閑話 大切な仲間
深く暗い森の中に私はいた。
風に乗って届く濃厚な植物の香り、物陰に隠れている小動物の気配。
どうして私はここにいるんだろう。
これは夢だ。私は宿屋のベッドで寝てるはずだから今ここにいるのは夢に違いない。
現実感がすごいけどこんな所にいるはずがない。
(アールス=ワンダー)
私の頭の中に急に声が響いた。聞き覚えがあるようなないような微妙な声だ。
だけど私は一瞬で理解した。これはナギがシエル様から告知された神託だ!
そうと分かればこの声の主も察しが付く。
(ルゥネイト様ですか!?)
声に出して思いっきり叫んだはずなのに喉から声は出なかった。夢だからかな。
(そうだよ。事情は聞いていると思うけど私達にシエルという新たな仲間が出来たの)
その啓示と共に周囲の様子が一変した。
目の前の木々はまるで道を譲るように左右に別れ、別れた先の空から太陽の光が差し込む。
さらにその光が差し込む先の地面がぷっくりと膨れ上がり植物の芽が出て来た。
その芽は一気に成長して人の形になってからぐにょぐにょと蠢いた後私と同じくらいの年頃の女の子になった。
森の様な色の髪は私よりも濃く暗い深緑、肌の色は私の肌よりもちょっと濃くて褐色気味、瞳の色は茶色くて樹の幹みたいな色だ。
私が想像していた姿とは髪の色も肌の色も違う。
同じ緑系の髪だと知ってから実は私ってルゥネイト様と似ているんじゃないかって何度も妄想した事があったけど別にそんな事なかった!
(今からシエルの情報を渡すんだけど……大丈夫?)
心なしかルゥネイト様がふふって笑ったような気がした。もしかして私が何考えてるのか分かるのかな? 分かってもおかしくないか。
(大丈夫です!)
(じゃあ渡すね)
瞬間誰かの記憶のような物が私の中に染み渡るように流れ込んできた。
シエル様の来歴だ。ナギの名前は出てこないけれどそれっぽい話が仰々しく盛られている。
(事実とは少し違う所があるけれど真実を伝えると今の旅に支障が出るからって改変してるんだ。だから違和感があっても他の人には言わないで欲しいってシエルが言ってたよ)
ナギの為だったんだ。
(はい。絶対に言いません)
(うん。じゃあいい機会だし何か聞きたい事ないかな?
(質問していいんですか!?)
(ふふふっ、たまに私達の事を忘れないように今と同じような神託を下す事はあるんだよ。聖書には載ってないかな?)
(えっ、し、知らないです)
(じゃあ失伝しちゃったのかな? まぁよくある事だから気にしなくてもいいよ。貴女の住む星の時間間隔だと五千年に一度くらいの周期だし)
(ご、五千年……)
(じゃあ何でも聞いて)
(じ、じゃあ……)
私は沢山ルゥネイト様に質問をした。聖書に書かれていた事の細かい話や裏話、それにルゥネト様自身の事、私が神聖魔法の階位を上げる為に必要な事、どれくらい時間がかかったのか分からない位話を聞いた。
時間は大丈夫なのかとも聞いたけれど時の流れがとても遅い空間だからいくらでも聞いて大丈夫と答えてくれた。
そして、聞く事が無くなったところでルゥネイト様は最後にと私に語り掛けて来た。
(最後に固有能力の勇気ある者を持っている君に伝える事があります)
(は、はい)
(シエルからの報告で勇気ある者に不具合がある事が確認されたから修正したいんだけど、それを今行うかの確認を取りたいんだ。希望があれば死んだあとまで先延ばしする事は出来るよ)
(えと、問題ないと思いますけど)
(正式に答える前に確認しておかなきゃいけない事があるんだ。修正を行うと恐怖心を取り戻す事になる。けどそれによって君は戦いを恐れるようになるかもしれない。もう戦えなくなるかもしれない。それでも修正して欲しい?)
