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僕達の旅 その1

 朝起きると日はまだ昇っていなかった。

 時間を確認したくて部屋を出て玄関ロビーへ向かう。

 時間は五時丁度だった。出発は七時だ。もうフェアチャイルドさんを起こした方がいいだろう。

 部屋に戻る前に僕は先にトイレに行き用を済ませてから足音を立てない様に、でも急いで僕は部屋に戻り、ベッドの上でまだ寝ているフェアチャイルドさんを起こそうと手を伸ばす。


「……」


 伸ばした手は中々フェアチャイルドさんの身体に触れる事は出来なかった。

 僕は躊躇してしまったんだ。寝ている女の子の身体に触れると言う行為に対して。

 フェアチャイルドさんは僕の正体を知っている。眠っている間に身体を触られて平気なのだろうか?

 いや、さすがに肩に触れるくらいなら平気だと信じたい。これぐらいで気持ち悪がられていたら一緒の部屋で暮らすのも嫌なはずだ。

 僕は意を決して……。


「フェアチャイルドさん。そろそろ起きよう」


 声をかけた。

 三度声をかけたけれど起きる様子はない。

 ため息をつく。どうやら神様は僕に逃げの姿勢を許さないらしい。

 心臓の鼓動を落ち着かせるために深呼吸をしてからもう一度手を伸ばす。


「フェアチャイルドさん。起きて」


 身体を揺するとフェアチャイルドさんの愛らしい眉が寄って形が崩れてしまっている。

 フェアチャイルドさんは不愉快そうに身を捩じらせ僕に背を向ける。

 もう少し強く揺すってみる。


「うー……いやぁ」


 かわ……しっかり自分を持て僕。

 僕は心を鬼にしてフェアチャイルドさんを起こさないといけないんだ。

 再び身体を揺するとフェアチャイルドさんは手の甲を自分の目に当ててこすり始めた。


「うー……なんですか」

「起きて。ご飯食べる時間なくなっちゃうよ」

「……たべないからいいです……」

「朝御飯アップルだけどいいの?」

「……」


 フェアチャイルドさんは少しの時間動きを止めた後、億劫そうに身体を起こした。


「ん……おはよう、ございます」

「おはよう。顔洗ってきな」


 フェアチャイルドさんがベッドから起き出てふらふらと部屋の外へ出ていく。

 きっとお手洗いだろう。僕はフェアチャイルドさんが戻ってくるまでに荷物の最終確認をしておく。

 問題ない事を確かめると僕は昨日のうちに買っておいた四個のアップルを出して部屋を出る。

 普通に切ったほうがいいか、それとも摩り下ろすか。

 調理場を使う許可は昨日のうちに貰っている。

 調理場にはすでに朝御飯の仕込みをしている料理人のおばさんがいた。

 本当ならアップル以外にも用意したかったのだけど、子供に火の使用は認められていない。もしも本格的に料理をしたいのならば自前で調理器具を用意し、調理場が空いている時間に許可を取り大人の立ち合いの元作らなければならない。

 僕は調理器具を持っていないし、今の時間は料理人達の朝御飯の仕込みで忙しいので許可を取るのは難しいだろう。


 おばさんに挨拶をしてから僕はアップルを洗いまな板の上に置いた。

 とりあえず切るだけにしておこう。

 皮は全部切らないでウサギカットならぬナビィカット。切りそろえたアップルを二つのお皿に盛りつけてから、使った器具を丁寧に洗う。

 おばさんにお礼をしてから部屋の前まで戻りノックをする。もしも着替えの途中だったら悪いからね。

 少し待つとフェアチャイルドさんがドアを開けてくれた。

 中に入り机の上にアップルを置き椅子に座る。

 フェアチャイルドさんも椅子に座るのを確認するといただきますをしてからアップルを食べる。


 ちらりと行儀が悪いと思いつつもフェアチャイルドさんの方を盗み見てみる。

 フェアチャイルドさんは普段はマスクでほとんど見せない笑顔を見せてアップルの欠片を頬張っている。

 アップルを食べているときのフェアチャイルドさんの笑顔はきっと大勢の人も目が離せなくなるくらい魅力的だ。

 元々顔立ちが整っている上、普段からあまり表情が分からないし、マスクを取っていてもあまり表情を変えないフェアチャイルドさんがアップルを食べる事によって見せる花のような笑顔、この落差にやられない人がいるだろうか? いや、いない。

