神託の後
アールスからの駄目出しは朝食の時間が来ても顔を出さない僕達を心配して様子を見に来たレナスさんが来るまで続いた。
いつもならアールスはこんなに長々と駄目出しはしてこないのだけどこれも固有能力が修正された結果なのだろうか?
扉を叩く音にアールスは駄目出しをやっと終わらせてくれたので僕はアールスから逃げるようにレナスさんを迎えた。
「おはようレナスさん。アールスと話し込んじゃてね、遅れてごめん」
「いえ、大丈夫ですけど……神託の話ですか?」
「そうなんだけど……皆にも話したいんだけどここじゃ少し話しにくいから後でいいかな?」
「もちろんです。私もご報告したい事はありますが預かり施設の魔獣達のいる所で話した方がよいでしょう」
「そうだね。そうしようか」
とりあえずレナスさんの後に続き皆が待つ食堂へ向かい皆と合流する。
朝食を取って僕が皆の分の料金を払った後一度部屋に戻って宿を引き払う準備をする。
準備と言っても着替えや小物の入った荷物袋を忘れ物が無いように確認するだけだ。
準備を終え、宿を引き払い外に出るとやはり神託の影響か朝から人々が外に出て道端のあちこちで興奮した声で話をしていて騒がしい。
「やっぱり皆神託の事で大騒ぎだね」
「そうですね。食堂でも少し聞き耳立てていましたがやはりシエル様の事が主な話題のようでした」
「ワタシも他の人と話した時はシエル様の話題が主でしたネ」
「シエル様の評判はどうでしたか? 受け入れられそうですか?」
「微妙な所でしたネ。教会が開く時間になったら話を聞きに行くようですヨ」
「混みそうですね……僕達が教会に行っても様子は探れそうにないですね」
「ナギねーちゃんだったらピュアルミナの使い手として教会の中に入れるんじゃない?」
「それやったらまず真っ先に僕に意見を求められてこの事態の収拾の為に拘束されちゃうよ」
「それだと旅に支障が出ちゃうか」
「というか一刻も早くこの都市を出た方がいいかもね。組合の方には僕がこの都市にいる事を把握しているだろうし」
「ナギが捕まらなかったら招集かからない?」
アールスの心配ももっともだ。
「その時は自分の見解を述べた書をしたためた後招集を素直に断るよ。神の御心に背くような事が起きるかもしれないから招集には応じられないって」
「かみのみこころにそむくって何のこと?」
アイネが首を傾げる。
「シエル様の信徒……僕の事だけど、それを現状暴くような真似は出来ないって事だよ。高位の神官が公に動いたら上層部の思惑はどうあれ一般の人々から絶対そういう話が出るだろうからね」
「でもさー、それってねーちゃんが後からシエル様の信徒だって名乗り出たらよけーに怒られる奴じゃない?」
「……死ぬまで逃げ続けようかな」
「それでしたらヴェレスに永住するというのも一つの選択肢でしょうかネ?」
「ガルデで少しは雪の暮らしに耐性が付きましたからね……まぁ逃げ続けるっていうのは冗談ですけど」
「私はその選択もありだと思いますが」
「ルゥと一生会えないなんてやだ!」
「ですよね」
「知ってた」
それにそういう生活になったらナスともお別れしないといけなくなるかもしれない。
もしも二度と故郷に帰れなくなるならせめてルゥの事はナスに任せたい。ナスがどう答えるかは分からないけど……僕の望み通りにするかは半々といった所か?
「なので今回の旅が終わったら素直に怒られに行きます」
本当はヒビキの仲間を探したいのだけどそれもできるかどうか。
今回の旅の後の予定がどんどん変わって行く……。
預かり施設に着き、魔獣達のいる倉庫に入ると早速アールスが自分の固有能力の事を話しだした。
レナスさんは素直に喜んだけれどアイネは弱くなったんじゃないかと心配していた。
アールスもそれは分からないと笑って答え、都市から出たら手合わせしようと約束した。
そしてその後話題は各々現れた神様の話に移った。
ミサさんは当然ゼレ様でアールスはルゥネイト様。では他の皆は?
