神託
国境を越えようやくアーク王国に戻って来た。懐かしい……とは思うのだけれど別に馴染みのある風景ではないので感慨にふける時間は短かった。
オーメストを出た僕達はとりあえず南回りで途中までは全員で、途中からはカナデさんの故郷であるダイソンへ向かう組、アールスのお母さんがいる首都へ向かう組に別れその後グランエルで合流する事に決めた。
ダイソンに向かうのは僕、レナスさん、カナデさんだ。
そして、首都に向かうのはアールス、アイネ、ミサさんの三人である。
アイネと別行動するのは少し心配が残るけれど、中級試験の時アールスと一緒に二人でガルデからドサイドまで往復しているから大丈夫だろう。
内訳の理由はまずアイネが首都に行きたいと希望を出した。
続いて僕が久々にダイソンに行ってパパイを食べたいという理由でダイソンに行く事を決めるとレナスさんが僕と一緒に行く事を決めた。よっぽどパパイを食べたいらしい。そう言えばアップルもご無沙汰してるな。
アイネもお土産にパパイを要求してきた。当然両親とルゥの分も含め全員分買うつもりだ。
そして、オーメストを出て二週間後……新月の夜、寝ている時に夢として神託は降りた。
星々の海を泳ぐ白い光。それは徐々に輪郭をはっきりさせると白い人型の、しかしクジラのような白い尻尾を生やした白髪の女性の姿になった。
シエル様が以前僕の目の前に現れた時に魅せた姿だ。以前の様な不気味な人形のような造形ではない。肌の質感は光沢が無くなり柔らかそうなものに変わり、黒い瞳は深い知性を感じさせる。
そして、その黒い瞳を見ると途端に情報が優しく流れ込んでくる。
名前はシエル。他の神々と同じように虚空を旅している者。ツヴァイスという神に出会い力を貸す事になった……とまぁつまり自己紹介と今回のシエル様が神様達の仲間になったいきさつが脚色を交えつつ流れ混んでくる。
その脚色の部分も僕の事をごまかす為の物で上手くつじつま合わせが出来ている。
情報の流入が終わると人型のシエル様はにこりと笑った後光の粒子になって消えてしまった。
そして、次にシエル様の声が響く。
(どうでしたか? 今のを他の人にも見せているのですが)
(分かりやすくてよかったと思いますけど、脚色された部分の所為で相手に正しくシエル様の事が伝わるか心配ですね)
(そもそも渡した情報だけで正しく伝わるとは考えていませんし、与えた情報だけでも第四階位までは習得できるように調整しています)
(あー……これだけで第九階位まで授けられたら他の神様との均衡が悪くなってしまいますよね)
(その通りです。それにある程度文明が発達していれば魔物と戦うのなら第四階位までで十分なんですよ。
本当に私の力が必要な場所には私が直に向かいますからね。その時に私の事を知っていただければよいのです)
(必要かどうかわかるんですか?)
(私との回線が繋がれば分かります)
(えっ、他の神様にもそう言うのあるんですか?)
(ありますよ。だから忙しくなるんですけど。私の分体も今お仕事の真っ最中です)
(分体がって事は今話してるのは本体の方ですか)
(そうですよ。ナギさんが繋がっているのは本体の方ですからね。分体の方にも回路を途中で枝分かれさせて繋げてあるので分体にも祈りが伝わるようになっていますが)
(わざわざ分けて繋げる必要あるんですか?)
(ないですね! 何となくやっておきました。ただナギさんが危険電波を発信した時は遅延無しで分体の方にも伝わるようになっていますよ)
(な、なるほど。ちなみにやらなかったらどれぐらい遅延があるのですか?)
(刹那の時程でしょうか)
(それはもうないと言ってもいいと思います)
本当に必要ないな。
(それはそうと、私の姿はどうでしたか?)
(とてもきれいでしたよ。神々しさも感じましたし、尻尾もかわいらしかったですよ)
(そうでしょうそうでしょう。ルゥネイトさんと一緒に一生懸命造形したのですから)
(でも僕達人間が元になってますよね? 僕達とは違う姿の知的生命体相手でも同じ姿なんですか?)
(同じ姿ですよ。二足歩行になった知的生命体のほとんどが体毛が無くなるので顔の造形や腕の数や羽の有無の違いはあれど基本的な形はそう変わりはしません。
外骨格の生き物は知的生命体まで進化するという事は無いですから考慮する必要はないのです。
そして、二足歩行以外の知的生命体にはくじらの姿で現れればそう違和感は感じないはずです)
(へぇ、そういう物なんですね。というかクジラでいいんですか? シエル様の姿は……僕としてはクジラとしか言いようがないんですけれども)
(いいですよ。分体のあの姿は那岐さんの記憶の中のクジラを参考にしましたから。クジラ可愛いですよね)
シエル様にとってクジラはどんな存在になってるんだろう。
(さて、お話はここまでにしてそろそろ目覚める頃合いですね)
(……あっ、今僕起きてないんですね)
(魂に直接話しかけているので肉体に負担は一切ありませんよ。なので安心して起きてください)
気が付くと僕はベッドの中にいた。シエル様の言った通り起きたばかりで少しの眠気があるくらいで身体に変わった所はない。
試しにフォースシールドと唱えてみるとうっすらと白く光る半透明の盾上の光が現れた。
消費マナは低い階位の魔法のお陰か多くない。これで魔法をフォースに変えて返せるのならすごく強い魔法だろう。
問題はどれくらいの強さの魔法までを変換できるのか。要検証だな。
消すのは自由にできるみたいなので消してみる。するときちんと消えた。
シエル様から受け取った情報もきちんと覚えている。夢で伝えるとは言っていたけれど実際には寝ている間に魂に直接情報を渡していたんだろう。だから起きた後でも忘れていない。
「ん……ふあ」
同じ部屋で寝ているミサさんの方から布のこすれる音とベッドがきしむ音が聞こえて来た。
暗くて見えないがマナの動きから起きた事が分かる。
目覚めたばかりの目に優しいようにうすぼんやりとした明かりを生み出し部屋の中を照らす。
「ミサさんおはようございます」
「おはヨーございマス……夢の中でゼレ様に会いましタ」
「どうでしたか?」
僕にはシエル様が来たけれど他の人には自分の信仰している神様が、特に信仰している神様がいない場合はツヴァイス様が神託を下しに来るらしい。
「ふへへ、かっこよかったですヨ~。それにいろいろお話しちゃいましタ~」
声の調子から浮かれ具合がよく分かる。
「よかったですね。それで変わった事とかあります? 新しい神聖魔法を授かったとか」
「もう少し魔力操作を鍛えたら次の階位に上がれると教えてくれましたヨ」
「そういう事も教えてくれるなんて親切ですねぇ」
もしかして全ての知的生命体に個人面談じみた事しているのか?