(それは……)
ブレイバーに修正が来たら戦う事が怖くなるかもしれないと考えた事はある。けど、戦う事が怖いと思った事が無いからそれを考えても全く実感が沸かなかった。
私は恐怖心を取り戻したとして戦えなくなるのかな? ちょっと疑わしい。
だから私は恐怖心を取り戻したい理由を考えてみた。
(私はお母さんやナギとレナスちゃん以外にも大切なはずの友達や仲間がいます。
けど、大切なはずなのに失う事が全く怖くないんです。大切なはずなのに……それが矛盾してて気持ち悪くて本当は大切だと思っていないんじゃないかって思う時もあって……嫌なんです。
だから私は恐怖心を取り戻せるなら取り戻したいです。それはちゃんと大切なんだって心から思えるようになりたいんです)
(……感情という物は全ては愛から生まれる物なんだ。
人を愛しているから一緒にいると楽しいし失うと悲しい。
自分を愛しているから傷つけられたら傷つけたものに怒るし憎む。
何も感じないというはそこには愛は無いとも言える。
愛していなければ失っても悲しくはなく一緒にいたとしても楽しくない。
愛が無ければ傷つく事にも傷つける事にも無頓着になる。
感情はいつだって愛と表裏一体。どちらか一方だけが欠ける事なんてない。
アールス。相手と一緒にいて楽しいと思うのならそこには愛がある。
相手と一緒に悲しむ心があるのなら愛がある。
相手の身に起こった不幸に怒れるのなら愛がある。
相手を傷つけたものを憎むのだって愛があるから。
恐怖を感じないからといって他の感情が生まれているのなら愛がない訳じゃないの。ただ不具合の所為で感じにくくなってはいるんだけど直せば問題ないよ……後でツヴァイス説教しなきゃな。
こほん。大切だと認識できている時点でそこに愛はあるの。それを起きて確認してきたらいいよ)
ルゥネイト様のお話が終わると周囲が光に包まれた。
目が覚めると私は早速神託の内容を思い返してみた。
すると不思議な物で夢と違って全てをきちんと覚えてる。
ライトを使って明かりを生み出しベッドから降りる。
隣のベッドで寝てるアイネちゃんはまだ起きる気配がない。
今は何時頃だろう。冬だから窓を開けて確認っていうのはない。寒さでアイネちゃんが起きちゃうかもしれない。
着替える前にベッドのふちに座って少しルゥネイト様が最後に言っていた事を考えてみる。
大切だと認識できている時点で愛がある。私はアイネちゃんを大切だと……思ってる?
今までの思い出を振り返ろうとした途端に胸の奥から熱いものがこみあげてくる。
守らなきゃ。
お母さんやナギ、レナスちゃん相手にしか湧き上がってこなかった想いがアイネちゃん相手に唐突に湧き上がって来た。
自然と口元が笑っちゃう。
アイネちゃんに対する保護欲が湧いて来る。それが嬉しいんだ。
カナデさんは?
カナデさんの事を考えるとアイネちゃんと同じように感じる。
じゃあじゃあミサさんは?
ミサさんの事を考えると……急に冷静になった。いや、あの人私が守らなくても十分強いよね?
アイネちゃんは無茶しがちだしカナデさんは後衛で前衛である私が守らなきゃいけない対象の一人だ。
でもミサさんは守る事に関しては仲間の中で一番上手いし精霊だっている。むしろ頼りになる存在かな。
うん。ミサさんに関しては元々失う恐怖を感じる程頼りなさを感じてなかったんだと思う。あんまり変わらないや。
でもミサさんの事が好きっていうのはたしかだ。前は自信をもって言えなかったけど今なら言える気がする。
嬉しいな。好きだって事に自信を持てるのってこんなにも嬉しい事なんだ。
みんな大好き。私の大切な仲間。
だから……私が絶対に守らなきゃ。