会議
「皆が揃ったのでこれより遠征対策会議を始めます」
魔獣達のいる倉庫で僕が宣言する。
皆お菓子や飲み物が用意された敷き物の上に円になって座っている。
そしてヒビキはカナデさんの膝の上に、ゲイルはアイネの肩に乗っていてナスは僕の横で伏せている。
アースとヘレンはさすがに一緒に敷物の上に、というのは出来ないので少し離れた場所にいてもらいおやつを盛ったお皿を用意している。
「とりあえず一番最初に……ついに馬車を購入したよ。これで荷物を運びやすくなった上野宿する際は馬車の中で眠れるようになったね」
「遠征の時って着くまで寝床どうしてたの?」
「きちんと用意された天幕を張って野営してたよ。だからまぁ馬車の中で寝るっていうのは今回の遠征ではあんまりやらないと思う」
「持っていったほーがいーものってなんかあるの?」
「旅してた時と同じ感じで大丈夫だと思うけど……何かあるかな?」
レナスさん、カナデさん、ミサさんと順番に視線を合わせて問いかける。
「それでしたらワタシから提案がありマース」
「おっ、なんですか?」
「向こうでは各々が持ち寄った物を交換し合う事があるので交換用の甘い物やお酒を持って行く事を提案しマース」
「物々交換か。僕は治療士として行ったからやらなかったけどどんな物があったんですか?」
「主に甘い物とお酒、あと本などの娯楽品を借りる際の借料ですネ」
「なるほど。考えてもいいかもしれませんね。魔獣達のおやつと一緒に持っていくというのもありかな。レナスさん。予算的にはどうかな?」
「問題ありません。ただお酒は私達はあまり飲まないのでどれくらい持っていくか考えないといけませんね」
「だねぇ。残っても飲めばいいとはいえ無駄に持ち込んでもアースとヘレンの負担が増えるだけだからね」
「カナデさんとナスさんが飲む分も入れて考えると五樽位でしょうか」
「お酒を分ける時って樽から汲み分けるんですか?」
「そうしていましたネ」
期間は二ヵ月だけど滞在は一ヵ月。カナデさんは一ヵ月で一樽位は飲めるけど、ナスがいるとお酒が進むみたいだしレナスさんも飲めるから二樽は余裕を見た方がいいか。
「交換用は三樽くらい?」
「それ位を想定しています」
「そんなに交換する事ってある?」
「お酒同士の交換なら一杯分で済みますガ、娯楽品を長く借りるとなると樽一本は無くなりますヨ」
「そんなに割合が違うんですね」
「暇を潰せる時間が違いますからネ」
「なるほど……他に何か持っていきたいものはあるかな?」
「はーい」
アイネが元気よく手を上げる。
「おっ、何かな?」
「持っていきたいってゆーか確認なんだけどじんせーゆーぎとかげんそーゆーぎは持ってくの?」
「幻想遊戯は持っていくつもりだよ。人生遊戯はアイネの持ち物だからアイネが決めていいけど、有事の際に捨てる勇気は持つ事」
「分かったー」
「他には……なさそうだね。じゃあ次だけどアールスとアイネは今回初めて壁の外に行くから注意事項とか話したいけど……その前に皆はアールスの固有能力の問題点は把握してる?」
「あ~、たしか恐怖を感じないでしたっけぇ」
「そうです」
「個人行動していればあぶなっかしいですガ、団体行動の時は上位者の指示に絶対に従うようにしていれば問題ないと思いますヨ?」
「それにもう小さな子供じゃないんですから恐怖心が無くてもやっていい事とまずい事の区別はつきますよね~」
意外と問題視していない様だ。僕が心配性すぎるだけか?
