修正
ゼレ様から直に神託を受けてうっきうきのミサさんの長話に付き合っていると部屋の外がにわかに騒がしくなってきた。
どうやら神託を受けて他の人達が騒いでいるようだ。
ミサさんの長話を中断させて僕達も同じように驚いた様子を取った方がいいかもしれないと相談するとミサさんも同意してくれて精霊に頼んで他の皆に外ではなるべく驚いたような演技をしてくれるよう伝えてくれた。
皆に嘘をつかせてしまうから朝ご飯を奢り僕の料理当番の時は腕によりをかけよう。
扉を少し開けて廊下の様子を見ると宿の複数のお客さんらしき人達が廊下で話をしている。
耳を済ませて話を聞いてみるとやはり神託の話をしていた。
どうしようかと迷っていると背後からミサさんに肩を叩かれ自分に任せてと言って僕をどかし廊下へ出て行った。
「ヘイ! あなた達にも神託が下ったのですカ?」
そう言って気さくに話し合っている人達に近づいて行く。
さすがだ。僕はまだどう話すか迷っているので声をかけづらいのでここはミサさんに任せよう。
そう決めた所でアールスも部屋から出て来た。
満面の笑みを浮かべたまま廊下を見渡し、扉の隙間から見ている僕と視線が合うとすぐに近寄って来て僕を片手で押しながら部屋の中に入って来た。
「わわっ、機嫌良さそうだけどルゥネイト様とお話しできたの?」
「ええ~、出来たよ~。それでね、それでね、聞いて聞いて」
「う、うん。何かな」
「ルゥネイト様がね、私の固有能力を直して恐怖心を取り戻してくれたの」
「えっ」
あれ? たしか固有能力の修正は死んだ後でないと出来ないとシエル様が言っていたような。
「本当に?」
「うん! 本当だよ。アイネちゃんのあれやこれやを想像したら怖くなったもん」
「一体何を想像したんだ……」
しかしアイネに関連した事で怖いと感じられるのなら本当に治ったのかな?
「ちょっとシエル様に確認とるから待ってて?」
「え? うん」
(教えてください! シエル様!)
(……一度魂を抜いて修正してから魂を戻しました)
(えっ)
(……一度魂を抜いて修正してから魂を戻しました)
(それって一度殺したって事じゃ)
(……すみません……那岐さんの怒る気持ちは理解しています。アールスさんを一度殺したと、そう取られて当然の事です。
ですが私では止める事は出来ませんでした。けれどこれだけは分かってください。ツヴァイスさんは本当は修正を一度魂を抜き出してまでするつもりはなかったという事。
そして、殺したというよりは手術をしたと、捉えて欲しいという事を)
(……経緯を聞かせていただいてもいいですか?)
(事の発端はブレイバーの一件を知ったザースバイルさんが激怒して自分の力を貸すから全ての固有能力を調べてきちんと問題ないよう修正しろとツヴァイスさんに恫喝したんです)
(えぇ……)
(そしてツヴァイスさんが泣きながら全ての固有能力のチェックを終えてから問題のあった転生者の魂にザースバイルさんから借りた力を使用し問題なく修正したんです)
(ザースバイル様から借りた力とはどういったものなんですか?)
(魂を管理する力です。普通私達は個々の魂を見分けられないので魂を抜き出すのは危険なのですが、ザースバイルさんは管理する力を持っていて見分ける事が可能なのです。
そして、そのザースバイルさんの力を借りて今回の修正を可能としたんです)
(怒っていい奴ですよね? これ)
(……だ、誰にでしょう?)
(ツヴァイス様とザースバイル様にですよ! なんでそんな危なそうな事を許可するんですか!)
(ツヴァイスさんも反対はしていたんですよ! けどザースバイルさんが自分の力を使えば絶対に大丈夫だからといって修正を迫ったんです!)
(何でそこまでザースバイル様は修正させようとしたんですか)
(生きている内に固有能力の所為で失っていた物を取り戻させたいと言っていました。それに私達の言う絶対は本当の絶対です。そこに一切の不純物も混ざらない真理とも言える間違えようのない物なんです。
だからザースバイルさんの力を借りている限り今回の修正に関しては絶対に失敗しないのです。なのでやらないという選択肢は倫理観の問題以外は無かったんですよ)
(その倫理観で止めることは出来なかったんですか?)
(少なくともザースバイルさんはそれで止まる倫理観は持っていませんでした。そもそもの話私達は生まれも育ちも土地どころか世界すら違うので共通の価値観というのは少ないんですよ。
ただ絶対に共通しているのは生まれた世界の価値観では善良と呼ばれていたという事だけです。なので那岐さんから見たら極悪非道な行いをしていても別の人から見たら品行方正な行いとして捉えられていてもおかしくないんです)
(……それで問題は起こらないんですか?)
