誤解
ガルデに帰って来た日の翌日、宴会の日のレナスさんの言葉が今でも僕を悩ませている。
酔っ払いのたわ言と言ってしまえばそれまでなのだろうけど、しかし考えてみればおや? っと思う心当たりに思い当たる。
今までを思い返してみればレナスさんはよく僕をアールスと二人にさせようとしていたように思える。
手を貸してほしいと言えばアールスを押し、三人で出かけようと言えば用事があると言って僕とアールスの二人で出かけるように勧めて来た。
レナスさんは酔っていた時の事を覚えていない。だからどうしてそんな考えをしているのかをまだ聞いていない。
僕がアールスの事を好いているとも思っているのかそれともアールスが僕の事を好いているからなのか。
後者だとしたら僕はどうしたらいいんだ。
そもそも今の所問題起こってないんだからわざわざ藪をつついて蛇を出すような事をする必要があるだろうか?
あるとしたら僕が抱いているもやもやを晴らしたいからだ。
……やめよう。聞いてもしもアールスの気持ちを聞く事になってしまったらどうしたらいいんだ。
そういう気持ちっていうのは人から聞くものじゃない。本人から聞くか気づくかしないと。
しかし、アールスが僕に恋愛感情を向けてる? そうは見えないけどな。
だけど僕だって別に向けてるわけじゃない。
レナスさんの勘違いって言う線の方が濃厚だけれど……。
「んんん」
「居間で一人何をうなっているの?」
サラサが話しかけてきた。
「ああ、サラサか。夕飯何にしようかと思ってね」
「あらそうなの。アイネは久しぶりにがっつりお肉食べたいって言ってたわね」
「ああ、最後の方はお肉尽きてたもんね」
肉類は重量がかさむから遠征では数が抑えられてしまう。
今回の遠征では滞在期間が短くなったけれど宴会で残っていた分をほとんど使ってしまってその後口に入る量は一切れだけとかそんな感じだった。
「じゃあお肉を中心に考えようか」
「ふぅん……ねぇナギ」
「ん?」
「宴会の日レナス酔ってたわね」
「……そうだね」
サラサからその話題を持ち掛けてくるのか。
「その時言った言葉、どう思った?」
「それを聞くって事は酔っ払いのたわ言って訳じゃないんだね」
「そうね」
「その話題を出したって事は僕が事の起点だと考えていいのかな。もしもアールスの気持ちが問題なら僕はその先を聞くつもりはないよ」
「どうして?」
「人の気持ちは他人から聞くものじゃないから」
「その通りね。私もレナスへの想いを他人に語って欲しくないわ。でも安心していい。アールスの方じゃないわ」
「そっか。もう一つ確認するけどこの話題を出したのはサラサの意思?」
「そうよ。あの時のナギを見て疑問がわいたのよ」
「うん。その疑問って何かな?」
「ナギって本当にアールスの事好きなの?」
そっちかぁ。
「好きは好きだけど何度も言ってるけど家族としてだよ。ルイスと同じ感覚だね」
「レナスはアールスの事愛してるって信じてるのよ。でもほら、この前レナスがお幸せにって言ったらナギ変な顔しててその時なんか違うような気がしたのよね。いえ、前から少し懐疑的ではあったんだけれどね?
ナギも昔から家族としてだって言っているし」
「レナスさんはどうしてそう思ってるの?」
「一応根拠はあるのよ? でも……ううん……う~ん、そうね。その疑問はレナスに聞いた方がいいと思うわ。ナギの答えを聞いてレナスは逆に疑問に思うはずだし、私も思ってる」
「疑問……分かった。そういう事ならレナスさんと話してみよう」
さっきは聞くのを諦めるつもりだったけれど事の発端が僕なら話は別だ。
「今大丈夫かな?」
「ん~、今は勉強してるから後の方がいいと思うわ」
「じゃあ時間置いてから行く事にするよ」
話をする時の為にお茶とお菓子の準備をしておくか。いや、今から待つとなると勉強が終わるのは昼食の時間までかかるかもしれない。
昼食の後のお菓子を持っていくのはお腹一杯だろうし不味いか。
かといって時間を空けると今度は買い出しに行かないといけない時間になる。
どれ位話に時間がかかるか分からないからお菓子は無しでいいか。
お茶はレナスさんの好きな茶葉にしよう。いや、勉強で疲れてるかもしれないし甘い物の方がいいか?
