばかりだ。
「このメロイのパパイも美味しいね」
メロイは丸く小指の先ほどの大きさの真っ赤な果実だ。
生のままで食べると硬く味が薄くておいしくないが加熱すると柔らかくなり酸っぱさと甘さが出てとてもおいしくなる。
「本当ですね。……あっ」
不意に僕の口元に何かが触れる。
とっさにレナスさんの方を見るとレナスさんが右手の人差し指と親指で何かを摘まんでいる。
「食べかすついてましたよ」
微笑みながらそう言って、そしてそれをひょいと自分の口の中に入れてしまった。
「……ありがとう」
熱い。頭が沸騰している。恥ずかしい。かわいい。
駄目だ。冷静になろうとしてもできない。なんて事を、なんて事をしてくれたんだレナスさんは!
「ナギさんお顔真っ赤ですよ?」
「女の子に、そ、そんなことされたらそりゃ……恥ずかしくもなるよ」
「カナデさんの時は平気でしたのに」
くらくらする頭で思い出してみるがそんな事あったかな。
「カナデさんはお姉さんって感じだから……」
「ナギさんの方が中身は年上なのにですか?」
「雰囲気の問題だよ」
「……私は大人っぽくありませんか?」
「そういう意味じゃないんだよ……」
そして、結局弁明するには僕の沸騰した頭ではかなりの時間を有してしまった。