告知
露天風呂で満天の星空を堪能し、高揚感を抱いたままグラード山を降りた。三時間くらい正座で説教されていたアイネとミサさん以外。
そこからは雪から逃げる為に南東へ進路を取りつつオーメストを目指した。
いくつもの村と都市を経由し旅は続く。
そんな旅の途中、とある都市の宿で同じ部屋になったアールスがぽつりと呟いた。
「レナスちゃんさ、最近ますますきれいになったと思わない?」
「思う」
アールスが僕と同じ事を感じていた事に驚きつつ同意する。
「なんていうか大人びてきたっていうのかな~」
「仕草が洗練されてきてるよね」
「そうそう。余裕を感じるよね」
一体何があったのか。ミサさんやカナデさんの様な肉体の暴力による色気ではなく余裕からにじみ出てくる気品が大人としての魅力を作り出している。
「ナギ、私はどう? 大人っぽい?」
アールスが変な構えをしつつ意見を求めてくる。
「その構え何?」
「色気たっぷりに見えない?」
「見えない」
「ちぇー。ナギには分かんないかー」
「誰にも分からないと思うよ。まぁアールスは今のままでも魅力的だと思うよ?」
アールスは旅に出てから良い所である天真爛漫さを備えつつも落ち着きを見せ始めている。アールスもまた大人の階段を上っている最中なんだろう。
「えー? 私に惚れると火傷するよ?」
「どこで覚えるのそんな言葉」
「この前酒場でそうやって口説いてた人がいたよ」
「口説く側の台詞なのそれ!?」
どっちかっていうと口説かれる側の台詞の気がするが。
「あれ? って事は今僕の事口説いた?」
「気づかれましたか……」
「えっ、本気にして……いいの?」
「駄目です」
「駄目なんだ」
「私の色気が分からない人は私にふさわしくありません」
そう言って何やらくねくねと動き出す。
「さっぱり分からない」
「こんなにも魅了しているというのに」
「ごめんよ。アールスの魅了を受けるには人類はまだ早いみたいだ」
「早くこの高みに上がってきな」
「その自信はどこから来るんだろうね?」
恐怖心を感じないからか?
「まぁ私の事はいいんだよ。レナスちゃんの話だよレナスちゃんの」
「急に話を戻したね」
「レナスちゃんは昔っから可愛かったよね~」
「そうだね。初めて会った時は儚げな雰囲気を纏っていてすぐに消えちゃいそうに見えたよ」
今思えば自分が大人になれないまま死ぬ事に絶望していたんだろうな。
「妖精語しか話せなかったから口数も少なかったよね」
「そうだね。でもアールスとはすぐに仲良くなれたよね」
「ナギもじゃない?」
「僕はそうでもないよ。むしろあの頃はあんまり好かれてなかったみたいだね」
「ああ……ナギのお節介な所が自分の将来を思い出させちゃって苦手だった……だっけ?」
「うん。あの頃のレナスさんにはアールスがやったように将来の事を考えさせない位遊びに誘った方が良かったみたいだね」
「私そんなに誘ってたっけ?」
「誘ってた。もう休む暇もない位遊ぼう遊ぼうって言ってたよ」
「えー? それは言い過ぎだよー」
「あははっ。でもアールスが遊びに誘ったおかげでレナスさんにも体力がついたんだろうね」
「最初の頃はすぐに疲れちゃってたもんね。それが今では立派に育っちゃって」
アールスが涙も出ていないのに指で涙を拭う仕草をする。
「あっ、ナギの気持ちちょっと分かったかも」
「え?」
「昔露天風呂でナギが私達に大きくなったって言って泣いた事あったじゃん」
「あ、ああ……あったね」
今思い出すと少し恥ずかしい。感動した事はいいのだけど泣きまでするだろうか普通。
「それに酔った時はいつもレナスちゃんが病気の後遺症もなくきれいに育った事に泣いてるよね」
「え、僕酔ったときそれ話してるの?」
「うん」
「……いや、でもあの時のレナスさん見てたら泣くって」
「そんなにひどかったんだね」
「うん……」
「ナギがいたから助かったけど、未来予知が外れたのってやっぱりシエル様の影響かな」
「多分ね。シエル様はこの世界の神様じゃなくて本来関わりもなかった。
だから未来予知をする為に必要な情報にシエル様の情報が無くて予知が外れる元になったんだと思うよ」
「予想外の所から助けが入ったみたいな事だよね」
「まぁね。思えばあの後からかな。レナスさんとの距離が一気に縮まったのは」
アールスが居なくなってからの一年間は……仲良く出来てはいたけれど普通に友達としてだ。甘えられる事はなかったっけ。
「助けてもらったんだもんね。そうなるよ」
「そうだね」
もしもレナスさんが健康なままで助ける必要が無かったら僕との関係はどうなっていただろう。
「今レナスちゃんと旅できてるのもシエル様とナギのお陰だね」
「シエル様が僕の我儘を聞き届けてくれたからね。感謝してもしきれないよ」
(お話の途中失礼します。そのシエルから告知があります)
突然脳内に響くシエル様の声。シエル様の方から話しかけてくるとは珍しい。
「ごめんアールス。シエル様が何か話があるみたい」
「話? あっ、新しく神様になるって話かな」
「かもね」
アールスに断ってからシエル様に意識を向ける。
(今朝ぶりです。告知とは?)