 とはいえいつまでも見ているわけにはいかない。フェアチャイルドさんから視線を外し食事に集中する。




 集合場所は北の検問所前だ。

 検問所の前へ行くと、そこにはすでに僕達のチームの引率者であるハイマン先生が目を閉じ壁に背を預け待っていた。先生の腰に二つの剣が外套からはみ出している。多分頼んでおいた武器だろう。

 ハイマン先生に挨拶をすると、ハイマン先生は目を開け応えてくれた。


「今日はマスクを着けていないんだな」


 フェアチャイルドさんの事だ。今日は珍しくマスクを着けていない。

 その理由は今日は遠出の為呼吸を妨げるマスクは外しておいた方がいいとフェアチャイルドさんが自分で外したからだ。

 もちろん持って来ていないわけじゃない。寝る時はつける気なんだろう。


「マスクは、着けていると苦しくなりますから」

「そうか」


 聞きたい事は聞き終えたと言いたげに先生は再び瞼を閉じた。眠いのだろうか?

 僕達から少し遅れてベルナデットさんが自慢の栗色のポニーテールを揺らしてやって来た。背負っているリュックは前から見ても大きく膨れてはみ出て見えている。

 ベルナデットさんは調理器具を持ってきているからその分かさばっているんだろう。ベルナデットさんが疲れて来たら僕が持とう。

 ローランズさんが遅れているがそれは仕方ないだろう。ローランズさんは僕が予想した通り高級住宅街に住むお嬢様だったのだが、高級住宅街は寮、住宅街に比べて北の検問所から一番遠くにある。

 七時に集合というのは無茶だったかもしれないが、体力に不安の残るフェアチャイルドさんの事を考えるとこれ以上遅くするわけにもいかなかった。

 時計がないので今の時刻はわからない。だからハイマン先生に時計は持ってないかと聞くと、どうやら持っているようで今の時刻を聞いてみた。

 今は六時五十分程らしい。

 あと十分で七時だけど……。

 暫く待つと二輪のついた幌付きの荷台を引いた馬車がやってきて僕達の目の前に止まった。

 まさか、と考えていると荷台からローランズさんが降りてきた。


「お待たせしてしまってすみません!!」


 ローランズさんは申し訳なさそうに深々と頭を下げた。


「遠いんだから仕方ないよ。僕こそごめんね、こんな早くに時間指定して」

「い、いえ。ナギさんは悪くありません」

「それ言ったらローランズさんはちゃんと時間に間に合ってるんだから頭下げなくていいんだよ」

「でも私は……」

「そこまでだ。出発するのが遅くなるぞ」


 先生が割って入ってくるとローランズさんは大人しく引き下がった。


「さて、前にも説明したとは思うが、基本的に俺達先生の事はいないものとして扱ってもらう。食事や寝処の世話はしなくていいという事だ。

 しかし、この辺にはいないと思うが危険な動物や魔物が出てきた場合は即時撤退の指示を俺が出すからきちんと聞くように。

 後、道中一緒になったチームとは協力し合ってもいい。引率の先生は当然いないものとして扱ってもらうがな。ここまでで質問は?」


 前もって聞いていた事だからか誰も質問をしなかった。


「よし。続いて今回の都市外授業の目的は都市から近い村へ往復する事だ。決して戦闘訓練でもなければ避難訓練ではない。無理はするなよ。

 別に一日で村につかなければいけないわけじゃないからな」


 そう言うハイマン先生の視線はフェアチャイルドさんに向けられているように見えた。

 先生もフェアチャイルドさんが懸念材料なのだろうか? たしかに本当なら体の弱いフェアチャイルドさんは都市外授業は受けない方がいいのだろう。

 けれどフェアチャイルドさんには四年生に上がる時と一昨日に意思確認をされた位で、止めてくるような事はなかったらしい。子供の自主性を重んじているって事なのかもしれない。それで問題が起こったらどうするんだろう?