まず最初に答えたのはカナデさんだった。
カナデさんの前に現れたのはシエル様だったらしい。
特に強く信仰する神様がいないカナデさんには新参であるシエル様が売り込みに行ったようだ。
おかげでシエル様の神聖魔法を第二階位まで授かったらしい。
「一応ルゥネイト様を信仰していたんですけどねぇ。ルゥネイト様とのつながりの薄い今なら今回だけ乗り換え可能だって言ってましたよぉ」
「なんだか怪しい訪問販売みたいですね」
「あたしも同じ事言われたなー。相手はツヴァイス様だったけど」
次に話し出したのはアイネだった。
アイネの元に来たのはツヴァイス様らしい。アイネも神様に興味は持っていなかったけれどカナデさんよりは信仰心持っていたのか。
「アイネだったらシエル様の特殊神聖魔法の方が好みなんじゃない?」
「そー思ってるけどさ、あたしツヴァイス様に質問したんだよね。信者が減っていいのかって。そしたらさ、苦しむ人が減る事の方が大事だって言ったんだよね。
それ聞いたらなんか乗り換える気無くしちゃった」
「うんうん。それでいいと思うよ」
「アイネちゃんはえらいですネ」
カナデさんの言葉にしぶい顔をしていたアールスとミサさんがアイネの言葉ににっこりと表情を変えた。
そしてカナデさんは言い訳がましくちょっとした好奇心だったと小さい声で弁明している。
熱心な信者であるアールスとミサさんからしたらそりゃ改宗はいい気しないだろうな。
でも僕がカナデさんと同じ立場だったら多分好奇心で同じ事やってるかもしれない。
「レナスさんはどうだった?」
カナデさんにこれ以上意識が向かないようにするため話を進める事にした。
「私もシエル様でした。そして、第六階位まで一気に上がりました!」
「はやっ」
「レナスちゃんすごい!」
「い、いきなりワタシと同じ階位に!?」
「以前からナギさんからシエル様のお話を聞いていたおかげですね」
「ちなみに私もシエル様の神聖魔法を第四階位まで授かったわよ」
レナスさんの陰からひょっこりとサラサが現れた。
「サラサは信仰する神様を結局シエル様にしたんだ?」
「したというかなっていたというか。昨日までまだ決めていなかったのだけど皆が寝ている間に突然どこからか声が聞こえてきてシエル様の神聖魔法を授かったのよ」
「神聖魔法の階位は神様への理解が重要だけれど、前もって僕が話してた所為でシエル様への回線がすでに出来ちゃってたのかもね。
レナスさんもだけど今まではシエル様が正式な神様じゃなかったから神聖魔法を授けられずにいたんだと思う」
「けど正式に神様になったから繋がり……ナギの言う回線? とやらに見合った階位の魔法を授けられたのね」
「後は魔力操作や魔力感知の練度だろうね。レナスさんは第六階位が授けられた事に対して質問した?」
「はい。色々シエル様に質問していたのでそこは答えられます。私が階位を上げる為には魔力操作と魔力感知、後は精神鍛錬が必要だとおっしゃっていました」
「精神鍛錬か。僕もまだそれが足りてないんだよね。どうしたらいいのかさっぱり分からないんだけど」
「他にも心を黒く染める事無く輝かせろと言われました。どういう意味でしょうか?」
「多分負の感情を心に貯める事無く充実した人生を送れって事だと思うよ?」
「そんな簡単な事なんですか?」
「簡単かどうかは分からないけど……充実した人生って人それぞれだから助言できないんだよね。充実してたとしても悪い事が起きて転落しちゃうなんて事もあるし」
「なるほど。実践し続ける事は難しいという事ですね」
「そういう事だね」
人が良く生きる為の規範となる物は聖書には『衣食住を整える』といった最低限の事しか書かれていない。
そこから自分の人生を充実させるには自分で考え実行しなけばならない。
さらにより良く生きようとしたら人とぶつかり合い負の感情を生み溜めてしまう事だってある。
僕は運が良かっただけで本来両立させ高位の神聖魔法を授かるのは難しいのだ。
高位の神聖魔法を授かりたい訳じゃないのならほどほどに折り合いをつけて生きればいい。どうするかは個人の自由に任されている。