(アールスさんの推測通り私は正式にこの世界の神の一柱に加わる事になりました。その神託がナギさんの体感時間だと一ヵ月後に全世界の生命体に夢という形で伝えられます)
(一ヵ月後ですか……)
(それに伴いナギさんに授けている特殊神聖魔法が変わります)
特殊神聖魔法は十以外の偶数の階位の時に神様から授かる魔法で今の特使神聖魔法は……。
第二階位で授かるステータス、フォース。
第四階位で授かるサンライト、ライトシールド。
第六階位で授かるインパートヴァイタリティ。
第八階位で授かるサンクチュアリ、ホーリー。
(フォースとサンライトは遠征の際にこっそり使いましたけど結局サンクチュアリとホーリーは魔物相手に使えませんでした)
サンクチュアリは範囲内に魔素や魔物が入れない領域を作る魔法。一応人も魔物もいない所で使って試した。その際サンクチュアリの範囲内に魔獣達が入ろうとすると痛みを訴えた。
人も違和感を覚えたが問題になるほどではなかった。
魔獣達が利用できないのなら価値は一気に下がる。同じ結界として使うならツヴァイス様の結界の方がいいだろう。
(目立ちますからね。仕方ありません。変更はステータス、ライトシールド、他の魔法に差し替えホーリーの効果と名称を変更する事になります)
(差し替え先の魔法はどのような魔法ですか?)
(ステータスと交換するのは武器に浄化の力を宿らせるセイクリッド。
ライトシールドと交換するのは相手の魔法を吸収しフォースとして反撃する盾を作るフォースバリア。
ホーリーの変更後の効果は相手を浄化の力で満たされた球体に閉じ込め浄化しきるまで拘束します。変更後の名称はホーリースフィアといいます)
(随分攻撃的になりましたね)
(今までは生活を守る魔法を優先して選んでいましたからね。私が加入した事によって余裕が出来たので今度は防衛の力を、とツヴァイスさんから頼まれたのですよ。
もちろん全ての魔法は魔物以外には致命傷を与える事が出来ません)
(でも当たったらすごく痛いのでしょう?)
(ついでに肉体に当たれば一時的にマナの総量が減りますね。元に戻るには一週間かかりますが)
マナを生み出す身体は魔素に侵されて変異した物だ。その肉体を浄化すれば一時的とはいえマナが生み出せない身体になってしまうという訳か。
(完全になくなるという事はないんですか?)
(そうしてもよいのですがそうしてしまうと不便でしょう? 特に魔獣はマナを生み出せることが前提で生きているのでそんな事をしてしまったら死んでしまいます。
なのでホーリースフィア以外の浄化は触れた身体の表面だけ行うようにしておきました)
ホーリースフィアなら完全に浄化出来て魔獣も殺せるという事か。
魔獣達と相性がいいんだか悪いんだか。
でもたしかに魔獣や魔魚のような魔素に侵され変異した生き物対策の魔法はあるとありがたいのだろう。
神聖魔法はマナの影響も魔素の影響も受けずに万全に効果を与える事が出来る。膨大なマナや魔素など気にせずに使える。
(サンクチュアリは相変わらずマナ由来の魔法は素通しですか?)
(ええ、範囲内から魔法で攻撃できるようにするためですね)
(フォースバリアの方はどうでしょう?)
(そちらはマナ、魔素どちら由来でも効果があります)
(ふむふむ……)
やはりシエル様の特殊神聖魔法は魔素に対して有利を取れるがマナに対してはフォースバリア以外はたいして対策を取っていない。
身を守る為なら十分ではあるだろうけど……。
(普通……というのもちょっと違和感ありますが、普通の生き物同士の戦いでは身を守る以上の事は出来ないようにしているのですね)
(痛みはあるので使えない事もありませんがやはり魔物以外には使ってほしくないですから)
そうだよな。自分が授けた力を利用されて悪い事に使われたらいやだもんな。
(さて、まだ質問はありますか?)
(ありますけど実装にはまだ時間ありますよね? 朝晩のお話の時に少しずつ聞いて行きますよ)
(それでしたら最後に伝える事があります)
(はい)
(神託を下す際私の信者がすでにいる事をナギさんの星にいるすべての人に伝えます)
来たか。
(一応個人名は伏せ詮索しないようにと告げておきますが、それでも混乱が起こる可能性があります。もしかしたら神託を無視して詳しく調べる可能性もあります)
調べるのは簡単だ。都市に入る際にライアーを使って質問をすればいい。
念のために神託までに国境を越えておいた方がいいか。大丈夫。後二週間でオーメストに着けるから余裕はある。
(私でも魔法を使っての真偽の確認の結果を誤魔化す事は出来ません)
(覚悟しています)
せめて旅が終わるまでは誤魔化したいが……。
(迷惑をかける事になるでしょう……)
(シエル様が力を授けてくれたおかげで僕はレナスさんを助けられました。その恩返しと思えばそれ位の苦労は何の事はありません)
それに神託で僕の事を話すのだってシエル様の神聖魔法をただ一人授かっている僕の為だ。それなのに迷惑だと思うだなんて恩知らずな事はないだろう。