神託の後 その2
「う~ん。僕にはいつも通りに見えるけどミサさんはどうです?」
都市の外に出て誰の迷惑にもならない場所まで移動した後アールスとアイネの模擬試合が始まった。
試合内容は終始アールスの有利に動いていていつも通りの内容に見える。
「アールスちゃんの動きよりアイネちゃんの動きの方が気になりますネ。調子悪いのでしょうカ? いつもよりも動き辛そうに見えマス」
「そうですか?」
言われてみればそう見えなくもない?
「アイネさん焦ってますよ~。余裕が無いみたいですねぇ」
ヒビキを抱いたカナデさんがそう教えてくれる。
「ううん。カナデさんがそう言うのならそうなんでしょうね」
カナデさんは戦いの流れや優劣を見極めるのは苦手だけれど目がいい為人の表情を読み取るのは得意だ。なので信用できる。
試合が進むにつれアイネが盛り返す事が出来ず優勢劣勢の差が大きくなっていき、最後の瞬間まで覆す事はなかった。
そして、試合が終わったアイネは一目散に僕に向かってきて胸に飛び込んできた。鎧を着てるんだけど痛くないのだろうか?
「どうだった?」
「いやらしくなってた」
「どういう風に?」
「あたしのやりたい事全然やらせてもらえなかった」
「それは前からじゃ?」
「前は隙があったけど今回は全然なかった」
そこまで言うと僕を抱きしめている腕の力が強くなったので慰めるためにアイネの被っている兜を外し頭を優しく撫でる。
そうしていると軽い柔軟体操を終えたアールスもやってきた。
「うーん。なんだか強くなった気はしないかなー」
「やりたい事やらせてもらえなかったみたいだけど?」
「前からやられたら嫌だなーっていう攻撃があったんだけどさ、今回戦ってみると攻撃が怖いと嫌だっていうのの二種類に分かれてる事に気づいたんだ。
それで今回は怖い方に繋がるアイネちゃんの行動を徹底的につぶしてみたの」
「なるほどね……」
前までは危機察知が出来なくて嫌な攻撃と怖い攻撃の区別がつかなくて両方に対処しなきゃいけなかった。
けれど今は危機察知が出来るからより危険な攻撃を察知できるようになって優先度を変えられるようになったという事かな?
「うー……」
アイネが悔しそうに呻く。
「あー……それでアールスはアイネはどう行動するべきだったと思う?」
「んー。もっと意表を突く事かな? 悪手をわざと打って私の読みを外させるとか」
「アールス相手に悪手打つって相当勇気いると思うけど」
「例えばだよ例えば。全然意味のない攻撃でもいいし牽制でもいい。とりあえずもうちょっと陽動の攻撃を増やした方がいいと思うよ。ナギみたいに」
「下手にやったら押し返されるから出来ないの!」
アイネの叫びを聞き落ち着かせるために背中を優しく叩く。
「アイネはアールスと真っ当に戦えちゃうからね。外れたら負けてもいいやって割り切れないからそういう博打な手が打てないんだよ」
「ナギはそう思ってやってるの?」
「練習だからね。やれる事やってみないと通じるのかどうか僕は分からないし」
「アイネちゃんは通じないと分かってしまうからやりにくいんでしょうネ」
ミサさんも慰めるようにアイネの頭に自分の手を伸ばし優しく撫で始める。
「じゃあ後は私が嫌だなと思う攻撃をもっとする事かな? 怖いと思う攻撃を防いだら嫌だと思う攻撃も控えちゃうのは直してもいいと思うよ」
「無駄に攻撃の手を増やしたら体力的に持たないんですけど?」
そう言いながらアイネは首を回しようやく顔を見せる。
とりあえず泣いてはいない様で安心する。
「あー……」
「体力の差ってアイネがアールスと相性が悪い原因だよね」
「今までからめ手を交えつつの速攻でしか勝機がなかったですからネ……」
それを潰されたとなれば……誰もその先を言わず重い空気だけが残る。
体力を増やすしかないがアールスの無尽蔵とも思える体力は恐らくは固有能力由来の物だ。
それに対してアイネは体力を補強する固有能力を持っておらず体格的にも恵まれていない。
今回抱き着いてきたのもアールスとの差がさらに広がってしまった事に落ち込んだ所為かもしれないな。
模擬戦を終えた後僕達は次の都市を目指し歩き出した。
予定では次の都市でアールス達と一旦別れる予定だ。
そして、道中にある最初の村に寄るとやはり神託の話でもちきりで、都市の方から村にやって来た僕達にも教会の情報を聞かれた。
教会については特に隠す事はないので素直にしばらく人が詰め寄りそうだと話す。
すると、村の方でも都市の教会で今回の神託の事を詳しく聞こうとしていたらしく、都市に人を送ろうという話が持ち上がっていたようだ。
なので同じ事を考えて都市に人が集まりしばらく都市内は混乱しているだろうという事と宿も取れないかもしれない事を伝えておく。
同じ事は他の村でも起こっていたが僕達が到着した頃にはすでに都市に人を送っており助言出来る事は何もなかった。
道中の村々を見て分かるがやはり突然の神託に皆混乱している。
さらに混乱に拍車をかけているのがまだ特定の神様を信仰していない小さな子供の大半がシエル様から神聖魔法を授かってしまったという事か。
突然新しい神様が現れ子供がその信者にされてしまった親の気持ちとはどんな物だろう。
ミサさんが親御さん達から話を神官として相談を持ち掛けられる事も何度もあった。
相談に乗ったミサさんによるとやはりいきなり現れ子供を信者にしてしまう神様に親は不安を抱いているようだ。
そもそも魔法は小さい子が使うと危険な為学校に上がるまで教えないという家庭が圧倒的に多い。
神聖魔法はヒールが使え怪我したとしても治せるから覚えさせても良いと思うかもしれないが、神聖魔法と魔法に必要な技術である魔力操作や魔力感知の使い方は同じなので神聖魔法の使い方を教えると必然普通の魔法も使えるようになってしまう。
それでもまだ普通の魔法は魔法陣が必要だからいい。問題なのは生活魔法と呼ばれる魔法陣を必要としない魔法だ。
生活魔法はマナさえ足りていれば願いマナを操るだけで使えてしまう。
シエル様にこの事を伝えると割と想定内の出来事らしい。既に他の神様が広く知られてしまっている現状ではシエル様を広く継続的に認知させ続けるには多少強引でも信者を多く作るしかないとの事。
魔法に関しても神聖魔法を使える許可を出しただけで別に使い方を教えた訳ではないので大丈夫だろうと言っていた。
僕が事態を治める訳じゃないけど人間の苦労も少しは考えて欲しいと思う。
とはいえ今回の件僕にも責任があるので少しでも混乱を収める為に出来る事をしなければ。
出来る限り相談に乗るのは当然として僕に何が出来るだろうか?
そして、考えた結果とりあえずシエル様の事を記した聖書を書く事を決めた。
聖書として形になれば少しはシエル様への不安も消えてくれる……といいなぁ。