(起こるから力を貸す神の数を少なくしているんですよ。なるべく自分と価値観の近い神様に助力を頼むんです。
私だってツヴァイスさんと話して気が合ったから力を貸す事になったんですよ?
ただそれでも価値観の合わない所はあるという事は忘れないでください。そしてツヴァイスさんは今回の事に反対していたという事も)
(はぁ……とりあえずアールスの固有能力は問題なく修正されたんですね?)
(はい。それは間違いなく)
本当の本当に失敗する事が無いのなら確かに僕も許してしまうかもな。
価値観が違うのも当然と言えば当然だろう。僕達とは見えている物も生きている場所も全く違うのだから。
今もアールスは嬉しそうに微笑んでいる。ザースバイル様はこういう笑顔を見たかったのだろうか?
「アールス、ルゥネイト様から修正に関してどういう風に聴いたの?」
「んー? 今修正するか死んだ後にするか決めて欲しいって言われたよ。恐怖心を取り戻すともう戦えなくなるかもしれないけどそれでもいいのかって」
「それだけ?」
「修正に関してはそれだけかな?」
「そっか……」
(魂を勝手に抜き出した事について厳重に抗議したいのですが)
(絶対に成功し危険が全くないので説明する必要を感じなかったのでしょうね。無闇に不安をあおる必要もありませんから)
(むぅ)
たしかに絶対に成功するというのなら不安にさせるよりいいのか?
「それで、戦えそう?」
「うん! 大丈夫! ちょっと訓練してみないとどんな影響があるか分からないのは不安だけど」
不安といいつつも嬉しそうな表情は全く変わらない。本当に恐怖心を取り戻したのか?
「アールスは今何が怖い?」
そう質問するとスッとアールスの表情が変わった。能面の様な感情が削げ落ちたような顔になり答える。
「皆が居なくなる事」
これは修正の効果が出過ぎているかもしれない。
明らかに今のアールスは恐怖心から余裕をなくしている表情だ。
「皆って具体的には?」
「ナギとレナスちゃんは当然としてアイネちゃんやカナデさんにミサさん」
「失わない為にはどうしたらいいと思う?」
「私が守る」
アールスの答えを聞くと同時におでこにチョップをお見舞いする。
「あいたっ、なにするのー?」
「アールス。僕もアールスの事を守るよ」
「え?」
「レナスさんだってアイネだってカナデさんだってミサさんだって、ナスだってアースだってヒビキだってゲイルだってヘレンだって、皆アールスの事を守るし互いに守り合う。アールスだけが一方的に守る訳じゃないんだよ」
「あ……」
「忘れてたね?」
僕が指摘するとアールスはバツが悪そう視線を逸らしながら頷いた。
「うん……」
「だったらさっきの答えは違うよね?」
「うん。皆でがんばる!」
「よくできました」
具体性は全くないがアールスだけが負担を背負うような答えよりもはるかにましだ。
「具体的にはナギはもっと判断力を養った方がいいよね。実戦ではレナスちゃんが全体の指揮を執るけどナギは魔獣達に直に指揮を執る立場なんだからとっさの判断を問われる場面は絶対に出てくるよ。判断力を養えば個人技だって今よりも冴えわたるからミサさんにもっと近づく事も……」
「お、おう」
今回の件に関しての神様のスタンス
賛成派
ザースバイル 絶対に成功するし今苦しんでる人を助ける事を優先したいという善意百%
ただ魂を一度抜く事に対しての忌避感は全く持っていないし何が問題なのかも完全には理解は出来ていない。自分達がどう思われようとそれで助けられるならいいじゃないかというスタンス
ラーラ 絶対に成功するんだったら別にかまわない。魂を一度抜く事についてはそもそも殺したという認識はなく手術を行う感覚
反対派
ツヴァイス 一度魂を抜くという行為自体に忌避感を覚えているが倫理観から来る感情論での反論しか出来ず、ツヴァイスのミスで苦労している人達の事を助けたくはないのかと感情面からも攻められたから強く反対できなかった
ルゥネイト ツヴァイスと同様。ただザースバイル以上に今回の問題を引き起こしたツヴァイスにムカついている
ゼレ ツヴァイスと同様。泣きながら確認作業をしていたツヴァイスに同情的
中立派
シエル おおむねラーラと同じ意見だけれどナギと話していて反対派の意見にも理解が出来るようになっているため表立って賛成するのもはばかられるので中立に。というか自分の参戦で皆に迷惑をかけたうえに自分からの報告で修正騒ぎが起こり大事になって肩身が狭い
神様達の規模では確率が数学的に無視できる単位でもその存在を探せば普通に見つけられるので僅かでも可能性があったら絶対という言葉は使えない
逆に言えば絶対という概念を用いる時はそれに反する僅かな可能性が存在しない時のみ
なので絶対に成功すると言われると反対派が感情論からしか反論できず、感情論を逆にぶつけられると弱い