「それとアリス=ナギ、マリアベル=ベルナデット、二人から申請のあった武器だ。受け取れ」


 ハイマン先生は腰に下げてあった剣を僕とベルナデットさんに渡した。

 剣術の補講で持った事はあるけど、やっぱり重い。

 剣自体は僕の腰の高さよりも少し小さいくらいだ。

 一度抜いて振り心地を確かめたいけれど、それは都市から出てからにした方がいいだろう。

 剣を腰に下げ先生の方に向き直る。


「それでは出発」


 先生の号令と共に僕達は歩き出した。

 検問所で手続きを終え、都市の外へ出る。


「うわぁー! 私初めて都市の外に出た!」

「私もです!」


 グランエル出身の二人が検問所を出た途端にはしゃぎだした。


「フェアチャイルドさんは四年ぶりだよね? どう?」

「少し、緊張しています」


 確かにフェアチャイルドさんの表情はいつもよりも固く見える。


「僕がいるから大丈夫だよ」


 あんまり僕の柄ではないけど偶にはこういう事を言ってもいいよね?


「……はい」


 フェアチャイルドさんには顔を逸らされてしまった。外した? やだ、すごく恥ずかしい!

 僕は恥ずかしさを誤魔化す為にみんなに断りを入れてから剣を抜いて軽く振ってみる。

 重い。けど振るえないわけじゃない。けど長時間は無理そうだ。

 ベルナデットさんも剣を振っているが、その剣筋の鋭さは僕の比じゃなかった。固有能力の差もあるのかもしれないけど、やはり選択科目で選んでいるといないじゃ違うんだな。傍から見てもこの鉄の剣を使い慣れている事が分かる。

 この剣を使った戦いではベルナデットさんにも負けるかもしれない。


「さすがにベルナデットさんはこの剣に慣れてるみたいだね」

「えー? えへへ、そうかな」

「剣筋に重さを感じないもの。僕とは大違いだ」

「ナギさんだってすぐに慣れるよー」

「そうだといいけど」


 とりあえず剣を鞘に戻し隊列を組む。

 隊列は事前に考えてある。ベルナデットさんが先頭で、フェアチャイルドさんとローランズさんを挟むように剣と魔法が使える僕が後ろを行く。

 この並びには意味がある。まず剣が使えて魔法も使える僕は、後方から襲い掛かられても対応できるし、前方で何かあってもベルナデットさんに魔法で援護もできる。

 真ん中の二人はなるべく危険がないようにだ。横から襲い掛かられたら危ないんだけど、そこは僕が気を付けるしかないだろう。


 僕は力を抜き自分の魔力(マナ)を周囲に拡散させ、魔力感知(マナパーセプション)を発動させる。

 本当なら僕の魔力(マナ)の糸を周囲に張り巡らせたいんだけど、作るのにも維持するのにも魔力(マナ)を消費するので何があるかわからない旅では使わない方がいいだろう。

 魔力(マナ)を拡散させる方を『拡散』、糸の方を『蜘蛛の巣』と呼んでいる。我ながら単純だと思うけど、残念ながら僕には中二的なネーミングセンスはない。頭をひねらせて考えたけれどまったく思いつかなかった。

 それで、拡散と蜘蛛の巣の違いだけれど、範囲も感知能力も蜘蛛の巣の方が圧倒的に上だ。

 その代わりに糸は維持するのに魔力(マナ)を消費するのに対して、拡散の方は量を調節して垂れ流しているような物なので魔力(マナ)の消費が少ない。多分魔法の中で一番と消費魔力(マナ)の少ない『ステータス』よりも少ない量の魔力(マナ)消費で、一日中だって、いや、もしかすると一週間くらいは維持できそうだ。


 僕の方は準備万端。問題はない。

 他の皆も問題はない様だ。


「よぉーし! これは私達の旅だー! 出発だぁー!」


 ベルナデットさんが大きく手を振り上げて歩き出し。ローランズさんは真似するように軽い調子で同じように手を振り上げておー、と間延びした感じで続いた。

 フェアチャイルドさんは少し恥ずかしそうに小さく手を挙げ、小さな声でローランズさんを真似する。

 僕はちょっと気恥ずかしかった為出遅れてしまったが、大きな声で返事をした。

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[気になる点] 魔物のナスへのエサは、準備したのかな?
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