「ま、まぁそうですね。でも一応認識しておいた方がいい事でしょう」
「たしかにそうですネ。何が起こるか分かりませんカラ」
「そう言えばグライオンに入って少しした頃にアールスさんがレジェリカの花に近づきすぎて鼻をやられていましたっけ~」
「あー、ありましたね」
「ああいう風に無防備に近づいちゃだめですよ~?」
「わ、分かってますよ! もー、昔の事蒸し返さなくていいじゃん! カナデさんの意地悪!」
「うふふ~」
「んふふ。まぁとにかく皆で気を付け合おうって事で……アイネも危ない事したら駄目だからね?」
「分かってるよー」
僕もアールスの事をどうにかできないかと難しく考えすぎてたのかもしれないな。
……と、思いたいがカナデさんとミサさんの言う通りにして事が済むなら問題視されていなかったはずだ。
魔の領域の事もある。アールスの動向には目を光らせておかないといけないだろうな。
「とりあえず向こうでの注意事項の確認をしようか。僕も確認しておきたいし」
そうして、実際に冒険者として向こうにいた三人と精霊達に話を聞く。
会議が終わった後料理当番以外の皆で日課である魔獣達のお世話をしてから解散した。
家に戻ると料理のいい香りがお腹を刺激してくる。
まだ料理の音が聞こえてくるから夕飯は出来上がっていないんだろう。
とりあえず自分の部屋に戻り夕飯を待とう。
そう行動を決めた所でアールスが僕の前に出てきて言う。
「ねぇねぇナギ。ナギの部屋に行ってもいい?」
「いいけど何か用でもあるの?」
「夕飯までお喋りしよ」
「そういう事ならもちろんいいよ」
「えへへ~。じゃあ決まりー」
アールスが僕の手を引き歩き出す。
部屋に入るとアールスは僕に断ってから椅子を動かし座る場所を整える。
そしてアールスが椅子に座ってから僕も椅子に座る。
「いやぁ意外と私の欠点皆に問題にされなかったね」
向き合うや否やそんな事を言ってくるアールス。
「そうだね。僕の心配し過ぎなのかなって思ったよ」
「まぁ私も大分慣れてきたからカナデさんの言う通り分別はつけられるつもりだよ」
アールスがえへんと胸を張る。
「それならいいけど……でも僕が一番心配してるのはアールスが自分の命を落とす事に恐怖を抱いていないんじゃないかって事なんだ」
「うっ」
「アールスの魔物への感情も心配の一つなんだ。アールスの魔物を許せないって思う気持ちは分かるしそう考えるのも当然だと思ってる。
でもその感情を優先してしまって自分をないがしろにしてしまわないか心配なんだよ」
「杞憂だと思うけど」
「本当に? 僕からしたら魔の領域の魔物を一人で時間をかけてでもせん滅するっていうのは自分の事を大事にする考えでやるような事じゃないと思うよ」
「私は無傷で出来ると思ったからやっただけだし」
今度は口を尖らせて不機嫌そうな顔になった。
「出来るからって実際にやる人はそうそういないと思うよ。だって管理されてる魔の領域の魔物をせん滅しても得する人なんて普通はいないんだから。
得られる成果に対して損失の天秤が釣り合っていないんだよ。僕はね、ただアールスに自分の身体を大事にして欲しいんだ」
「……私っていっつもナギに心配されてるよね。私ってそんなに頼りない?」
弱弱しい声を出し顔を伏せてしまった。言い過ぎてしまったかもしれない。
「それはむしろ逆だよ。アールスは頼りになりすぎるんだ。
アールスは何でも出来るから無理をしちゃうんじゃないかって思っちゃうんだ。
だから僕から見ると心配になるんだ……だけど、そうだね。これは余計なお節介になってるかもしれない。もしそうならアールスからもはっきりと言って欲しい」
「お節介とは思わないよ。ナギが私の事思って言ってる事位分かるから……私って本当に頼りになる?」
伏せていた顔を少し上げて視線を合わせてくる。
「本当だよ。強いっていうのもあるけど何でも器用にこなせるからどんな仕事も任せられるんだよね」
「そ、そっかぁ」
アールスは伏せるのを止めたけれど恥ずかしそうに顔をそむける所為で目を合わせてくれない。
「とにかく向こうでは自分を大事にして気を付けて欲しいって事だね」
「うん。分かった。私気を付ける」
ようやく笑顔が見えた。
そして、ちょうどよく夕飯が出来上がったという声も聞こえてくる。
「行こうか」
僕が先に立ち上がりアールスに手を差し伸べる。
アールスは僕の手を取り大きく頷いた。
「うん!」