いやいや、話は昼食後になりそうだし食後向きのすっきりとした味のお茶の方がいいか。
結局レナスさんと話をするのは昼食後になった。
話す場所は何故か僕の部屋になったけれどお陰で準備がしやすい。
部屋の中を見渡し掃除の必要がない事を確認しお茶の準備をする。
お茶の準備が終わった所で計ったようにレナスさんがやって来た。
中に招き入れ椅子に座ってもらいお茶を淹れる。
そしてとりあえず最初は今回の遠征の話から入り手早く宴会の時の話に入る。
「その時さ、レナスさんが言ったんだよね。アールスさんを幸せにしてくださいって」
「えっ」
レナスさんは驚いた声を上げ血のように赤い瞳が大きく見開かせ僕を見る。
「私酔った勢いでそんな事を……」
「本題はここからなんだけど、サラサからも聞いたけどレナスさんは僕がアールスに恋愛感情持っていると思っているんだよね」
「!? ナ、ナギさんが隠したがっている事は分かっています。ですから誰にも言いません!」
「いや、それ誤解だからね?」
「そ、そういうですよね。そういう事ですよね」
口ではそう言うがレナスさんの表情はとても真剣な顔をしている。
「そういう自分は分かってますみたいな態度も的外れだからね? 僕は本当にアールスに対して恋愛感情は持ってないからね?」
ここまで言ってようやくレナスさんは怪訝そうな顔になった。
「……本当ですか?」
「本当だよ」
「……本当の本当ですか?」
「本当の本当だよ。むしろ何でそんな勘違いをしているのかが知りたいんだけど」
「心当たりはないと?」
「心当たり……?」
何かあったかとアールスとの思い出を遡って思い出してみるが特に思い当たる事が無い。
「無いよ」
「……ナギさんにとって、アールスさんを助けるという事は特別な事ではないのですね」
「助ける? ……ああ、アールスのお父さんが亡くなった時の事?」
「それもありますが違います。アールスさんを手助けするために旅を諦めようとし、気球を作りアールスさんの未来を変えてしまった時の事です」
「あ……ああ。あの時の事か」
アールスが軍に入って特別な部隊に配属される事になりそうだからと色々僕も考えていた頃だったな。
「特別な事をしたつもりはないという顔をしていますね。ナギさん。
ナギさんのした事は普通はしようと思っても手を出しにくい事なんですよ?」
「でもそれは友達を助けたいと思っての事であって」
「それでも、幼い頃から準備していた事を放り出してまで助けようとするなんて、普通に考えたらアールスさんの事を大切に思っているようにしか思えないじゃないですか」
「うっ……」
「友達を助けたいという思いは分かります。私だってアールスさんと共にいようと考えていました。けど、そう結論を出すのに沢山悩みました。
今まで自分のしてきた事やこれからしたかった事、全てを捨てる事に躊躇しました。
私にはナギさんが私ほど時間をかけずに決めた事にアールスさんへの想いの強さを感じたんです」
「それは違うんだよ。僕はただアールスの方が危険だと感じたからアールスを助けたいと思っただけなんだ。ルイスが同じ境遇に陥ったとしても同じ事をしているよ」
「私は……いえ、ナギさんはアールスさんを選んだと思っていました。ずっと」
そうだ。僕は自分の目標よりもアールスの事を優先した。確かにこれは勘違いされてもおかしくないか。
「おかしいかな?」
「家族を優先するのはおかしくはないでしょう……何故そこまでアールスさんの事を想っているのかは他の人には理解できないでしょうが」
「レナスさんには分かる?」
「私も精霊達の事を家族と思っていますから何となく分かります」
「良かった」
今でもアールスを見ていると小さい頃の事を良く思い出す。
朝起きてご飯を食べた後外に出ると小父さんと手を繋いで僕の事を待っていた時の事。
二人でおままごとしたり追いかけっこをして遊んだ時の事。
教会で遊び疲れてお昼寝した時の事。
お昼ご飯を食べる時にアールスがご飯をこぼしてしまって泣いてしまった時の事。
シスターから聖書の話を楽しそうに聞いていた時の事。
夕暮れまで遊んでちっちゃな手を繋いで家に帰った時の事。
お互いの家に泊まり一緒に夕飯を食べ一緒に寝た日々の事。
朝起きたらアールスがおねしょしてたり僕がおねしょしていた時の事。
「僕にとってはアールスはやっぱ妹なんだよ。誰とも比べる事も出来ない位大切な妹なんだ」