閑話 大人の余裕
「僕にとってはアールスはやっぱ妹なんだよ。誰とも比べる事も出来ない位大切な妹なんだ」
ナギさんは遠い過去に想いを馳せるように遠くを見つめ小さい頃のアールスさんを語り出す。
アールスさんと共に遊んだ事、お互いの家に泊まり何度も一緒のベッドで眠った事、おねしょをしてしまった事、アールスさんが転んで泣いてしまった事、アールスさんが怒って喧嘩になってしまった事。
沢山の思い出を大切そうに語る。
そして、何故かサラサさんがナギさんの後ろで頷いている。
「ナギさんの想いは分かりました。今は特定の人へ想いを寄せている事はないのですね」
「うん」
アイネさんに対しても思う所はなさそうですね。
「誤解していた事が恥ずかしいです」
「いや、考えてみたら勘違いして当然の行動をとっていた僕の方が悪いよ。
これからは僕とアールスに気を遣わず普通に接して欲しい」
「はい。そうさせていただきます」
それから他愛のない話をし、お茶が切れた所でお暇させていただきナギさんの部屋を出た。
「くふ」
いけない。笑いがこらえきれない。廊下で笑っていたら変に思われてしまいますね。
口元を手で押さえ駆け足で自分の部屋へ戻る。
「くふふ」
『レナスよかったねー。ナギがアールスのことすきじゃなくて』
「ライチー。それは語弊がある。ナギはアールスの事好き。だけどそれは家族への好きでレナスが想像していた物とは違う好きだっただけ」
『そーなのー?』
「ええ、ディアナさんの言う通りですよ」
私はずっとナギさんに選ばれなかったのだと思っていました。でも違っていたのですね。
ナギさんはそもそもまだ誰も選んでいなかったのですね。
『こくはくする?』
「まだしませんよ」
『なんでー?』
「今日分かった事はナギさんはアールスさんの事を妹として見ているという事。アールスさんでさえ妹だというのにその次に長く共にいる私も妹とまでは行かずとも恋愛対象に入っているとは考えにくいです」
「そうね。レナスもずっと一緒にいたのだからアールスと同じようにレナスの事を考えていてもおかしくないわ」
「それを考えるとアイネも大丈夫そうに見える?」
「そうですね。アールスさんでさえ駄目なのにアイネさんは普段の言動から考えてももっと可能性は低いでしょう。
そして恐らくナギさんの好みは年上か大人の女性です」
「年上ってナギだとどういう認識なのかな。前世の年齢も合算した年齢より上の事なのか肉体の年齢より上の事なのか」
「さすがに後者だと思いますが……」
「一応後者として考えましょ。となるとカナデとミサが好みに近いって事かしら?」
「たしかにカナデさんとは気が合っているようですしミサさんも頼りにしているようですし……」
『からだのおおきさならまけてないのにねー』
ライチーさんの言葉に思わず胸に手を当ててしまう。いえ、ここは関係ないはず。ナギさんは何度も大きさは気にしないと言っていました。
「でもあの二人はこういう事に興味なさそう」
「むしろ人間で興味あるのレナスだけじゃないかしら?」
カナデさんは少々男性不信な所がありますし、ミサさんは何故かゼレ様に操を立てていて普通の男性には興味がなさそうな様子。
アールスさんとアイネさんもそう言う話は聞かない……。
「きっと皆自分の目標に向かって頑張ってるから異性に目を向ける余裕が無いんじゃないかな」
「まぁそれはありそうね」
ディアナさんの言う通りかもしれない。皆さん自分のやりたい事をきちんと分かってそれに向かって努力している。
「……そうですね。浮かれている場合じゃありません」
「え?」
ディアナさんの言葉の陰で私の中の熱が冷め自分が浮かれていた事に気が付けた。
「皆さんが今回の旅に真剣に取り組んでいるというのに私だけ浮かれていてよいのでしょうか?
いいえ、いいはずがありません。ナギさんはそんな女性を好きになるはずがありません。
告白はまだしないと言いましたが少なくとも私の目標が達成されるまでは絶対にしません」
先ほどまでの先延ばしははあくまでもナギさんに好かれるまでの保留でした。
ですがこれはナギさんに好かれる……というよりは嫌われない為の必要な目標。失点を防ぐための防御策。
気が付けてよかった。気づけていなかったら私は取り返しのつかない汚点を残していたかもしれません。
「それでいいの?」
「よいのです。も、もちろん余暇にナギさんを魅了するための自分磨きくらいはしますが」
「うふふ、それ位でいいわね。ナギの事にかまけて旅を失敗してしまったら元も子もないわ。けどずっと張り詰めていても疲れて失敗しやすくなると聞くしね」
「それはいいとして結局ナギは年上好みしか分かってない。カナデとミサがナギの事をどう思っているかはともかくナギがあの二人の事好きだとしたらレナスは不利なのでは?」
「年齢的に魂的にはすごく年下で肉体的には同い年……ああ、一応レナスの方が先に生まれてるわね」
『ほかにナギのこのみってないの?』
「髪のキレイな人でしょう」
「まぁそうね」
「ナギの髪に対する執着具合すごい」
「遠征先でも髪の手入れを欠かしていませんでしたね」
お手入れの道具をこれは自分の我儘だから馬車には載せず自分で持っていくと言い出した時は説得させられましたっけ。
お手入れの道具位そんなに場所を取らないというのに。
『じゃあレナスもかみをきれいにしておけばいいんだ!』
「ナギのお陰でお手入れは今でも完ぺきだけれどね」
「ナギもレナスの髪をよく見ているし気に入られてると思う」
「えっ、そ、そうなのですか」
ナギさんが私の髪を?
「そうね。よく見ているし手を伸ばしそうにもなっている所はよく見かけるわね」
「くふー!」
ナギさんが! 私の髪を!
『このわらいかたひさしぶりにみるね』
「アールスと合流してからは見なくなった」
「ナギに見せていい顔ではないと思うわよ」
『わたしはおもしろいからすきー』
「……なるべくしないようにします」
嫌われないようにしないと。
好感というのは上げるのは難しく下がる時は一気に落ちてしまうもの。
なるべく嫌われる要素を排除しなければいつまでたってもナギさんに愛される事はないでしょう。
「とりあえずナギさんの好みが髪のきれいな年上の女性以上の事は分かりません。なので、これからは私は大人の女性を目指します」
「大人の女性ってふわっとしてるけどどういうのなの?」
「分かりませんがナギさんに甘えているようでは大人の女性とは言えないでしょう。なので今までもアールスさんの手前甘えるのは控えていましたがこれからは甘えるのを一切やめにします」
「甘えを無くすって……大丈夫? 無理はしちゃ駄目よ?」
「大丈夫です。厳しい道のりではありますがナギさんに一人の女性として見てもらえるよう頑張ります」
「レナスはすごい。私だったらレナスに甘えられないなんて耐えられない」
『わたしも!』
「ふふっ、二人ともまだまだお子様ね」
「むっ。サラサ一人だけ神霊になったからって調子乗ってる」
『のってるー!』
「神霊かどうかは関係ないわ。これは大人の余裕というものよ」
大人の余裕! そういうのも確かにありますね。私の余裕を持たなければ。
しかし……くふふ、今の私はナギさんにくっついているアイネさんに優しくする事さえできるでしょう。
かならず、かならず私がナギさんのお心を!